暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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本編 イザヤside1

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 陶也が目覚ましい成長を遂げる中、最近のイザヤはどうかというと、夜に楽しみが一つ増えていた。

 陶也の事が心配だと言って、肉団子のわがままで急遽オーストラリアから帰国した肉団子の父親が毎晩イザヤに珍しい酒を持ってきてくれるからだ。

 どうやら肉団子家族は肉団子のせいで、父親と肉団子だけが日本に帰国し、奥さんと妹はまだオーストラリアの祖父母の家に居るらしい。それを聞いた陶也は自分の事で要らぬ心配をさせて、家族が離れてしまった事を申し訳なく思い、肉団子親子を毎日夕食に誘ったのだ。

 イザヤ達が仕事から戻ると、肉団子はやってきて、イザヤと舌戦を繰り広げた。肉団子は意外なことに、肉が多いだけの肉の塊ではなく、脳細胞も多いようで、まだ10歳だというのに英語でイザヤとのやり取りを難なく交わし、時折、イザヤが言い負かされた。本当に口が達者で生意気な餓鬼だった。それが気に食わないイザヤは肉弾戦に持ち込み、肉団子を持ち上げて、ぐるぐる回したり、押さえつけたり、体をぶつけ合って豪快に遊んだ。肉団子は今までそういう遊びをしてこなかったらしく、最初は面食らって、「なにしやがるんだ!」とか「止めろ!」と言っていたが、1日目、2日目と日が経つにつれ、思った以上にキャキャと子供らしい笑いをするようになった。そうこうしているうちに1週間で肉団子が5kgも痩せたと言って、父親は涙した。

「ずっと甘やかして育ててしまい、食事も美味しそうに食べる将太が可愛くてつい、欲しがるまま与え、気付いたら75kgになっていたのです」

 ーー気付いたらって、ペットか?気付くの遅せぇだろ!

 聞けば肉団子も学校ではほとんど孤立し、友達が一人も居らず、いつも学校から帰っては陶也の家に入り浸っていたらしい。友達が居ないのなら肉団子が陶也になつくのもよく解る気がした。同性とはいえ、陶也くらいに綺麗な奴が、自分と同じく周囲に馴染めず、自分だけが陶也に触れても大丈夫だと思うと、何となく特権意識を持って独り占めしたくなる気持ちがよく解る。そうは言っても、イザヤが陶也の半径2m以内に近づこうものなら、肉団子はイザヤを陶也の前から追い払うので、毎日ムカついた。だが、いちいち腹を立てるのも大人げないので、イザヤはぐっと堪えた。

 そんな訳で、ここ数日、イザヤは仕事以外で陶也と会話する事はなく、どちらかと言えば肉団子の父親、小川さんと夕食後の酒を楽しみながら会話を交わす事が多くなった。それはそれで、イザヤは満足してた。

「イザヤくんには本当に感謝してます。私もイザヤくんみたいに体当たりで将太と遊んであげられたら良かったんですが、そうすると私の方がすっ飛んでしまって……」

 と、言うように、肉団子の父親、小川さんは肉団子の父親とは思えない細い体を恥ずかしそうに折り曲げた。更に最近ではイザヤが肉団子肉団子、連呼するせいか、将太の中で痩せようとする意識が芽生えたようで、朝夕毎日、イザヤと一緒にジョンの散歩に付き合うようになった。これが父親にとっては僥幸だったらしく、毎晩、お礼に、と言って、旨い酒を持ってきては雑談することが日課になった。

 小川さんは一見すると、気弱そうに見えるが、外資系のエリートサラリーマンだった。経済や各国の情勢に詳しく、無知なイザヤをバカにする事なく、丁寧に色々な事を教えてくれた。本当にいい人だった。小川さんのようないい人が身近にいて、陶也も自立に向かって自らの足で進む意欲があるのなら、イザヤが日本に長居する必要はないような気がして、小川さんにイザヤの心情を打ち明けてみることにした。

「爺さんが死んだら、俺はアメリカに帰ろうと思ってる」

 イザヤの呟きに小川さんは驚いた顔をして、「え!イザヤくんはここの後継者になるのかと思ってた!それまた、何で?」と質問した。

 何でと訊かれると、本当のことを言うのには、躊躇いが出た。真実を告げたら、明日から距離を取られるかもしれない。イザヤの事はどうでもいい。問題は陶也だ。しかし、小川さんも陶也がとてもいい子である事を知っているし、何より息子の将太が陶也になついている。将太なら、何があっても陶也の事を好きでいてくれるだろうし、そうなると、小川さんも陶也の事を雑には扱わないだろう。だから、イザヤは本当の事を言う事にした。

「俺は10年前に人を二人殺した殺人犯だから、前科者が陶也の側にいたら、あいつの将来に良くないと思って」

 そう言うと小川さんは口をぽかんと開け、グラスを手から落としそうになった。そして、ひきつった顔で「何それ?冗談きついよ」と言ったが、イザヤは「冗談じゃない。10年前のテキサス州少年犯罪で検索してみな」そう言うと、小川さんは慌てて自分のスマホで検索した。

「あった!」と言って、暫く記事に魅入っていたが、やがて目頭に手を添え、嗚咽を漏らしたかと思うと号泣しだした。
 イザヤは仰天した。

「な、何で泣くんだ?」

「だって、君……こんなことって……う、う……」

 と、歯を食い縛りながら、ボロボロと涙を流した。

「あんたがそんな泣く事じゃねえだろ」

「そうだけど」

 と言ってはまた嗚咽を漏らした。

 この人は泣き出したら止まらない人なのか?

 イザヤは少々戸惑った。この話を知って、小川さんがこんなに泣き出すとは思わなかったのだ。むかっ腹の立つ、嫌な話だと思うが、いい大人が目の前でこんなに涙を溢されたんじゃどう対応していいのか解らない。更に小川さんはどんどん酒を煽った。

「飲まなきゃこんなのやってられない!くそ!イザヤくんもそうだろう!どんどん飲もう!」

 と、言ってウォッカにまで手を出した。イザヤはその先の話を、自分が居なくなった後の陶也の事をお願いしたかったのだが、もうそれどころではなかった。ーーただ、自分が殺人者でも小川さんはイザヤに嫌悪感を抱いていない事だけは身に染みて感じた。本当にいい人なのだろう。それが何より救いだった。

 小川さんは泣いて泣いて泣き通した後、ベロンベロンになりながらも、家に帰ると言い出した。イザヤは酔い過ぎだから、ここに泊まっていけと言ったが、小川さんは奥さんが怒るから帰る、と繰り返した。今、奥さんはオーストラリアに行っていて、家には居ないはずなのに、それが解らないほど酔っ払っていた。
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