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陶也side1
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ところがイザヤの返事は陶也の予想とは違っていた。スプーンを持った手で口許を押さえながら、照れ臭そうに、「嬉しかったよ」と小さな声だが、ポツリと言ってくれた。
「え?」
と、陶也は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「う……嬉しかったけどさ、今一信じられねーんだよ。俺のどこがいいんだ?俺のことなんかお前は何も知らねぇだろ?まあ、お前の好きなものはぬるっとした気色の悪いハンザキだったり、ぶっ細工なウサギだったりするから、元からゲテモノ好きなんだろうけど、それにしても俺なんか止めとけよ。俺の事を知ってる俺からの忠告。俺の全てを知ったらゲテモノ好きのお前だって流石に嫌になる」
イザヤは首に下げた兄弟達に触れながら言った。自分には彼らだけでいいとでも言いたげな様子だった。
陶也は悲しくなった。自分の気持ちが受け入れられないことに対してではない。イザヤが自分自身に対して愛されるわけがないと思っているからだ。陶也は恐らく世界中の誰よりもイザヤの事を知っている。何度も彼の辛い記憶を見たのだ。それでも、この気持ちは変わらないと本当は叫びたかった。
陶也は暫く俯いたままでいたが、自然と口を開いた。
「海をーー、好きだと思う人が、どれだけ海を知ってると思いますか?空に輝く星を好きだと言う人が、どこまでその星を知ってると思いますか?そのもの全部を知らなくても、人は魅了されるんです。好きになるものは好きになるんです。深い海の暗さや荒れた海の恐ろしさを知っても、それでも海が好きだと思う人も沢山います。空に輝く星が既に消えた星だと知っても、好きで居続けるという人もいます。だからーー知る知らないでは、好きな気持ちは止められないです」
言ってから、はっと気付いた。こんな事を言ったらまたイザヤを困らせるだけではないのか?慌てて訂正しようと前を見たら、顔を赤くしたイザヤと目が合った。
「お前はまた……、なんつー言い方するんだ……」
イザヤは頭を抱えて溜め息をついた。
「ご、ご免なさい。あ、あの……僕の気持ちは無視して下さって構いません。迷惑なら、そう言って頂ければいいです」
「迷惑なんかじゃねぇよ。ずっげー嬉しいよ。だから……」
「ーーお前に触れたいよ」
切なげな声でそう言われた。右手で顔を隠した指の間から、潤んだ青い瞳が覗いている。
「だけど、俺はお前に触れられないだろ?何故かお前は、俺だけは駄目みたいだし……」
ちょっと不貞腐れたような、寂しげなイザヤの横顔を見て、陶也の胸はきゅっと苦しくなった。
あの時ーー。渓流からの帰り道で、陶也は他人の記憶にも目をそらさずしっかり見つめようと心に誓った。それが自分の生きる道なら、景色を見るように、しっかりとそれすらも見るのだ。そう決めたにもかかわらず、陶也はイザヤの過去だけはどうしても見るのが怖かった。好きな人が救いの道もなく苦しんでる姿なんか、やはり耐えられなかった。だから、陶也はイザヤにだけは触れられる事を恐れた。だから強くなって、イザヤの苦しみを見ても耐えられるくらいに強くなって、それから、しっかり彼を見つめて、何か彼の役に立てる事をしたかった。
初めてイザヤと入ったカフェレストランで、イザヤは言った。
『糞の役にも立たないものでも、自分の中にあるものはどんなに否定したって、あるものはあるんだ。だから、それを誇れ』とーー。
他人の嫌な記憶が見れるなんて、今までは本当に糞の役にも立たず、余計なものとしか思わなかった。寧ろそんな自分を呪った。けれども、イザヤと出会ってからその考えは変わった。この力を使って、何かイザヤの役に立てられたら、イザヤの救いに繋げられたら!
そう思っていたのに、結局、なんの役にも立てていない。それどころか、イザヤだけを避け続けていた癖に好きだなんて言って、どれだけ自分は勝手なんだろうと、自分自身が嫌になった。
陶也は意を決してビールの缶を握っているイザヤの手を握った。
イザヤはビクッと身を跳ねさせて、「な、何してるんだ、お前?」と、目を見開いて驚いた。
ーー勇気を出して、恐れずに見るんだ。彼の悲しみも苦しみも痛みも憎しみも、余すことなくーー全部。たった一つ、自分の命だけを誇りに生きてきたイザヤの生き様をしっかり見つめるんだ!
