どこまでも近くて遠い君

蓮華空

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摩矢episode3

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「何があった?」

 と、俺が訊ねると、桜木は罰の悪そうに頭を掻いた。

「実は昨日、秋ちゃん家からの帰り道でさあ」


 昨夜、摩矢家を後にした桜木は、街道沿いを抜け、駅に向かう途中の閑静な住宅街を歩いていたそうだ。すると、突然、アパートの塀を乗り越えてきた黒服の男と目が合ったという。


「その瞬間、男が逃げ出したから、俺はダッシュで追いかけたんだよね」

「何でだよ? そんな怪しい男、ほっといてさっさと警察に通報しろよ」

 そう俺が突っ込むと、桜木はアホ面でこっちを見た。

(……?……何だその顔は?)

 俺が訝しげに桜木を見ていると、奴は突然、我が意を得たりといった感じで掌に拳を打ち付けた。

「──そっかぁ!!流石、秋ちゃん!その時点で警察に電話すれば良かったのかぁ?!」

 と、でかい声で叫けび出した。

(──おいおい、普通はそうじゃねえのかよ?!)

「そっかあ!そこで通報しても良かったのかぁー。でも、俺は男が逃げるから必死で後を追いかけちゃったんだよねー、あははは!」

「あははは、じゃねえーよ!犬じゃねぇんだから、理由も分からず追いかけるなよ……」

 俺はうんざりと顔をしかめた。

「確かに今思えばそうなんだけどさあ~。その時は全くそういう考えに至らなかったんだよねー。だって、逃げる奴がいたら追いかけたくなるのが人間の性質サガってもんでしょう!」

(いや、だからそれは野生動物の性質サガであって、人間なら怪しいと思ったら先ずは警察だろ?)

 と俺は言いたかったが、まあ、黙っておいた。

「だから、暫く……そうだなあ~、300mくらい追いかけた頃かなあ……。逃げていたはずの奴が今度はいきなり叫び声を上げて殴りかかって来てさあ。そんな事をされたらこっちだって、つい拳が出ちゃうでしょう!」

「何でだよっ!!そんな怪しい奴、危ねぇからさっさと逃げろよ!!」

「だって、いきなり拳が飛んできたんだよ!誰だって反射的にそうなっちゃうでしょう!そしたらそれがいい感じで相手の顎にヒットしちゃってさー。男が後ろにひっくり返った瞬間、懐から女物の下着がバサッーと出てきて、そこで慌てて警察に連絡したんだ」

 桜木はバサッーのところを両手を広げてみせたが、その通りに出てきたとしたら下着は100枚以上はある。──っんな訳ないだろう!と突っ込みを入れたくなったが止めておいた。

「つまり、その男は下着泥棒だったって訳か?」

「そうそう、だからこれでめでたし、めでたし、良いことしたなあと思っていたら、今朝になって警察から電話があってね。
 俺はてっきり下着ドロを捕まえたお礼をもらえるのかと思って母さんと二人、ワクワクしながら警察に行ったんだ。そしたら、実はそいつの顎が割れちゃってて、全治2ヶ月って告げられてさ……で、いくらなんでも『やり過ぎだ!』って散々警察で説教された。しかも、危うく犯人から被害届が出されるところだったんだけど、犯人の家族がそれを止めてくれてさー、でも、怪我をさせたのは俺の方だから話し合いの結果、取り敢えず治療費だけは家が払うことになったんだ。
 それでうちの母さんはすっかり機嫌が悪いんだよ」

 俺は返す言葉がなくて、ただじっと桜木の顔を見て呆れた。

「お前って……、本当に昔から本能だけで生きてるよな……」
「そう?」

 俺は静かに頷いた。

「……俺はお前に初めて会った時の保育園の悪夢を思い出したよ。あの時もお前は逃げる俺を理由もなしにずっと追いかけたよなぁ」
「──あ、確かに……」
「……けど、気を付けろよ。もし相手がナイフとか持ってたらどうする気だ?お前が無事だったから良かったけど……心配するだろ?」

 取り敢えず俺は桜木が無事でほっと胸を撫で下ろした。こんな綺麗な顔に傷一つでも付けられたら今度こそ俺が発狂する。

「秋ちゃん……心配してくれてたんだ。有り難う。まあ、これからは気をつけるからさ、もう心配はいらないよ」
「だといいけど……。母親の言う通り、お前は動く前によく考えろよ」
「はい、はい。肝に命じておきますよ」

 俺達は校門を抜け、ゆっくりと校舎に向かった。
 校庭にある銀杏の木が黄色く彩り始め、秋の涼風が心地よく流れていった。俺達は並んで昇降口を潜り抜けたが、その間、桜木の携帯がブーブーとひっきりなしに鳴っていた。

「お前の携帯、さっきからうるせぇなぁ」
「そうなんだよ。誰にも連絡してなかったから、さっきから色んな奴にメッセージ貰うんだよね」
「流石、人気者だな。どれだけ来てるんだ?」
「んーと、ざっと50件くらい」
「マジかよ?」

  人付き合いが広い奴だとは思っていたけど、俺の想像を遥かに越えている。一体どんな人付き合いをしたらそうなるのか俺には皆目検討もつかない。

 これが俺なら、精々桜木からの連絡が来るくらいで、他は一件も来ないだろう。それなのに桜木ときたら、ちょこっと学校に顔を出さなかっただけでこの状態だ。

 桜木を気にかける奴等がそれだけいるのなら、俺が一人欠けてもこいつの生活にはどうでもいい事だろう。寧ろ世話の焼ける奴が一人減ってほっとするのではないだろうか……? ならばやはり昨夜、決意した通り、桜木との徹底縁切りを実行したほうがいいような気がする。

「じゃあな、桜木。俺はこのままあっちで授業をサボってるわ」

 俺はいつもの非常階段に顎をしゃくってみせた。

「え? あ、でも今日はこれから修学旅行の班決めとかあるよ」

 俺は振り返って顔をしかめた。









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