どこまでも近くて遠い君

蓮華空

文字の大きさ
55 / 79
桜木episode 1

11

しおりを挟む
「ご、ごめん、秋ちゃん!大丈夫?」

 俺は慌てて退こうとしたが、秋ちゃんの腕がそれを止めた。

「証拠──。見せてやろうか?」

「え?……」

「俺がお前を嫌がっていない証拠」

 ──あ!

 俺の後頭部に回された腕が、俺を力強く引き寄せ、唇に柔らかな感触が伝わった。

 ──?!

 これは……あの時と同じ。

 まさかの、秋ちゃんからのキス──!!

 ゾクリと手の平から、腰の辺りまで味わったことのない感覚が走ると、俺は秋ちゃんから身を離した。

「な、何を……?!」

 心臓の鼓動がおかしい。あの月夜の晩と全く同じだ。キスなんて、今まで何回もしてきたし、されても来た。だけど……、秋ちゃんにされた時だけ、何かがおかしい。

「何って、証拠だよ。俺が、お前を嫌いでないって証拠だ。これで分かったろ?」

 そう言われた瞬間、顔がぶわっと熱くなる。

 嫌いではないという証拠がそれ?!

 ならば……、

 ひょっとして……、

 ある予感が俺の中で膨らむと、全身が熱を帯びる。

 つまり、秋ちゃんって……

「俺のこと……好きなの?」

 そう訊ねると、今度は秋ちゃんの顔が赤くなった。

「馬鹿!!勘違いするな!!俺はそこまで言ってねぇ!!俺はただ、嫌いじゃねぇって言っただけだ!!普通だ!普通!!」

「あ、そうなんだ……」

 猛烈に否定をされ、妙にガッカリする俺が居た。

 だったらあの日のことも含めて、紛らわしい真似をしないで欲しい。そう思うと何だかイライラしてきた。

「あんな触れたかどうだか分からないような一瞬のキスなんか、証拠にならない。やっぱ、秋ちゃん。俺の事、嫌いでしょ?」

「──なっ?!」

「そうだ、嫌いなんだ。だから、こうして俺を悩ます事をする。だから、もういいよ。俺も秋ちゃんのこと、今日から嫌いになる!もう秋ちゃんなんか大っ嫌いだ!!だから、安心して」

 不貞腐れたように俺が言うと、秋ちゃんは面を食らっていた。

「ちょっと待て!!俺は嫌いじゃねぇって、言ってんのに、証拠……だってしたのに、何でそうなるんだよ?!」

「だって、あんな罰ゲームで渋々ながら、さっと済ませたようなキス。証拠になんてならない!!もっとガッツリやってくれなきゃ、余計に傷付く!!」

 何を言ってるんだ、俺は──!?自分でも頭の中がパニックで、整理が出来ない。

「ちょっと待て!何でお前はそんな事で不貞腐れてんだよ!!……まさかとは思うが、……ひょっとして、もっと俺とキスしたいって言うのか?」

 秋ちゃんの問いに、俺は素直に頷いた。

「したい!秋ちゃんとなら、もっとたくさんしてみたい!俺の事を嫌いじゃないんだって、俺がちゃんと分かるまで、ずっとずっとしてて欲しい!!」

「あのなあ!!お前が分かるまでって、そんなの今度はこっちが分からねぇよ!!俺がお前を嫌いじゃねぇって言ったら、嫌いじゃねぇの!!いいからそう思っとけ!!この馬鹿!!」

「馬鹿は秋ちゃんの方だ!できないんなら、初めからするな!!」

 胸の奥で灰色の渦のようなものがぐるぐる回っている。秋ちゃんが最初からキスなんてしてこなければ、俺の心はこんなに乱されなかったのに……それを今さら出来ないなんて、あんまりだ!

「秋ちゃんにお願いがある」

「な……なんだよ?」

 俺は秋ちゃんの目を見つめた。そして、また身をのりだし、秋ちゃんの額に自分の額をくっ付けた。

「もうキスはできないって言うのなら、ただ一言。俺の事……好きだって、言って欲しい」

「──はあ?!ば、ば、馬鹿野郎!!俺がそんな事、言えるか!!」

「なんで?言うだけならキスなんかよりハードル低いでしょ?友達として、親友として好きだって言ってくれればいいんだから」

 もう既に秋ちゃんの事を親友の好きとは違うと気付いてしまった癖に、それでも要求してしまう自分がひどく虚しい……。

「どう?友達としてなら別に言えるでしょ。そう言ってくれれば、俺の気はすむんだし、だめ?」

 秋ちゃんは唇をぐっと噛み締めていた。口許が富士山の形になって、わなわなと震えている。そんなに言い難いことなのか?軽くひと言だけ、さらっと言ってくれればいいだけなのに──なんでそんな簡単な事すら言ってくれないんだ?

「それも嫌だって言うのなら、最後に俺の方からもう一回キスしてもいい?」

「ば、馬鹿!そ、そんなこと──」

 ──無理に決まってるだろ!と、言われる前に、俺は唇を重ねた。

 秋ちゃんがなんと言おうと、俺は秋ちゃんの事が好きだ!この気持ちをもう抑えることなんて出来ない。

 そんな俺の気持ちとは裏腹に、重ねた唇を外そうと、秋ちゃんが下でもがいている。

「ちょ……待て……さくら……ぎ」

「無理!待てない!だって秋ちゃん、俺のする事、嫌じゃないって言ったよね?」

「い、言った……言った……けど、でも、やっぱお前とは無理だ──彼女がいる奴と、これ以上したくない!!」

 秋ちゃんの叫びに、俺は体を硬直させた。見ると秋ちゃんの見尻にはうっすらと涙の粒が膨らんでいた。

「俺は……俺だけを見てくれる奴じゃないと無理!好きになんてなれない!!だから、これ以上……お前とは出来ない!!お願いだから、俺にもう……触れたりしないでくれ!頼むから……俺の事はもうほっといてくれ!!」

 涙を浮かべながらひどく切ない声で訴えられ、俺はその場で硬直したまま動けなくなった。

 その間に秋ちゃんは俺から離れ、布団を被り、背を向けてしまった。

 布団の中で丸くなって震える背を、俺は抱き締めてやりたい衝動にかられたが、今の俺がそれをやったところで、秋ちゃんを癒すことなんて出来ないんだと悟った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...