薬師なモブのはずですが、呪われ王子が離してくれません

東川 善通

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一章

夜は長いので鼓動を子守唄にしよう

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 誉めて撫で撫でしていると、そういえばとコウガが思い出したように零す。

「なに?」
『あの小僧、魘されておったぞ』
「…………はい?」
『言っておくが、俺様の取り零しなどではないぞ! 俺様、引っ切り無しに来る呪いを食ったのだからな』

 思わず、約束守ってないじゃないかと批難が顔に出ていたようでコウガは慌てて宣言する。確かに殿下の周りには呪いというか、黒い靄も蛇もいなかった。じゃあ、なんで、彼は魘されてるの?

『あれは幼体の時より呪いを受けておったようだ。その影響も強いのだろうな』

 一度取っ払われたとはいえ、どこかに燻っている呪いがいるのやもしれんとコウガは持論を述べる。けれど、私はコウガの言葉をヒントに一つの答えに辿り着いた。
 恐らくトラウマになってしまっているのだろうと。幼い頃から両親と離れ、近づいてくる人もおらず、一人で孤独だっただろう。そして、そうなった原因であろう呪いによって苦しめられる。いくら、呪いを排除して体が楽になっても心の奥底ではまた一人になるのではないかと不安。また呪いに侵される恐怖。それらが夢となって彼が魘されているのではないだろうか。

「……よいしょっと」

 ベッドから起き上がり、そっと廊下を覗く。私の行動を不思議に思ったコウガは同じように廊下を覗く。

『何もおらぬぞ』
「うん、わかってる。その方がいい。コウガ、父さんと母さん、部屋にいるかな」
『うむ、もう寝ておったぞ』
「それはよかった」

 そっと部屋を抜け出し、抜き足差し足で殿下の部屋へと向かう。ドアの前、一応ノックした方がいいのだろう。いいのだろうけど、そうすると両親が起きてしまう可能性もある。ごめんなさいと心の中で謝罪をして、私はドアをくぐった。コウガには説明して、呪いの対処の方に向かってもらった。

「……うぅっ」

 微かに零れる声。泣きそうな声で父上、母上と呼ぶ殿下。頬を伝う涙、宙に伸ばした手を見てしまうと私は泣きそうになってしまった。だって、殿下が伸ばした手は取ってもらえなかったということ。両親が必要な時に傍にいてくれない。それどころか、他の人もいてくれなかった。どんなに孤独で辛かったことだろう。
 私は殿下の伸ばした手を掴み、大丈夫だよと手の甲をとんとんと叩く。掴まれたことに驚いたのかびくりと跳ねたけれどそのあとはぎゅっと握り返してきた。

「…………あ」
「でんか、だいじょうぶ? こわいゆめみたの?」

 目が合った。あくまで私は幼い子と反芻し、無邪気を装う。

「あのね、リタもこわいゆめみたの」

 だからね、いっしょにねてほしいな、と続ける。男性、いや、男の子だけど、ベッドに潜り込むのは如何なものかとは思う。けれど、少しでも安眠できるのであれば、私の心臓が壊れても、羞恥にまみれても必要あることだとは思っている。

「え、いや、でも、ご両親が」
「……むぅ、とうさんとかあさんにいうのはずかしいの」

 戸惑うよな。うん、わかるとも。でも、こちらは引くわけにもいかないので、そういってえいっと彼のベッドに潜り込む。あわあわしてるけど、ぎゅっと抱きつくと固まった。取り敢えず、えへへと笑ってみた。

「……僕なんかといると君も呪われるかもしれないよ?」
「そうなったらそうなったでそのときかんがえたらいいよ」

 絞り出された声に私はそう答える。ダメだ、頭が働かない。トクントクンと耳元で聞こえる鼓動に瞼が重くなる。うん、これはいけない。殿下が寝るまでのつもりだったんだけどな。程よい体温に規則正しい鼓動。何より愛してやまないギウ君に似た容姿の殿下がセットだ。頭よりも心が落ち着いてしまった。

「おやすみなさい」
「え、ちょ、どうしたら」

 途方にくれる殿下の声が聞こえた。




 朝、眼前に殿下のかんばせを見て、悲鳴を上げそうになった。いや、神々しいわ。顔のパーツのバランスがいい配置でホント、神がかっている。
 繁々と観察するのをやめ、殿下をきちんとみるとスースーと魘される様子もなく、眠っている。ちゃんと睡眠がとれているようでよかった。
 起きた後にありがとうとお礼を言って自己紹介をした。多分、私、名前言ってなかったよね?? まぁ、殿下は神父様から聞いてたのか把握してたみたいだけど。
 それから、殿下は、いや、ナチョは私のお目付け役になった。普通逆じゃない?? あ、ちなみにナチョってのはイグナシオの愛称なんだって。乳母のおばあさんだけがそう呼んでくれてたらしい。ぜひ、そう呼んでもらいたいと目元を赤らめながら言われたらね、私も両親も断れるわけがなかったよ。殿下とか様とか敬称をつけた方がいいかとも思ったんだけど、いらないと必要ないと言われた。ここにいる自分は殿下じゃないからだって。ナチョがそう言うならそれでいいかな。
 私のお目付け役の理由は簡単。私がひょいひょいどっかに行くからだって。今回の件も然り。でも、ナチョに懐いている様子だから、ナチョがいれば危ないことをしないだろうと両親の判断らしい。失礼な、そんな危ないことはやってないよ。まぁ、確かにナチョが傍にいたら、彼に危険が及ばないようにはするつもりだけど。あれ? なんか違う気がする。いや、合ってる?? まぁ、いいか。
 その日はナチョに村を案内し、紹介しておいた方がいいだろうと村長やビト、他の子供たちを紹介した。村長には先触れがあったのだろう、殿下であることは把握していた。でも、理由も知っているのか何もないところですがゆっくりなさってくださいとナチョに告げていた。子供たちには迷子になってしまったから迎えがここに来るまでお世話になることになったと言ってたけど。王様に連絡してたなら、すぐに来そうなものだけどね。




 余談。初日からだけど、あれ以降ナチョが魘されている時は添い寝するようになった。勿論、やましい気持ちはないとも。最初の方は戸惑ってたナチョも私に揺り起こされると、んと言って布団を捲るようになった。何とも言えないこの気持ちはどう表現したらいいのだろうね。ちなみにナチョが魘されているとお知らせしてくれるのはコウガである。

『俺様、偉かろう』
「うん、えらいえらい」
『当然だ』
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