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本編 イザヤside1
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今日からいよいよ家業の鶏卵農家の仕事が待っていた。
イザヤは作業用の紺の繋ぎに着替え、愛用の孫の手を腰のベルト通しに挿し、今では自分のトレードマークとなったテンガロンハットを被り、気合いを入れて表へ出た。
鶏卵場の前に行くと、既に陶也とパート従業員であるおばちゃん二人が何やら話をしていた。軽く朝の挨拶を済ませ、陶也が先に日本語で彼女たちにイザヤを紹介し、次に英語で二人を紹介してくれた。
右の小太りで丸顔のおばちゃんが田中さん。
痩せてエラの張った四角い顔が吉田さん。
二人とも特長が全然違うからイザヤはほっとした。陶也は他の日本人と比べ、肌も白く綺麗な顔立ちだから分かりやすいが、その他の日本人はイザヤからしたらあまり区別がつかない。「よろしく」と言って順番に握手をすると、おばちゃん達は急に奇声を上げた。ぎょっとして、一歩引いていると、陶也が「イザヤさんが格好いいから大層喜んでいます」と解説した。
「そういえば今日はもう一人紹介したい人が居るんですけど……」
と、言って陶也が辺りを見回していると、奥の鶏卵場から鶏のけたたましい声と男の叫び声がした。
「鶏が逃げたー!」
その声と共に鶏が目を血走らせ、此方に走ってきた。陶也とおばちゃん達が行く手を阻むが、鶏はするりとかわし、翼を広げて次の瞬間、飛んだ。
「しまった!屋根に飛んじゃう!」
陶也が叫んだ通り、鶏はひよこ用の鶏舎の屋根に向かって飛んでいく所だった。
イザヤは鶏舎の隣にある建物まで軽やかに走り、壁を蹴りあげ鶏舎の屋根に乗ると、そこから空中で鶏を捕まえ、一回転して地上に降りた。
わっ!と、一斉に歓声が上がった。口々にみんな日本語で何かを喋っている。すると見慣れない顎の尖った若い男が、訛りはきついがしっかりとした英語で話しかけてきた。
「すごいですね!パルクールでもやってたんですか?!」
イザヤは眉を寄せた。盗人たるもの、逃げ足は常に鍛えておかなくてはならないから、なのだが、そうとは言えないので、
「まあな」
と、答えておく。
「ひえー!見た目がこれで、さらにパルクールなんかやってたらすごいモテるでしょう!」
と、続けて訊かれたが、イザヤの青春の大半は男だらけの刑務所だったので、よく分からない。が、少なくとも歳も若かったので、刑務所の中では確かにモテた。だから仕方なしに、
「まあな」
と、うんざりしながら答えた。それがまたその男にとっては興奮の火種になったらしく「すげー!モテる男は答え方も違うよなー、俺も一度でいいから鬱陶しそうに言ってみてぇー!」と、羨ましがるが、イザヤの脳裏にはむさい受刑者達の顔が浮かんで逆に空しくなった。
「イザヤさん、こちらは田中さんの息子さんで、今、大学生の義政さん。夏休みの間だけ手伝いに来てもらってるんです」
イザヤの捕まえた鶏を受け取りつつ、陶也が男を紹介した。田中さんの息子といっても全然似ていない。こちらは三角形の顔だ。
「実はジェームズさんには大変お世話になってたんです。僕はずっとジェームズさんに英語を教えてもらってたんで、これからも勉強のためよろしくお願いします!」
と、にこやかに握手を交わした。割りといいやつそうである。
「ところで、その孫の手は何?なんでそんなところに挿してるの?」
義政はイザヤの腰にぶら下がった孫の手を指して訊いた。
「これはこいつとのコミュニケーション手段」
と、言って陶也の頭を孫の手で撫でるところを見せてやった。
「あ、そうか!陶也くん、最近は随分良くなったと思ってたから忘れてた。そうか、イザヤさんは駄目だったのか!」
そう言いながら、義政は陶也の頭を軽くポンポンした。イザヤは顎が外れるかと思うくらい驚いた。
はいーーーーーーーーーー?!!!!
その様子を指差しながら、イザヤは金魚の口のようにパクパクした。
ーー昨日もその前も俺の場合は大変な状態だったじゃないか!!!
