30 / 116
本編 イザヤside1
28
しおりを挟む
夜気が冷たく木々の間を通り抜けていく。すっかり闇に包まれた森は、異物を更に寄せ付けまいと、益々不気味な雰囲気を放っていた。
イザヤと陶也は渓流のある所から元の道に戻るため、今では陰だけになった木々のトンネルをゆっくりと歩いた。
陶也の顔色も心なしか良くなってきたので、取り敢えずイザヤはほっとした。
暫く無言のまま歩いていたが、ふと、陶也を見ると彼もこちらを見ている。ずっと目が合ったままなので「なに?」と訊いてみると「なんでもないですよ」と返ってくる。なんなんだ?と思いながらも、イザヤが前方に向き直ると、やっぱり陶也はこちらを見てくる。暗闇だから見えにくいのかと思い、「お前、鳥目なのか?」と訊いて、陶也の目の前で手をひらひらさせてみる。すると、笑いながら「大丈夫です。しっかり見えてます」と言う。それにしても、何だか陶也がイザヤばかりをジロジロ見ているような気がして、落ち着かなくなってきた。そうこうしているうちに鬱蒼とした木々のトンネルが終わり上空を見ると、綺麗な月が浮かび上がっていた。
「おー!月が綺麗だあ」
辺りが暗いせいか、余計に月明かりが眩しく、美しくみえた。
「な」
と、陶也にも同意を求めたら、陶也も静かに頷いた。
無言で煌々と光る月を見ている陶也が、水面に映る月のように輝いて見え、イザヤは放心した。
「本当に……、月が綺麗ですね」
陶也が静かに口を開いた。何故だが陶也が朧気に輝いて見えて、イザヤは一瞬、言葉に窮した。
「う、うん」
辛うじてイザヤも同意をしたが、今、見ていたのは月ではなく陶也だった。イザヤは、お前も綺麗だ、と言いたかったが、ゴキブリに褒められても気持ち悪いだろうと思って止めた。だから代わりに月をひたすら褒める事にした。
「本当に今日の月は綺麗だな。めちゃくちゃ綺麗だ。すごく綺麗だ。うん、綺麗」
ーー何でこんなに綺麗なんだ?
気を紛らわす為に言ったはずの言葉なのに、繰り返していたら、本当に今まで見た月の中で一番綺麗に見えてイザヤは首を傾げた。
陶也はクスクスと笑い出して、「僕も、今日の月が最高に綺麗だと思います」と同意した。
「今日は月が特別に見える、何とかムーンとかいうやつかな?」
イザヤがそう言うと陶也は益々クスクスと笑い、
「いや、別に今日はそういう特別な日ではないですよ」
と言った。
「ふーん。そうか。俺が今まで月なんかよく見てなかったからかな?」
「どうなんでしょう?でも、心が変われば同じ物を見ても以前と違うように感じる事もありますよね」
「そうかな?俺はあんまりないんだよなあ」
思い起こすとイザヤにはあまり心変わりというのがないような気がした。特に嫌いなものはずっと嫌いだ。未来永劫その感情だけは変わることがない。特にあの女。母親に対してだけは天地がひっくり返っても憎しみ以外あり得ない。
「イザヤさんは夏目漱石って日本の文豪をご存知ですか?」
「いや、知らない」
自慢じゃないが、イザヤには教養のきょの字もない。
「その人がある英語を意訳した時の言葉が『月が綺麗ですね』なんです。僕は今、……すごくそんな心境なんです」
と、言って頬を真っ赤に染めながら俯いてしまった。なんだ?そのリアクション?
「その英語ってなんだよ?」
真っ赤になるほど恥ずかしい内容なのかと気になって訊いてみたが、陶也は
「アメリカ人なら簡単に口してる言葉だけど、日本人にはハードルが高い言葉なんです。だから、月が綺麗ですね、なんです。だから……僕には……、とてもじゃないけど、今は英語で言えません!」
と、顔を手で隠してしまった。
ーー何をそんなに照れているのか?
