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摩矢episode 6
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「んっ……」
桜木の分厚い舌が俺の口腔内を何度も出入りする。その甘くて優しい感触に、俺は唇の間から何度も熱い吐息を溢した。
ここ2日ばかりで桜木との関係が急激に変化している。それも俺が桜木から離れようと決断した頃からだ。
桜木の唇がそっと俺から離れた。シャワーで濡れそぼった前髪から、光る水の玉が滴る。その間から俺を見つめる潤んだ瞳がとても綺麗すぎて、俺は陶然となった。
「ここまでにしようか?」
桜木が俺から静かに離れながらそう言った。急にどうしたのかと訝しげに見ていると、桜木は優しく微笑んだ。
「やっぱ俺は秋ちゃんをそっと見守るしかないようだ。だからさ……。キスは今ので最後にする」
最後と言われて、俺の胸はずくん、と痛んだ。
「……なんで?」
俺は茫然としながら訊いた。
「なんでって……秋ちゃんのことが好きだから」
「意味が分からねぇ……好きだって言ってキスしてきたり、好きだからもう最後にするって、どういうことだよ?」
俺が食い付くと、桜木は、うーんと言って、眉を歪めた。心なしか瞳の輝きが暗く、少し悲しそうだ。
「……三隅と付き合うって俺が言ったからか?」
「それもそうなんだけど、少し違うかな?」
どういう事なのかと、俺が目を細めていると、桜木は柔らかく俺に微笑んだ。
「秋ちゃんってさあ……。いつもひとりで過ごしてて、自分勝手に見えるけど、実は他人想いだよね。本当はひとりでいるときでしか、自分自身でいられないんじゃないの? だから、一人を好むんだ」
「──?!」
「秋ちゃんは、誰かが側にいると、その人の痛みが分かってしまう。そして、さりげなくいつも助けてるよね。さっきだって、みーちゃんの苦しい気持ちをちゃんと吐き出させてあげて、付き合う、とまで言ってしまった。あれもきっとそういうことなんじゃないの? だから、俺がキスしても、……秋ちゃんはさほど拒まない。本当の秋ちゃんはいつもそこには居なくて……。結局はいつも俺の……独りよがり……そうでしょ?」
「……」
「俺、今になって秋ちゃんのことが解ったよ。秋ちゃんは誰かと居るとき、ここに居るようで居ないんだ。……結局、秋ちゃんはいつも俺に合わせてくれているよね? だから、俺は秋ちゃんと居るとすごく居心地が良くて、一番安心できた。でも、秋ちゃんはどうなの? 修学旅行に来る前。秋ちゃんは俺を遠ざけようとした。あれが秋ちゃんの本心だよね? 秋ちゃんはもう俺に合わせていたくないんだ……。いや、違うか……。誰にも合わせないで、自分の道を歩きたいんだ。そうでしょ?」
俺は反論しようとした。──が、頭でそう思っていても、体は恐ろしいほど、ストンと腑に落ちる感覚があった。そのせいで全く身動きが取れない。
「俺さ……。ずっと母子家庭で母さんも忙しかったから、いつもどこか寂しかった。愛が足りないって感覚が抜けなくて……。だから、誰にでも好かれるよう努力して、周囲から求められるまま生きてきたような気がする……。でも、秋ちゃんは俺に何も求めて来なかった。むしろ、ずっと秋ちゃんの側にいたいっていう、俺の願望に、秋ちゃんはずっと答えてくれてた。俺だけは、秋ちゃんの部屋に入れてもらえたし……。だから、俺……結構、秋ちゃんに無理をさせていたんじゃないかと思う。俺も……今まで周囲の要望に答え過ぎていて、ちょっと疲れていた気がするから……。何も求めてこない秋ちゃんの側が、一番心地良かったんだ。でも、それは秋ちゃんが俺のそんな気持ちを察知して、合わせてくれたからであって、秋ちゃんからしたら、色々と無理をさせてたんだろうなって、今頃、思うようになった。……ごめんね。今まで気付かなくて……」
俺は頭の中でぐるぐるとこれまでの事を思い出していた。
そういえば、自分がどうして集団に馴染めなかったのか。自分でも解らなかったことが桜木の言葉で漸く理解した。確かに俺は誰かと居ると、それだけで自分が消えるような気がしていた。つい相手に意識が集中し過ぎてしまい、自己から離れていくのだ。だから、人から距離を取り、集団に馴染まないことで自己を保っていたような気がする。
では、桜木と居るときは、どうだったか?