そう自分に言い聞かせて、陶也はイザヤの手をぎゅっと握った。だが、脳裏に飛び込んでくる記憶はやはり辛いものだった。
兄弟揃って汚れた身なりで歩いていたら、汚ねぇ奴等が来た!と言って、他の子供たちに石を投げられてる幼いイザヤの達の姿が見えた。
万引き、窃盗の常習で、煙たがられ、捕まれば大人に殴られ、水をかけられてるイザヤの姿を見た。
刑務所の中では、若いからと言ってバカにされ、数人に囲まれリンチを受けてる姿を見た。
陶也は目を閉じて次から次に送られてくるイザヤの辛い過去に耐えた。
だが、どうしても耐えきれず体が小刻みに震えてくる。涙が今にも溢れそうだった。
「陶也、もういい!わかったから放せ!」
イザヤが立ち上がって身を離そうとした。
眉間に皺を寄せ、苦しそうに唇を噛むイザヤの表情を見た瞬間、陶也の脳裏に、幼い頃の母の顔が浮かんだ。
ーーあの頃と一緒だ!自分は昔からちっとも変わっていない。何故、自分は愛する人を、いつもこんな顔にさせてしまうのか?
自分を呪いたい気持ちで溢れ、呼吸をするのも苦しくなった。
ーーでも……諦めちゃ駄目だ!諦めたくない!!今度こそ、変わりたい!!
「駄目!」と叫んで陶也は離れようとするイザヤの手を引いて自分も立ち上がった。
ーーもう二度とイザヤにそんな顔をさせたくない!
そう思うと自然とまたイザヤの唇に唇を重ねた。
そして、重ねた瞬間、記憶の流れがピタリと止まった。
やはり、初めてキスした時と同じだった。
同じ触れるにしても、こうしていると逆に記憶のフォルダが弾かれる。今はイザヤの唇に触れている感覚しか、陶也には感じられなかった。陶也は歓喜に震え、安堵した。
自分からイザヤの首に腕を回し、唇をさらに押し付けた。イザヤの薄めの唇の柔らかさに、愛しさが全身に募っていく。触れられる喜びが体の芯で艶やかに花開いた。そして、陶也は惜しむようにゆっくりと唇を離してイザヤに伝えた。
「イザヤさんに触れても平気な方法を見付けました。同じ触れるでも、こうしていると大丈夫です」
そう囁いてまた口付けようとした瞬間、キスよりも早く、陶也はいきなりイザヤに抱え込まれた。
「え?」
と、陶也は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「う……嬉しかったけどさ、今一信じられねーんだよ。俺のどこがいいんだ?俺のことなんかお前は何も知らねぇだろ?まあ、お前の好きなものはぬるっとした気色の悪いハンザキだったり、ぶっ細工なウサギだったりするから、元からゲテモノ好きなんだろうけど、それにしても俺なんか止めとけよ。俺の事を知ってる俺からの忠告。俺の全てを知ったらゲテモノ好きのお前だって流石に嫌になる」
イザヤは首に下げた兄弟達に触れながら言った。自分には彼らだけでいいとでも言いたげな様子だった。
陶也は悲しくなった。自分の気持ちが受け入れられないことに対してではない。イザヤが自分自身に対して愛されるわけがないと思っているからだ。陶也は恐らく世界中の誰よりもイザヤの事を知っている。何度も彼の辛い記憶を見たのだ。それでも、この気持ちは変わらないと本当は叫びたかった。
陶也は暫く俯いたままでいたが、自然と口を開いた。
「海をーー、好きだと思う人が、どれだけ海を知ってると思いますか?空に輝く星を好きだと言う人が、どこまでその星を知ってると思いますか?そのもの全部を知らなくても、人は魅了されるんです。好きになるものは好きになるんです。深い海の暗さや荒れた海の恐ろしさを知っても、それでも海が好きだと思う人も沢山います。空に輝く星が既に消えた星だと知っても、好きで居続けるという人もいます。だからーー知る知らないでは、好きな気持ちは止められないです」
言ってから、はっと気付いた。こんな事を言ったらまたイザヤを困らせるだけではないのか?慌てて訂正しようと前を見たら、顔を赤くしたイザヤと目が合った。
「お前はまた……、なんつー言い方するんだ……」
イザヤは頭を抱えて溜め息をついた。
「ご、ご免なさい。あ、あの……僕の気持ちは無視して下さって構いません。迷惑なら、そう言って頂ければいいです」
「迷惑なんかじゃねぇよ。ずっげー嬉しいよ。だから……」
「ーーお前に触れたいよ」
