どこまでも近くて遠い君

蓮華空

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摩矢episode 5

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 ◇◇◇

 いざ、修学旅行へ! と、気持ちを切り替えた俺は、朝出てきたままの部屋着を車の中でぱっぱっと着替え、お袋が準備した荷物を再度確認した。懸念していた睡眠薬もしっかり入っていたので一先ず安心する。

 俺と桜木は車を降りて駅構内へと向かった。

 時刻は7時半を回っていた。

「集合場所は?」
「新幹線の駅ホーム8時集合」

 いつもの桜木とは違う、淡々とした冷たい声に俺は眉を寄せた。どうやらまだ機嫌が悪いらしい。

 その後も会話や視線を交わす事なく、冷たい空気が漂う中、俺達は新幹線の中央口へと歩いた。

 折角、桜木が目の前に居るというのに、この冷たい雰囲気。なんだか会えなかった時より桜木が遠くに感じる。

 こんな状態で、楽しい修学旅行の思い出なんか作れるのか?

 そんな不安が俺を包み込んだ頃、桜木が不機嫌そうに呟いた。

「秋ちゃんってさあ……、昔から目的の為なら手段を選ばないよね」
「……?」

 なんの事だか、さっぱり分からず、俺は少々パニクった。

「なんの事だよ。手段を選ばないっつたら、お前も同じだろ?みんなでグルになって俺をここまで連れて来たんだからな!」

「それは目には目を、歯には歯をだよ。秋ちゃんが先にあんなことをするから……」

「あんな事ってなんの事だ?!」

 意味が分からなすぎて、俺は遂に歯を剥いた。すると、桜木は足を止めて俺に向き直る。

 澄みきった瞳が静かに俺を見つめた。

 脇を通り抜ける人波が、時折振り返っては桜木の姿を確認する。老いも若きも関係なく、二度見してくるのは、やはり女が多かった。

「……なんだよ? 黙ってないで何とか言えよ!」

 訊きながら俺はそそくさとウェアのジッパーを上げ、顔を半分隠した。桜木が目立つせいで、周りの視線がやけに気になる。俺は餓鬼の頃から、この視線が嫌いだった。

「秋ちゃん」

 桜木が俺の首に触れた。そして、おもむろに俺のウエアに手をかけると、上げたはずのジッパーを下げた。──何をする?!と、桜木の手を振り払おうとしたした瞬間──、

「どうして俺と外に居る時、いつも顔を隠すの?」

 悲しげな桜木の声が鼓膜に響き、俺は動きを止めた。

「どうしてって……それは……」

 振り払おうとした桜木の手を握ったまま、俺は言葉に躊躇した。一瞬、適当に誤魔化そうかと思ったが、桜木がそれを許さない様子だったので、正直に言うことにした。

「だって、俺みたいな気持ち悪りぃ奴がお前の側に居たら、端から見てかなり不快だろう。だから、世のため人のために隠してやってる」

 餓鬼の頃から、桜木の側に居ると、景観が悪くなると言って、俺は女子たちからうざがられた。

 そう説明すると、桜木は深い溜め息を付いた。

「やっぱり、秋ちゃんは自分の事をそんな風に思い込んでたんだ……。だから、あの日の夜。俺にキスしたんだね」



(──は?

 なんだそりゃ?全く意味が分からねぇ……。
 あの時のキスと、俺が顔を隠すのと何の関係がある?)

 俺が首を捻っていると、桜木は哀しそうに俺を見つめた。

「秋ちゃんはさ。自分がキスをしたら、俺が秋ちゃんを避けると思ってしたんでしょ。恋愛なんか、全然興味もない癖に……わざとそれっぽく見せ掛けて……。だから、秋ちゃんは目的の為なら手段を選ばないよね、って言ったんだ。でも、言っとくけど、俺は秋ちゃんの思惑通りにはいかないよ」

 ──ああ、なるほど。桜木はそんな風に受け取ったのか?

 清水の舞台から身を投げ出す想いでした俺の告白とキスは、相手に想いを伝えることなく空振りに終わっていた。

 考えてみりゃ、桜木は俺のことを無性愛者だと思っているんだから、俺が『好きだ』なんて言っても信じられないのは当たり前だ。

 それより学校を辞め、人間関係をリセットするための強硬手段と考えた方がいつもの俺らしい。そう思うと、あの時の緊張が途端と可笑しくなってきた。

「はははは……!流石桜木だなあ!よく分かってるじゃん!そっか、そっか!それでお前はさっきからずっと機嫌が悪いんだな!そういや俺がキスした時のお前の反応、すっげえー嫌そうだったもんな!よっぽどあれが不快だったんだろ?」

 そう言った途端、俺は襟首を掴まれ引き寄せられる。

「だから、俺はそんな風に思ってない!もう、いい加減、そうやって自分を卑下するのはやめろよ!…………俺があの程度の事で秋ちゃんを不快に思うはずないだろう!!」



(だったら、さっきからこいつは何で怒ってるんだ?)



「いいや、俺はしっかり覚えてるぞ!あの時のお前はすごく嫌そうな顔してた!」

「だからそれは、秋ちゃんがあんな芝居まで打って俺との縁を切ろうとするからだろ!」

「別にいいだろそれで!?どう考えたってその方がお前にとっても俺という面倒臭い重荷を下ろせて楽だろうよ!」

「だから、なんでそういうことを秋ちゃんが勝手に決めるのさ!俺はさっきからに腹を立てているの!!何で俺が重荷になってるって思うわけ?!それは俺が感じる事であって、秋ちゃんが勝手に決めることじゃないだろ!!」

「あーもう!うっせぇなあ!」

 俺は桜木の腕を振り払った。こうなった桜木はうちの女どもより面倒臭い。

「分かったよ!謝りゃいいんだろ。下手な芝居打って悪かったな!兎も角、お前は俺が勝手に決めた事が気にくわない上に、お前の意思すらコントロールしようとしたことが許せないんだな?!」

「ああ、そうだよ!その為にあんななんかしてくるなって言ってんの!!紛らわしい!!」



 ……む、む、む……

 だとっ?!



 俺にとっては想いを込めた意味のあるファーストキスだったのに……こいつからしたら……。


「くっ……、ほらみろ、その言い方!!やっぱお前はあの時のキスが一番嫌だったんだ!想到キモかったんだろ?だったらはっきりそう言って、一発くらいこぶしでお見舞いして来いや!ほら!!とっとと来いよ!むかついた分だけ俺を思いっきり殴ってみろ!!」

 俺は自棄やけになって、自ら頬を突き出した。

 俺の渾身の想いと勇気を込めたキスを、あっさり無意味と吐き捨てられた心の痛み──。それを味わうくらいなら、違う痛みに変換したかった。

「だから、そういうことじゃないってば!!あの時の事なんかもうどうでもいいよ!!」

 ──ズキッと、また胸の内が痛くなる。

「どうでもいいってんなら、そんなピリピリ怒ってんじゃねぇ!!」

「だから、それはどっちがだよ!」

 その時──。後方から「──あ!桜木だ!おおーい!!」と、言って此方に走ってくる輩がいた。

 桜木が振り返ったので、俺は素早く離れ、またウェアの襟元を立たせ、顔を隠した。















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