暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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本編 イザヤside1

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 爺さんの病院を出ると、イザヤは駐車場に停めてあった車に乗り込みエンジンをかけた。

 今度は高校まで陶也を迎えに行くのだ。

 車のキーには、陶也が作ってくれた木彫りのハンザキ・キーホルダーが付いている。木工細工を趣味にしてる陶也が自分とお揃いのをイザヤにもくれたのだ。

 それにしても、「何でハンザキ?」とイザヤは渓流で見た、ぬらぬらした気色の悪い生き物を脳裏に浮かべながら陶也に質問した。

「だって、サンショウウオは西洋ではサラマンダーと言うでしょ。サラマンダーは火の精霊として、錬金術師の間では不純物を焼いて、純粋な物質を得る『浄化』を意味したり、古くなった肉体を焼いて新しい肉体を得る『再生』を意味してるんです。だから、僕もそんな風になりたいと思って……」

 なるほど。流石、陶也だ。ただ見て気色悪いとしか思えないイザヤとは大違いの発想だ。

「あと、サラマンダーはどんな苦難や苦痛にも負けない『忍耐』を意味し、善の炎で悪を消し去るとも言われています。それが……なんとなく、イザヤさんに当て嵌まるような気がして……」

 ーーん?…………いま、誰が何に当てはまるって言った???

 イザヤの気のせいか、陶也の言い間違いかと思い、もう一度言った事を繰り返して貰ったら、やはり気のせいではなかった。

「はあ?!それのどこが俺に当てはまるんだ?」

 イザヤが目を剥いて驚いていると、「なんとなくです」と両手を振りながら顔を赤くして去って行った。

 ーーあいつの眼に、俺はどう映ってるんだ?

 ーーゴキブリじゃないのか?今度、ゴキブリの事をどう思うか陶也に訊いてみよう。

 そんなことを思い出しながら、イザヤは陶也の高校に到着した。正門から離れた路肩に車を止めて陶也の帰りを待った。

 辺りは田んぼに囲まれているから、高校の様子がよく見渡せた。同じ制服を着た生徒達がわらわらと帰って行く。大抵が友だちとふざけあいながら、楽しそうに笑っている。その中を一人だけ、静かに歩く陶也の姿を見付けた。最近、陶也が変わったとはいえ、夏休み中の登校日に行ったくらいでは、周囲との関係に大した差はないようだった。相変わらず一人でいる陶也を見て、ほっとしてしまったイザヤは自分に嫌気が差した。

 陶也はそのまま静かに、誰とも挨拶をかわすことなく、イザヤの車の助手席に座った。

「久し振りの学校、どうだった?」と訊くと、無感情に「別に」と返ってきた。

 ーーなんか少し機嫌が悪い?

「どうしたんだ?なんか元気ねーじゃねぇか。何かあったか?」

「何も……」

 そう言って、また沈黙。

 ーーそういえば、前にもこんな状況あったな。初めて一緒に飯を食いに行った時だっけか?

「嘘だな。お前、やっぱり何かあったろ!」

 イザヤは決めつけた。

「まあ、何かあっても、俺に話すかどうかはお前の自由だけどな。ただ、お前が何も話さなければ、俺がまた勝手な想像するだけだぞ」

 そう言うと陶也はゆっくりとイザヤに顔を向けた。

「本当に……、何かあった訳じゃないんです。ただ、僕の心の問題なだけで……ちょっと整理が付かないだけです。時間が経てば何とかなります。心配かけてすいません」

「いや、そういう事なら別に謝る必要はないけど、まあ、ゆっくりやれよ」

「はい」

 田んぼが続く和やかな道をお互い無言のまま車は走り続けた。青い空には夏の入道雲が隆々と目の前に聳え、その前を鳶が横切っていった。

「イザヤさん」

「ん?」

 陶也がやっと口を開いた。が、感情の読めない妙な感じがした。

「なに?」

「蒔田さんの連絡先、どうしました?」

「あ!」

 ーーそういや、そんなもんあったか!!

「そうだ!すっかり忘れてた!!なんだ、お前!まさか、そのせいで嫌がらせでも受けたか?」

「いえ、そんなことないですけど、蒔田さんにどういうことなのか訊いて来て、と、しつこく言われました。どうするんですか?」

 陶也がイザヤの顔を覗き込みながら訊く。

「どうするも何も、お前は大丈夫なのか?俺が無下に扱って変なとばっちり受ける可能性は?」

「あったとしても自分で何とかします。もう、今までの臆病だった自分とはさよならです!」

 そうきっぱり宣言しながら、鞄に付けたハンザキ・キーホルダーをしっかり握った。その姿を見て、イザヤは安心した。
 信号が赤のうちに素早く自分の財布から蒔田の連絡先が書いてある紙を出すと、陶也に渡した。

「じゃあ、これ、お前が捨てといてよ、で、蒔田には諦めろと言っておけ」

「え、あ、はい」

「俺はお前を信じるよ。もう大丈夫だな」

 ーーこいつだって、男だ。いつまでも下を向いて、誰かに寄りかかってばかりでは、満足は出来ない。自分の足でしっかり歩きたいのだ。

「はい!」

 陶也は力強く返事をした。その声の張りを聞いただけで、短期間ながら、随分たくましくなったなと、イザヤは思った。
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