薬師なモブのはずですが、呪われ王子が離してくれません

東川 善通

文字の大きさ
33 / 43
一章

それは予測しようと思ったらできたことだった、けど私はそれをしなかった

しおりを挟む
 西の街スードレステが崩壊したらしい。当初は魔獣の襲撃にあったと言われていたらしい。けれども、専門家たちが冒険者の協力のもと調査、数々の歴史書との精査により、その襲撃は厄災と認定された。厄災、つまりは魔物が降って湧いたのだということ。当然、彼らは予想もしていなかったのだから抵抗する間もなかったらしい。

「……ナチョ」

 私はその話をウリセスさんから聞いて、ナチョの腕を抱き締める。珍しいことをやってるのはわかってる。そのおかげでナチョが驚いてるのもわかる。けど、人肌が、温もりが、いや、どこか自分の心の支えがほしかった。

「リタ、どうしたの?」

 落ち着かさせるように私の背を撫でるナチョ。ナチョもきっと気づいてると思う。私が震えてることに。

「リタ、大丈夫だよ。話せるようだったら話してくれたらいい」

 何か知っていると気づいたのだと思う。だからこそ、話したくなければ話さなくてもいいと言ってくれる。でも、ナチョやウリセスさんは知っておくべきことなのだと思う。

「闇の精霊様、あー、まぁ、コウガなんだけど、コウガが言ってたんだ」

 澱みとは人間の負の感情から生まれ、それが厄災魔物を産む。なので、澱みは定期的に浄化しなければならない。

「“聖者巡礼”」

 ウリセスさんに心当たりがあったらしい。その言葉に私は頷く。

「おそらく、その巡礼で各地を定期的に浄化していたのだと思う。けれど、ここ百年は行われてない」

 それゆえに厄災発生の限界点に到達したのだろう。今まではヒリンの先代が王都にいたこともあって、少しは抑えられていた。しかし、先代自体が限界に達し、幼いヒリンに託していかねばならなくなった。場所も変わり、王都から離れた東の端。国境の近く。西の街までヒリンの力が及ぶはずもなかった。

「厄災は連鎖的に起こることもあると言ってた」

 だけど、西の街方面以外ではそれが発生していない。

「アデリタさんの浄化ですね」
「……たぶん、そう」

 爆発的に行った浄化は波紋状に広がり、澱みを浄化していった。ただ、王都まで届いたかどうかはわからないけれど、連鎖反応を起こさなかっただけ、澱みは削られたのだと思いたい。

「なるほど、波紋状に広がったと言うことは浄化が強く行われた範囲と弱く行われた範囲があると言うことですか」

 私は頷く。けれど、次の言葉が出ない。

「リタはもしかして、自分のせいって思ってない」

 びくりと肩が跳ねる。それにナチョは大きな溜息。そんなナチョに私の中から言葉が溢れ出した。

「だって、私は知ってたんだよ。澱みが厄災になるって。でも、言ってない。予測しようと思えばできた」

 コウガに話を聞く前から予測はできた。だって、私はゲームを知ってたから。コウガから聞いた後でも遅くはなかった。嗚咽混じりにそう吐き出しながらナチョの胸元を叩けば、むにゅっと頬を包まれる。そして、顔を持ち上げられ、視線を合わされる。

「リタはバカだよね」
「バカってなにさ」
「リタは聖女じゃないんだよ。そんな端の一村人が声を上げたところで国が動いてくれるわけないでしょ」

 それもたった十歳の子供が厄災が起こると騒いだところで信じる人はいないよと言う。それは、確かにそうだけど。

「本来、それをいち早く予測しないといけなかったのは王だ、国だ。神殿だってそうだ」
「そうですね、神殿が聖者巡礼を正しく行っていれば、厄災は起こらなかったかもしれませんね」
「でも」

 声を上げなかったわけだし、相談しなかったのだから、私も悪いと思うと声に出そうとしたのだけど、むにむにと頬を揉まれ、言葉を出すのを妨害される。

「ぶっちゃけ、澱みに関しては何度が王家に連絡してるんだよ」
「その全て燃やされてるそうですが」
「へ?」

 聞けば、ナチョは何度か自分の名前で王家に連絡を入れていたらしい。けれど、本来いるはずもない場所から届くものだから偽物だと一蹴し、処分されているのだとか。いや、それにしても、王家はバカなのかな。呆然とする私を見て、ナチョが笑う。

「王家はザルなんだよ。本来、僕が外にいるのは漏らさないはずだ。それなのに外から届く手紙を捨てるだけで調査しない。そもそも、手紙が届くことをおかしいと思えよって話だよ」

 漏らされているはずのない情報なのにどこからか届く手紙を不敬罪とかでもいいから調べれば、ナチョがここにいると知れるし、本来いる場所にいないことも気づける。そして、何故、そこにいるかも原因を探ることにつながったはずだ。