切なげな声でそう言われた。右手で顔を隠した指の間から、潤んだ青い瞳が覗いている。
「だけど、俺はお前に触れられないだろ?何故かお前は、俺だけは駄目みたいだし……」
ちょっと不貞腐れたような、寂しげなイザヤの横顔を見て、陶也の胸はきゅっと苦しくなった。
あの時ーー。渓流からの帰り道で、陶也は他人の記憶にも目をそらさずしっかり見つめようと心に誓った。それが自分の生きる道なら、景色を見るように、しっかりとそれすらも見るのだ。そう決めたにもかかわらず、陶也はイザヤの過去だけはどうしても見るのが怖かった。好きな人が救いの道もなく苦しんでる姿なんか、やはり耐えられなかった。だから、陶也はイザヤにだけは触れられる事を恐れた。だから強くなって、イザヤの苦しみを見ても耐えられるくらいに強くなって、それから、しっかり彼を見つめて、何か彼の役に立てる事をしたかった。
初めてイザヤと入ったカフェレストランで、イザヤは言った。
『糞の役にも立たないものでも、自分の中にあるものはどんなに否定したって、あるものはあるんだ。だから、それを誇れ』とーー。
他人の嫌な記憶が見れるなんて、今までは本当に糞の役にも立たず、余計なものとしか思わなかった。寧ろそんな自分を呪った。けれども、イザヤと出会ってからその考えは変わった。この力を使って、何かイザヤの役に立てられたら、イザヤの救いに繋げられたら!
そう思っていたのに、結局、なんの役にも立てていない。それどころか、イザヤだけを避け続けていた癖に好きだなんて言って、どれだけ自分は勝手なんだろうと、自分自身が嫌になった。
陶也は意を決してビールの缶を握っているイザヤの手を握った。
イザヤはビクッと身を跳ねさせて、「な、何してるんだ、お前?」と、目を見開いて驚いた。
ーー勇気を出して、恐れずに見るんだ。彼の悲しみも苦しみも痛みも憎しみも、余すことなくーー全部。たった一つ、自分の命だけを誇りに生きてきたイザヤの生き様をしっかり見つめるんだ!
そう自分に言い聞かせて、陶也はイザヤの手をぎゅっと握った。だが、脳裏に飛び込んでくる記憶はやはり辛いものだった。
兄弟揃って汚れた身なりで歩いていたら、汚ねぇ奴等が来た!と言って、他の子供たちに石を投げられてる幼いイザヤの達の姿が見えた。
万引き、窃盗の常習で、煙たがられ、捕まれば大人に殴られ、水をかけられてるイザヤの姿を見た。
刑務所の中では、若いからと言ってバカにされ、数人に囲まれリンチを受けてる姿を見た。
陶也は目を閉じて次から次に送られてくるイザヤの辛い過去に耐えた。
だが、どうしても耐えきれず体が小刻みに震えてくる。涙が今にも溢れそうだった。
「陶也、もういい!わかったから放せ!」
イザヤが立ち上がって身を離そうとした。
眉間に皺を寄せ、苦しそうに唇を噛むイザヤの表情を見た瞬間、陶也の脳裏に、幼い頃の母の顔が浮かんだ。
ーーあの頃と一緒だ!自分は昔からちっとも変わっていない。何故、自分は愛する人を、いつもこんな顔にさせてしまうのか?
自分を呪いたい気持ちで溢れ、呼吸をするのも苦しくなった。
ーーでも……諦めちゃ駄目だ!諦めたくない!!今度こそ、変わりたい!!
「駄目!」と叫んで陶也は離れようとするイザヤの手を引いて自分も立ち上がった。
ーーもう二度とイザヤにそんな顔をさせたくない!
そう思うと自然とまたイザヤの唇に唇を重ねた。
そして、重ねた瞬間、記憶の流れがピタリと止まった。
やはり、初めてキスした時と同じだった。
同じ触れるにしても、こうしていると逆に記憶のフォルダが弾かれる。今はイザヤの唇に触れている感覚しか、陶也には感じられなかった。陶也は歓喜に震え、安堵した。
自分からイザヤの首に腕を回し、唇をさらに押し付けた。イザヤの薄めの唇の柔らかさに、愛しさが全身に募っていく。触れられる喜びが体の芯で艶やかに花開いた。そして、陶也は惜しむようにゆっくりと唇を離してイザヤに伝えた。
「イザヤさんに触れても平気な方法を見付けました。同じ触れるでも、こうしていると大丈夫です」
そう囁いてまた口付けようとした瞬間、キスよりも早く、陶也はいきなりイザヤに抱え込まれた。
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