暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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陶也side1

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 目の前で兄弟達の死を目の当たりにしたイザヤの絶望がどれだけ深かったか──。恐らくそれを知るのは、イザヤの記憶を覗いた陶也だけだろう。

 妹がなぶられ、兄弟達は泣き、助けたくても助けられない憤りの中、気絶させられ、目が覚めた時には、至るところ床や壁が傷み、クモの巣の張った納屋のような所で、兄弟達は血塗れの床に無惨な骸となって転がっていた。

 イザヤは手足を縛られ、見せしめのように兄弟達の屍を何日もその部屋で見ていることを強いられた。何も感じる事も出来ず、日増しに衰弱していくイザヤ。時々、母親が現れてはイザヤに無理やり水を飲ませた。

 そして、壁を背に球体人形のように虚空を見詰めたまま動かないイザヤの横に母親は座った。

「こんな風に二人っきりになるの久し振りだよねー」

 と言って、イザヤの肩に凭れかかる。それでもイザヤは何の反応も示さず、瞳には生気がなかった。

 納屋の高窓から光が差し込み、空中に舞っている塵がキラキラと光っていた。セピア色に染まった静かな時間が通りすぎていく。

 母親が「久し振りに抱っこでもしようか」と言ってイザヤの上半身を寄せ、膝の上で抱える。

「随分大きくなったんだねー。お母さん、抱えきれないよ」

 そう言ってイザヤの頭を撫でながら、母親は驚いた事に、この環境の中、幸せそうに子守唄を歌い始めた。すると、ずっと何の反応も示さなかったイザヤの目が輝いた。

「失せろよ」

 地の底から這い出すような声でイザヤは言った。

「あらぁ?起きちゃったの?このまま永眠するのかと思って子守唄歌ってあげたたのに。折角起きたんだから、ご飯でも食べる?あの子達の肉で作ったハンバーグなんてどう?」

 と言った瞬間、イザヤは起き上がり母親の顔目掛けて頭突きをした。

「いたーい!何よあんた、まだまだ元気じゃない」

 母親は頭突きをくらった鼻を押さえ、イザヤの頭を小突いた。

「てめぇを殺すまで死んでたまるか!解けよ!俺を縛ってるこの縄を、今すぐ殺してやるから解きやがれ!!!」

「やあよ。あんたの手枷、足枷みんな死んじゃったから、次が出来るまではそのままよ。暫くはそこであの子達が腐っていくの眺めてて」

 そう言って母親は踵を返すと、納屋から出ていった。イザヤは手足を縛る縄を解こうともがいた。もがきながらイザヤは部屋を満遍なく眺めた。兄弟達の遺体を一人一人その目に焼き付ける。例えようもない憎悪が腹腔から湧き出して、縛られた手に力が入る。何日も食事をしていなかったからか、痩せて細くなっていた手は何とか抜けた。イザヤはそのまま足の縄も解き、兄弟達の遺体に向かった。一人一人から骨を一欠片ずつ手に取り、納屋にあるごちゃごちゃとした用具入れから針金やペンチ、革ひもを取り出し、骨に穴を明け、ヤスリをかけて、針金を通し、革ひもに付けて首に巻いた。これで、何があってもイザヤは兄弟達と一緒だ。そして、納屋から何か武器になるものはないか物色した。錆び付いているがナイフが一つ見付かった。

 イザヤはそれを持って納屋から出ると、隣に建てられた自宅に入っていった。

 家の中は昼間だというのに暗く、荒んでいた。至るところにごみが散乱したままになって、リビングの絨毯には血溜まりの跡が残されていた。

 イザヤはそのまま二階に上がり、最初の部屋に入った。物心ついたころから、頭がイカれてまともな会話などしたこともない、母親の操り人形だった祖母がロッキングチェアに座って昼寝をしていた。

 イザヤは祖母に近付くと、迷うことなく口を後ろから塞ぎ、顎を持ち上げ、首をナイフで切った。血飛沫が部屋を染めていく。イザヤの腕と金色の髪にも赤い血が滴り始める。

 イザヤは次に隣の部屋に移動し、ベッドの上でうつ伏せになって俗悪な週刊誌を読んで流行りの音楽を聞いている母親の男に忍び寄った。心臓の位置を狙って一気にぶっ刺すつもりだったが、寸での所で男は気付き、身を翻した。二人は対峙し、ベッド脇で揉み合っていると、母親が下の階から駆け上がってきて、「これを使いな!」と言って二人に向けて銃を一丁ずつ放り投げた。

 二人は互いに自分に投げられてきた銃を掴むと相手に向かって引き金を引いた。

 ──ドォン!

 という音と共に、男が後方に倒れた。「やったー!」と言う母親の声が聞こえる。尽かさずイザヤは母親に向けて銃を打ったが弾が入っていなかった。

「一発しか入れてないから無駄よ。あー精々した。こいつ最近好き勝手するから、そろそろ始末したかったのよねー。丁度よかったわ」

  母親は男の遺体を確認しながら、芯からすっきりした風だった。

「私達も潮時よねー、ここに住んでるのも」

 と言ってイザヤに向かって肩をすくめた。
 イザヤはナイフをかざしながら母親に近づく。

「ああ、潮時だ。お前の命がな!」

 母親は踵を返して逃げ出した。イザヤはそれを追う。

 家を飛び出した母親は森の中へと駆け込んだ。時折、森の中でわざと身を転がし自身の体を汚していった。やがて、木々の合間から道路が見えてくると、母親は自分の服を一部破いた。

 イザヤは母親の意図を察知した。森を抜ける前に殺らなければと焦る。しかし、数日間食事を取っていなかったせいか、体力は衰え、母親との距離は縮まらない。

 母親が道路に出た。案の定、通りかかった車に母親は助けを求めた。

 イザヤは舌打ちした。だが、迷っている場合ではない。今、やらなければ確実に逃げられる。イザヤは構わずナイフを振りかざし突進した。

 車から出てきた男が「おい、やめろ!」と言って母親とイザヤの間に立ち塞がる。「どけ!」と言って男の体に触れた瞬間、ドォン!と銃声がし、イザヤは足を撃ち抜かれた。

 助手席から出てきた女が男を助けようと撃ったのだ。

 男は直ぐに警察に連絡し、イザヤは逮捕された。その間に母親の姿はどこかに消えていた。
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