しかし、手で顔を隠しながらも指の間からチラチラ此方の様子を伺っては頬染めている。耳まで真っ赤だ。一体どんな英語なのかと思い、「教えてくれ」と言っても陶也は、「いつか」と言うばかりで教えてはくれなかった。でも、問い詰めれば問い詰めるほど、陶也が赤くなって照れまくるから、その姿に段々と卑猥な連想が頭を占め、アメリカ人が簡単に口にして日本人が言えない言葉、即ち
「ファックか?!」
と言ったら、物凄い剣幕で怒られた。
「お月様に失礼でしょ!」
と言われ、元が月の話だったのをすっかり忘れていた。ーー失敗した。
「あ、あの……」
急に陶也が可愛らしく目を潤ませて呼び掛けるので、イザヤの心臓はドキリと一瞬飛び跳ねた。
「いつか、必ずちゃんと言いますので、その時まで僕の側に居てくれませんか?」
陶也が手にぎゅっと力を入れるのを、繋がった孫の手から感じた。
「分かった。いつかちゃんと教えてくれよな」
そう約束をした。
イザヤと陶也は渓流のある所から元の道に戻るため、今では陰だけになった木々のトンネルをゆっくりと歩いた。
陶也の顔色も心なしか良くなってきたので、取り敢えずイザヤはほっとした。
暫く無言のまま歩いていたが、ふと、陶也を見ると彼もこちらを見ている。ずっと目が合ったままなので「なに?」と訊いてみると「なんでもないですよ」と返ってくる。なんなんだ?と思いながらも、イザヤが前方に向き直ると、やっぱり陶也はこちらを見てくる。暗闇だから見えにくいのかと思い、「お前、鳥目なのか?」と訊いて、陶也の目の前で手をひらひらさせてみる。すると、笑いながら「大丈夫です。しっかり見えてます」と言う。それにしても、何だか陶也がイザヤばかりをジロジロ見ているような気がして、落ち着かなくなってきた。そうこうしているうちに鬱蒼とした木々のトンネルが終わり上空を見ると、綺麗な月が浮かび上がっていた。
「おー!月が綺麗だあ」
辺りが暗いせいか、余計に月明かりが眩しく、美しくみえた。
「な」
と、陶也にも同意を求めたら、陶也も静かに頷いた。
無言で煌々と光る月を見ている陶也が、水面に映る月のように輝いて見え、イザヤは放心した。
「本当に……、月が綺麗ですね」
陶也が静かに口を開いた。何故だが陶也が朧気に輝いて見えて、イザヤは一瞬、言葉に窮した。
「う、うん」
辛うじてイザヤも同意をしたが、今、見ていたのは月ではなく陶也だった。イザヤは、お前も綺麗だ、と言いたかったが、ゴキブリに褒められても気持ち悪いだろうと思って止めた。だから代わりに月をひたすら褒める事にした。
「本当に今日の月は綺麗だな。めちゃくちゃ綺麗だ。すごく綺麗だ。うん、綺麗」
ーー何でこんなに綺麗なんだ?
気を紛らわす為に言ったはずの言葉なのに、繰り返していたら、本当に今まで見た月の中で一番綺麗に見えてイザヤは首を傾げた。
陶也はクスクスと笑い出して、「僕も、今日の月が最高に綺麗だと思います」と同意した。
「今日は月が特別に見える、何とかムーンとかいうやつかな?」
イザヤがそう言うと陶也は益々クスクスと笑い、
「いや、別に今日はそういう特別な日ではないですよ」
と言った。
「ふーん。そうか。俺が今まで月なんかよく見てなかったからかな?」
「どうなんでしょう?でも、心が変われば同じ物を見ても以前と違うように感じる事もありますよね」
「そうかな?俺はあんまりないんだよなあ」
思い起こすとイザヤにはあまり心変わりというのがないような気がした。特に嫌いなものはずっと嫌いだ。未来永劫その感情だけは変わることがない。特にあの女。母親に対してだけは天地がひっくり返っても憎しみ以外あり得ない。
「イザヤさんは夏目漱石って日本の文豪をご存知ですか?」
「いや、知らない」
自慢じゃないが、イザヤには教養のきょの字もない。
「その人がある英語を意訳した時の言葉が『月が綺麗ですね』なんです。僕は今、……すごくそんな心境なんです」
と、言って頬を真っ赤に染めながら俯いてしまった。なんだ?そのリアクション?
「その英語ってなんだよ?」
真っ赤になるほど恥ずかしい内容なのかと気になって訊いてみたが、陶也は
「アメリカ人なら簡単に口してる言葉だけど、日本人にはハードルが高い言葉なんです。だから、月が綺麗ですね、なんです。だから……僕には……、とてもじゃないけど、今は英語で言えません!」
と、顔を手で隠してしまった。
ーー何をそんなに照れているのか?
しかし、手で顔を隠しながらも指の間からチラチラ此方の様子を伺っては頬染めている。耳まで真っ赤だ。一体どんな英語なのかと思い、「教えてくれ」と言っても陶也は、「いつか」と言うばかりで教えてはくれなかった。でも、問い詰めれば問い詰めるほど、陶也が赤くなって照れまくるから、その姿に段々と卑猥な連想が頭を占め、アメリカ人が簡単に口にして日本人が言えない言葉、即ち
「ファックか?!」
と言ったら、物凄い剣幕で怒られた。
「お月様に失礼でしょ!」
と言われ、元が月の話だったのをすっかり忘れていた。ーー失敗した。
「あ、あの……」
急に陶也が可愛らしく目を潤ませて呼び掛けるので、イザヤの心臓はドキリと一瞬飛び跳ねた。
「いつか、必ずちゃんと言いますので、その時まで僕の側に居てくれませんか?」
陶也が手にぎゅっと力を入れるのを、繋がった孫の手から感じた。
「分かった。いつかちゃんと教えてくれよな」
そう約束をした。
0
あなたにおすすめの小説
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