「中身を精査するぐらいしてもいいと思うんだよ」

 僕の名前がいけなかったのかと思ったけど、中身も確認せずに処分されてるんだから、バカだよねとナチョは笑う。

「まぁ、僕がここにいるとバレたら不都合な人がいるだろうね」

 カラカラと笑うナチョ。思わず、私はナチョの頭を抱き寄せた。なんとなく無理をしてる気がした。

「私はナチョの味方だよ」
「知ってる」
「母さんも父さんもウリセスさんもナチョの味方だよ」
「うん、知ってる」

 クスリとナチョから笑みが溢れる。よかったと私からも笑みが溢れる。

「はい、イチャイチャするのもいい加減にしてくださいね」
「え、いちゃ、イチャイチャって、してないよ」
「無意識ですか、タチが悪いですね、ええ」

 パンと手を叩いて、イチャイチャするのもとウリセスさんがいう。否定したのだけど、ダメだこりゃとウリセスさんは顔を振る。ナチョは笑ってる。

「まぁ、いいでしょう。アデリタさんから報告があったのでこちらも報告しておきましょう」

 何をと首を傾げる私にすでに話は聞いてたのかナチョは苦笑いを零す。

「アデリタさんの一族メディシナ家についてです」
「うち?」
「はい、メディシナ家です。正直、こちらに赴任してから不思議でしょうがなかったのですが」

 村長からも敬われている様子から気になっていたらしい。そして、どうやらうちは常に微量ではあるけれど光属性に適性を持っている子が生まれているらしい。稀に闇属性を持つ人もいるらしいけど、大半は光属性を所持していて、父もその一人らしい。ウリセスさんの前任がその記録を取っていた。

「そして、薬の効能が王都の薬よりも遥かにいいです。その旨も含め、ご当主に確認を取りました」

 それに父は間違いないと答えたそうだ。自分も光属性の適性を持っているし、祖父も曾祖父も兄弟も持っていると。そして、薬の効能が高いのは光魔法を溶かした水を使用しているからだと言っていたらしい。うん、聖水を使ってたのか、父よ。ウリセスさん、それ聞いた時すごい苦笑いしてただろうな。

「そして、メディシナ先代方が当主を譲った後は旅をするそうです」
「うん、爺ちゃんたちも旅してるね。あれ、そういえば」

 確か、父にここらは大丈夫そうだから今度は西に行くって言ってたような。ん? 何か引っかかる。
 ふと考える仕草をした私にウリセスさんは言葉を続けた。

「浄化の旅だそうです」
「え?」
「代々細々と行っているそうで、本来私に伝えるつもりなどなかったそうです」

 浄化は神殿の仕事であるから、それを奪っているようなものだからと父は言ったそうだ。けれど、今の神殿はそれすら行っていない。もしかして、こうして国が維持できてたのは。

「恐らく代々のメディシナ家の方のおかげでしょうね」

 それに冒険者の方々や行商の方々がわざわざ中継点としてここを通る理由もわかりました、とはウリセスさん。え、そこにもうちが関係してるの? まぁ、薬を必要とするのなら納得できるかもしれない。

「体の毒素が抜かれたように具合が良くなるそうです」

 なので、周辺の国では具合が悪くなったら、ユグドセク(当村)に行けと言われてるほどらしい。いや、待って、どういうことだ??

「あぁ、だからか」
「え、ナチョわかるの?」
「うん、彼らとは違うだろうけど、呪いが緩くなったんだ」
「え、あれで?」
「うん」

 どうやら、呪い自体にも効果があったらしい、この土地。鈍くなったけれど、苦しいのは変わりなかったよとナチョ。そりゃそうでしょうよ。

「……王家の人は知ってた?」
「「それはない(ですね)」」
「さいですか」

 もしかしての可能性を口にしてみたけど、速攻でナチョとウリセスさんに否定されたよ。信頼ないね王家。

「適度にいい遠地だったからでしょ」
「向こうからしたらここは寂れた土地に思ってるでしょうね」

 寂れた土地って確かに住んでる人の数は多くはないけど、自然豊かだし、資源も豊富よ。田舎だけど。

「まぁ、それはともかく、王家もそろそろ動くかもしれないんだよね」

 憂鬱だよというナチョに私はわからず首を傾げる。

「僕がいるはずだったのはスードレステだよ」
「あ、ナチョがいないことに気づく」
「そう、そして、居場所は調査されるだろうね。で、もしかしたら、迎えが来るかもしれない」

 今まで知らんぷりだったのにそれはどういうことなのだろう。

「王位継承戦のためだよ」

 私の疑問にナチョが答える。いやいや、王位継承戦のためって意味がわからないよ。

「昔、五人の王子が様々な課題に挑み、優秀だったものが王となったそうです」

 平和的な解決だったらしく、複数の王子がいる際はその継承戦を行うこととなったらしい。ここ数代は王子は一人であったため、起こらなかったらしいけど。

「……わざわざ五人でする意味とは」
「ほんと、それだよねー」

 王妃の子を王位につけたかったからだとしてもナチョまでの三人で事足りたはずだし、と言えば、ナチョも僕もそう思うと頷く。そして、王位継承戦はどうにも辞退が認められていないらしい。だから、間違いなくナチョが必要になるということで。

「なんか、王家を敬う気がなくなってくるんだけど」
「いいんじゃない?」

 ケラケラと笑ったナチョに貴方の両親でしょと目を向けたけど、生みの親というだけだよと苦笑いを返された。あぁ、そうなんだ。ナチョは捨てたのか。

「僕の家族はリタたちだよ」

 そう言って、柔らかく笑ったナチョに私は何も返すことはできなかった。ただ、ぎゅっと手を握るだけ。それだけだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...