暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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本編 イザヤside1

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 陶也はハンザキを飽きることなく見続けた。この黒いぬらぬらした生物のどこに、そんな魅力があるのか、イザヤには理解が出来ないが、陶也は生きとし生けるもの全てを平等に見ているようだ。こういうのを博愛というのか?イザヤにはない物の見方だった。

 ハンザキが方向転換し、この場から見えなくなるまで陶也はそこから動く事はなかった。

「あ、すいません。すっかりお待たせしてしまいましたね」

 陶也がやっとイザヤに向き直った。

「すっかり魅入ってしまいました。あんなに立派なハンザキは僕も初めてでしたからテンション上がっちゃって」

 と照れ臭そうに頭を掻いた。

「俺も貴重なものが見れたし、構わないよ」

 そう言ってイザヤも向きを変えようとした、その時ーー。

 陶也がバランスを崩した。

 イザヤはとっさに陶也に手を伸ばしてしまった。

 ーーしまった!

 前倒れになりそうな陶也の胸を左手で支えた。だが、直ぐに陶也はイザヤの手を振りほどき、川の中に倒れこんだ。そして、川の中でうつ伏せに倒れこんだまま動かない。
  今度は風呂場での反応とまるで違った。

 ーーおい、おい、おい、おい!!いつまでそのままなんだ!動けよ!そのままだと、息が出来ねぇだろ!!

 助けたいが迂闊に触れる事が出来ない。

 ーー頼むから自分で立ち上がれ!立ち上がってくれよ!

 イザヤは祈るような気持ちで様子を伺っていたが、もう無理だと判断した。陶也に駆け寄り、次にどんな反応を起こすか分からないが、急いで陶也を抱きあげた。

 そのまま川縁まで連れていき、地面に下ろした。陶也は真っ青な顔で、目を見開いたまま動かない。呼吸まで止まっているのではと思い、確認すると呼吸は辛うじてしている。だが、意識は全く此処にはない。

「陶也!陶也!おい!陶也!!」

 必死に肩を揺らし、呼び掛けても反応がない。今度は陶也に触れているにもかかわらず、それでもぴくりとも動かない。目に全く光がない。生きているのに生きていない。虚無に囚われた目。

 イザヤはぞくりと背に冷たいものを感じた。

 陶也の姿がまた、いつかの自分のようだと思った。

 ーーどうなっているんだ?

「陶也!陶也!」

 頬を叩きながらいくら名を呼んでも反応がない。他に助けを呼ぼうにも、陶也の携帯は水に浸って使い物にならない。どうすることも出来ない。かといって、いつまでもここに居てもどうしようもない。

 イザヤは覚悟を決めて陶也を抱き上げた。取り敢えず、じっとしててくれるのなら、このまま家まで運んで行こう。途中で暴れられても堪らないから、イザヤは陶也をしっかりと抱き締めた。どうかじっとしててくれよ、と心の中で願ったが、その願いは叶えられなかった。

 陶也が突如、悲鳴を上げた。慟哭といっても言い様な、全ての悲しみを振り絞って叫ぶような声だ。その声にイザヤの胸も痛んだ。

 意識が戻ったのなら、と、イザヤは陶也を一先ず下ろすことにした。

「陶也!大丈夫か?!」

 肩を掴むとバシッと音をたて、手を払い除けられた。じんと痛む手より、憎悪を込めた視線にイザヤの心は傷ついた。だが、直ぐに陶也は哀しげな顔をしたかと思うと、首を振り、その場に蹲った。その間、ずっと自分の両手を恐ろしげに見つめている。

 まるでエクソシストのように何かに取り憑かれたような反応をする陶也にイザヤは為す術がない。

「ご、ご免なさい……イザヤさん、ご免なさい」

 陶也がやっと口をきいた。イザヤは尽かさず呼び掛けた。

「陶也!大丈夫か!」

「すいません……今直ぐには動けそうもないです……すいません」

 陶也は震えていた。顔は青ざめ、目にもまだ生気が宿っていない。

「そんな事はいいから、兎に角落ち着け!悪かったな、また、お前に触れてしまった」

 イザヤは深く後悔していた。どうせ川の中に転ぶのなら、イザヤが手を出していなければ、陶也は普通に立ち上がっていただろう。余計な事をして陶也を苦しませてしまった。

「いえ、イザヤさんは全然悪くないです。僕が……こんなだから……」

「お前だって悪くないだろ。自分が望んでそうなってる訳ではないんだし」

「でも……、僕は助けてくれようとしている人の手まで撥ね退けてしまう。人の善意を普通に受け取れない……。それどころか、相手をそうやって傷付けてしまう……。そんな事……、したくないのに……。普通に、有り難うって言いたいのに……本当にご免なさい」

 そう言って陶也は体を丸めてしまった。グズグズと鼻を啜る音がする。

 ーーそんな事で泣いているのか……。

「陶也。大丈夫だから、全然気にするな。普通の人間だってそういう時はままあるだろう。いい事しようが悪い事しようが、人はどうしたって勝手に傷付く時は傷付くんだ。どんなに努力したって、全ての人が傷付かないように振る舞う事は出来ない。だから、お前はこれから、人には自分の想いや力が及ばない部分がどうしてもあるんだって事、知っていけばいいだけだ。それだけだよ」

 イザヤは宥めるように優しく語りかけた。

「でも……、本当にご免なさい。嫌な気持ちにさせて、ご免なさい、ご免なさい、ご免なさい、ご免なさい」

 陶也はただひたすら謝り続けていた。陶也が謝らなければならないことなど何もないのに、そうしなければならないように、ずっとずっと謝り続けていた。
 イザヤはため息をついた。

 ーーこんな孤独を俺なんかがどうやって癒せると言うんだ?

 丸くなった陶也の背中を、今すぐ「大丈夫だ」といって強く抱き締めてやりたい。だが、イザヤにそれは出来ない。

 ただ、側にいて見守るだけしか出来ないのは、自分の苦しみに耐えてる時と同等か、それ以上に辛い。

 自分なら、何とかして立ち上がれば、後はなんとかなる。だが、自分以外の人間には、本人がまず、前を向かない事には為す術がない。

 人が生きる苦しみと悲しみには、常にそんな事が付きまとう。
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