確かに桜木と居るときでさえ、俺は自分を消そうとしていた。でも、それは桜木に、本当の俺を知られたくなかったからだ。桜木が俺の気持ちを知ったら、桜木の重荷になると思ってきたから……。そうなった時。誰よりも傷付くのは俺自身で、俺はそれが怖かったから、ずっと気持ちを隠してきた。そういった点では、確かに俺は無理をしてきたかもしれない。でも、桜木と居るときは、決して桜木が思うような、桜木に合わせ過ぎて無理をしてきた訳ではない。
俺は桜木の顔を見上げた。
「桜木……。ひとつだけ訂正しておく。俺はお前と居ることで、苦痛に思ったことも、無理をしてきたこともないよ。むしろ、お前とずっと一緒に居たいと思ってきたのは、俺の方だ」
「えっ?」
驚いた桜木の肩に、俺はそっと頭を乗せた。そして、桜木の体温を白い柔肌から直に感じると、これまで辿ってきた数々の思い出が脳裏に浮かんでくる。俺は桜木と居るだけで、春の陽気に包まれたような暖かさをいつも感じていた。俺の深部がどんなに暗く冷たくても、桜木の笑顔ひとつで、俺の心に光が射すのだ。
俺は顔を上げて、桜木の頬に唇を押し付けた。
「ちょ、ちょっと……秋ちゃん??!!今のなにこれ???」
顔を真っ赤にして慌てふためく桜木に、俺は思わず口許が弛む。
「さあ? どういう事だと思う?」
逆に問いかけると、桜木は眉根を寄せて困った顔をした。
「本当の俺を知りたいと思うか?」
吐息がぶつかるくらいの距離で囁くと、桜木は口を一文字にして、何かを堪えていた。
「勿論だよ!俺の知らない秋ちゃんをもっと知って、俺のものにしたい!」
「どうやって?」
さらに問いかけると、桜木の唇がわなわなと震えた。
桜木の分厚い舌が俺の口腔内を何度も出入りする。その甘くて優しい感触に、俺は唇の間から何度も熱い吐息を溢した。
ここ2日ばかりで桜木との関係が急激に変化している。それも俺が桜木から離れようと決断した頃からだ。
桜木の唇がそっと俺から離れた。シャワーで濡れそぼった前髪から、光る水の玉が滴る。その間から俺を見つめる潤んだ瞳がとても綺麗すぎて、俺は陶然となった。
「ここまでにしようか?」
桜木が俺から静かに離れながらそう言った。急にどうしたのかと訝しげに見ていると、桜木は優しく微笑んだ。
「やっぱ俺は秋ちゃんをそっと見守るしかないようだ。だからさ……。キスは今ので最後にする」
最後と言われて、俺の胸はずくん、と痛んだ。
「……なんで?」
俺は茫然としながら訊いた。
「なんでって……秋ちゃんのことが好きだから」
「意味が分からねぇ……好きだって言ってキスしてきたり、好きだからもう最後にするって、どういうことだよ?」
俺が食い付くと、桜木は、うーんと言って、眉を歪めた。心なしか瞳の輝きが暗く、少し悲しそうだ。
「……三隅と付き合うって俺が言ったからか?」
「それもそうなんだけど、少し違うかな?」
どういう事なのかと、俺が目を細めていると、桜木は柔らかく俺に微笑んだ。
「秋ちゃんってさあ……。いつもひとりで過ごしてて、自分勝手に見えるけど、実は他人想いだよね。本当はひとりでいるときでしか、自分自身でいられないんじゃないの? だから、一人を好むんだ」
「──?!」
「秋ちゃんは、誰かが側にいると、その人の痛みが分かってしまう。そして、さりげなくいつも助けてるよね。さっきだって、みーちゃんの苦しい気持ちをちゃんと吐き出させてあげて、付き合う、とまで言ってしまった。あれもきっとそういうことなんじゃないの? だから、俺がキスしても、……秋ちゃんはさほど拒まない。本当の秋ちゃんはいつもそこには居なくて……。結局はいつも俺の……独りよがり……そうでしょ?」
「……」
