暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

文字の大きさ
31 / 116
本編 イザヤside1

29

しおりを挟む
 今日からいよいよ家業の鶏卵農家の仕事が待っていた。
 イザヤは作業用の紺の繋ぎに着替え、愛用の孫の手を腰のベルト通しに挿し、今では自分のトレードマークとなったテンガロンハットを被り、気合いを入れて表へ出た。

 鶏卵場の前に行くと、既に陶也とパート従業員であるおばちゃん二人が何やら話をしていた。軽く朝の挨拶を済ませ、陶也が先に日本語で彼女たちにイザヤを紹介し、次に英語で二人を紹介してくれた。

 右の小太りで丸顔のおばちゃんが田中さん。
 痩せてエラの張った四角い顔が吉田さん。

 二人とも特長が全然違うからイザヤはほっとした。陶也は他の日本人と比べ、肌も白く綺麗な顔立ちだから分かりやすいが、その他の日本人はイザヤからしたらあまり区別がつかない。「よろしく」と言って順番に握手をすると、おばちゃん達は急に奇声を上げた。ぎょっとして、一歩引いていると、陶也が「イザヤさんが格好いいから大層喜んでいます」と解説した。

「そういえば今日はもう一人紹介したい人が居るんですけど……」

 と、言って陶也が辺りを見回していると、奥の鶏卵場から鶏のけたたましい声と男の叫び声がした。

「鶏が逃げたー!」

 その声と共に鶏が目を血走らせ、此方に走ってきた。陶也とおばちゃん達が行く手を阻むが、鶏はするりとかわし、翼を広げて次の瞬間、飛んだ。

「しまった!屋根に飛んじゃう!」

 陶也が叫んだ通り、鶏はひよこ用の鶏舎の屋根に向かって飛んでいく所だった。
 イザヤは鶏舎の隣にある建物まで軽やかに走り、壁を蹴りあげ鶏舎の屋根に乗ると、そこから空中で鶏を捕まえ、一回転して地上に降りた。

 わっ!と、一斉に歓声が上がった。口々にみんな日本語で何かを喋っている。すると見慣れない顎の尖った若い男が、訛りはきついがしっかりとした英語で話しかけてきた。

「すごいですね!パルクールでもやってたんですか?!」

 イザヤは眉を寄せた。盗人たるもの、逃げ足は常に鍛えておかなくてはならないから、なのだが、そうとは言えないので、

「まあな」

 と、答えておく。

「ひえー!見た目がこれで、さらにパルクールなんかやってたらすごいモテるでしょう!」

 と、続けて訊かれたが、イザヤの青春の大半は男だらけの刑務所だったので、よく分からない。が、少なくとも歳も若かったので、刑務所の中では確かにモテた。だから仕方なしに、

「まあな」

 と、うんざりしながら答えた。それがまたその男にとっては興奮の火種になったらしく「すげー!モテる男は答え方も違うよなー、俺も一度でいいから鬱陶しそうに言ってみてぇー!」と、羨ましがるが、イザヤの脳裏にはむさい受刑者達の顔が浮かんで逆に空しくなった。

「イザヤさん、こちらは田中さんの息子さんで、今、大学生の義政さん。夏休みの間だけ手伝いに来てもらってるんです」

 イザヤの捕まえた鶏を受け取りつつ、陶也が男を紹介した。田中さんの息子といっても全然似ていない。こちらは三角形の顔だ。

「実はジェームズさんには大変お世話になってたんです。僕はずっとジェームズさんに英語を教えてもらってたんで、これからも勉強のためよろしくお願いします!」

 と、にこやかに握手を交わした。割りといいやつそうである。

「ところで、その孫の手は何?なんでそんなところに挿してるの?」

 義政はイザヤの腰にぶら下がった孫の手を指して訊いた。

「これはこいつとのコミュニケーション手段」

 と、言って陶也の頭を孫の手で撫でるところを見せてやった。

「あ、そうか!陶也くん、最近は随分良くなったと思ってたから忘れてた。そうか、イザヤさんは駄目だったのか!」

 そう言いながら、義政は陶也の頭を軽くポンポンした。イザヤは顎が外れるかと思うくらい驚いた。

 はいーーーーーーーーーー?!!!!

 その様子を指差しながら、イザヤは金魚の口のようにパクパクした。

 ーー昨日もその前も俺の場合は大変な状態だったじゃないか!!!

 思わず陶也の顔を恨みがましく凝視する。

「だ、だから……大丈夫な人は大丈夫なんです」

 陶也が申し訳なさそうに言った。

 ーーうん。そうか、俺は駄目な部類なのね。

 イザヤはガックリと肩を落とし、脇にあった軽トラックに凭れた。

 ーーゴキブリを触っても平気な奴ってそうそういないもんな、

と、自分に言い聞かせ、何とかイザヤは納得した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...