思わず陶也の顔を恨みがましく凝視する。
「だ、だから……大丈夫な人は大丈夫なんです」
陶也が申し訳なさそうに言った。
ーーうん。そうか、俺は駄目な部類なのね。
イザヤはガックリと肩を落とし、脇にあった軽トラックに凭れた。
ーーゴキブリを触っても平気な奴ってそうそういないもんな、
と、自分に言い聞かせ、何とかイザヤは納得した。
イザヤは作業用の紺の繋ぎに着替え、愛用の孫の手を腰のベルト通しに挿し、今では自分のトレードマークとなったテンガロンハットを被り、気合いを入れて表へ出た。
鶏卵場の前に行くと、既に陶也とパート従業員であるおばちゃん二人が何やら話をしていた。軽く朝の挨拶を済ませ、陶也が先に日本語で彼女たちにイザヤを紹介し、次に英語で二人を紹介してくれた。
右の小太りで丸顔のおばちゃんが田中さん。
痩せてエラの張った四角い顔が吉田さん。
二人とも特長が全然違うからイザヤはほっとした。陶也は他の日本人と比べ、肌も白く綺麗な顔立ちだから分かりやすいが、その他の日本人はイザヤからしたらあまり区別がつかない。「よろしく」と言って順番に握手をすると、おばちゃん達は急に奇声を上げた。ぎょっとして、一歩引いていると、陶也が「イザヤさんが格好いいから大層喜んでいます」と解説した。
「そういえば今日はもう一人紹介したい人が居るんですけど……」
と、言って陶也が辺りを見回していると、奥の鶏卵場から鶏のけたたましい声と男の叫び声がした。
「鶏が逃げたー!」
その声と共に鶏が目を血走らせ、此方に走ってきた。陶也とおばちゃん達が行く手を阻むが、鶏はするりとかわし、翼を広げて次の瞬間、飛んだ。
「しまった!屋根に飛んじゃう!」
陶也が叫んだ通り、鶏はひよこ用の鶏舎の屋根に向かって飛んでいく所だった。
イザヤは鶏舎の隣にある建物まで軽やかに走り、壁を蹴りあげ鶏舎の屋根に乗ると、そこから空中で鶏を捕まえ、一回転して地上に降りた。
わっ!と、一斉に歓声が上がった。口々にみんな日本語で何かを喋っている。すると見慣れない顎の尖った若い男が、訛りはきついがしっかりとした英語で話しかけてきた。
「すごいですね!パルクールでもやってたんですか?!」
イザヤは眉を寄せた。盗人たるもの、逃げ足は常に鍛えておかなくてはならないから、なのだが、そうとは言えないので、
「まあな」
と、答えておく。
「ひえー!見た目がこれで、さらにパルクールなんかやってたらすごいモテるでしょう!」
と、続けて訊かれたが、イザヤの青春の大半は男だらけの刑務所だったので、よく分からない。が、少なくとも歳も若かったので、刑務所の中では確かにモテた。だから仕方なしに、
「まあな」
と、うんざりしながら答えた。それがまたその男にとっては興奮の火種になったらしく「すげー!モテる男は答え方も違うよなー、俺も一度でいいから鬱陶しそうに言ってみてぇー!」と、羨ましがるが、イザヤの脳裏にはむさい受刑者達の顔が浮かんで逆に空しくなった。
「イザヤさん、こちらは田中さんの息子さんで、今、大学生の義政さん。夏休みの間だけ手伝いに来てもらってるんです」
イザヤの捕まえた鶏を受け取りつつ、陶也が男を紹介した。田中さんの息子といっても全然似ていない。こちらは三角形の顔だ。
「実はジェームズさんには大変お世話になってたんです。僕はずっとジェームズさんに英語を教えてもらってたんで、これからも勉強のためよろしくお願いします!」
と、にこやかに握手を交わした。割りといいやつそうである。
「ところで、その孫の手は何?なんでそんなところに挿してるの?」
義政はイザヤの腰にぶら下がった孫の手を指して訊いた。
「これはこいつとのコミュニケーション手段」
と、言って陶也の頭を孫の手で撫でるところを見せてやった。
「あ、そうか!陶也くん、最近は随分良くなったと思ってたから忘れてた。そうか、イザヤさんは駄目だったのか!」
そう言いながら、義政は陶也の頭を軽くポンポンした。イザヤは顎が外れるかと思うくらい驚いた。
はいーーーーーーーーーー?!!!!
その様子を指差しながら、イザヤは金魚の口のようにパクパクした。
ーー昨日もその前も俺の場合は大変な状態だったじゃないか!!!
思わず陶也の顔を恨みがましく凝視する。
「だ、だから……大丈夫な人は大丈夫なんです」
陶也が申し訳なさそうに言った。
ーーうん。そうか、俺は駄目な部類なのね。
イザヤはガックリと肩を落とし、脇にあった軽トラックに凭れた。
ーーゴキブリを触っても平気な奴ってそうそういないもんな、
と、自分に言い聞かせ、何とかイザヤは納得した。
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