「俺、今になって秋ちゃんのことが解ったよ。秋ちゃんは誰かと居るとき、ここに居るようで居ないんだ。……結局、秋ちゃんはいつも俺に合わせてくれているよね? だから、俺は秋ちゃんと居るとすごく居心地が良くて、一番安心できた。でも、秋ちゃんはどうなの? 修学旅行に来る前。秋ちゃんは俺を遠ざけようとした。あれが秋ちゃんの本心だよね? 秋ちゃんはもう俺に合わせていたくないんだ……。いや、違うか……。誰にも合わせないで、自分の道を歩きたいんだ。そうでしょ?」
俺は反論しようとした。──が、頭でそう思っていても、体は恐ろしいほど、ストンと腑に落ちる感覚があった。そのせいで全く身動きが取れない。
「俺さ……。ずっと母子家庭で母さんも忙しかったから、いつもどこか寂しかった。愛が足りないって感覚が抜けなくて……。だから、誰にでも好かれるよう努力して、周囲から求められるまま生きてきたような気がする……。でも、秋ちゃんは俺に何も求めて来なかった。むしろ、ずっと秋ちゃんの側にいたいっていう、俺の願望に、秋ちゃんはずっと答えてくれてた。俺だけは、秋ちゃんの部屋に入れてもらえたし……。だから、俺……結構、秋ちゃんに無理をさせていたんじゃないかと思う。俺も……今まで周囲の要望に答え過ぎていて、ちょっと疲れていた気がするから……。何も求めてこない秋ちゃんの側が、一番心地良かったんだ。でも、それは秋ちゃんが俺のそんな気持ちを察知して、合わせてくれたからであって、秋ちゃんからしたら、色々と無理をさせてたんだろうなって、今頃、思うようになった。……ごめんね。今まで気付かなくて……」
俺は頭の中でぐるぐるとこれまでの事を思い出していた。
そういえば、自分がどうして集団に馴染めなかったのか。自分でも解らなかったことが桜木の言葉で漸く理解した。確かに俺は誰かと居ると、それだけで自分が消えるような気がしていた。つい相手に意識が集中し過ぎてしまい、自己から離れていくのだ。だから、人から距離を取り、集団に馴染まないことで自己を保っていたような気がする。
では、桜木と居るときは、どうだったか?
確かに桜木と居るときでさえ、俺は自分を消そうとしていた。でも、それは桜木に、本当の俺を知られたくなかったからだ。桜木が俺の気持ちを知ったら、桜木の重荷になると思ってきたから……。そうなった時。誰よりも傷付くのは俺自身で、俺はそれが怖かったから、ずっと気持ちを隠してきた。そういった点では、確かに俺は無理をしてきたかもしれない。でも、桜木と居るときは、決して桜木が思うような、桜木に合わせ過ぎて無理をしてきた訳ではない。
俺は桜木の顔を見上げた。
「桜木……。ひとつだけ訂正しておく。俺はお前と居ることで、苦痛に思ったことも、無理をしてきたこともないよ。むしろ、お前とずっと一緒に居たいと思ってきたのは、俺の方だ」
「えっ?」
驚いた桜木の肩に、俺はそっと頭を乗せた。そして、桜木の体温を白い柔肌から直に感じると、これまで辿ってきた数々の思い出が脳裏に浮かんでくる。俺は桜木と居るだけで、春の陽気に包まれたような暖かさをいつも感じていた。俺の深部がどんなに暗く冷たくても、桜木の笑顔ひとつで、俺の心に光が射すのだ。
俺は顔を上げて、桜木の頬に唇を押し付けた。
「ちょ、ちょっと……秋ちゃん??!!今のなにこれ???」
顔を真っ赤にして慌てふためく桜木に、俺は思わず口許が弛む。
「さあ? どういう事だと思う?」
逆に問いかけると、桜木は眉根を寄せて困った顔をした。
「本当の俺を知りたいと思うか?」
吐息がぶつかるくらいの距離で囁くと、桜木は口を一文字にして、何かを堪えていた。
「勿論だよ!俺の知らない秋ちゃんをもっと知って、俺のものにしたい!」
「どうやって?」
さらに問いかけると、桜木の唇がわなわなと震えた。
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