Broken Arrows

蓮華空

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分からないことだらけ

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  父と最後に対戦した日──。

 父は雷亜を誉めてくれた。雷亜は嬉しかった。自分は父にとって誇れる息子になれた。母の望む息子にはなれなかったけど、父の望む息子にはなれた。そんな気がしていた。

 しかし、翌日。

 父はガソリンを被って焼身自殺した。

 ──何が父をそこまで追い詰めたのだろう?

 雷亜にはずっとそれが分からない。

 最後に対戦して、父に勝った時──、父の驚いた顔が不意に浮かんでコマ送りのように何度もリピートされた。

 信じられない──、といった風な、顔から血の気が引いて完全に白んだ顔だった。

 その父の顔と、高速道路へと雷亜が落下して行く時に見た、シャノンの顔とが何故か重なる。

 父もシャノンも、とてつもないショックを受けたような表情をしていた。

 雷亜のしたことは、彼らからしたらそんなに予想外な事だったのだろうか?駄目な事だったのだろうか?



 ──その時、父の声が頭の中で雷鳴のように響いた。


『──敗北は死だ!!!!』


 雷亜が初めて空手の試合に出たとき、父が放った言葉だ。


『いいか雷亜。今でこそ試合とは試し合いに過ぎないが、昔は死合いといって負けるということは即刻死を意味した。つまり、負けたお前は死んだも同然なんだぞ!』



『──いいか!!!!』



 何度も父からこの言葉を浴びせられてきた。

 雷亜は仕方なしに頷いていたが、本当のところ何故、父がそこまで勝ちに拘るのか意味が分からなかった。
 負けて死んだも同然になるくらいなら、最初から闘わなければいい。勝敗がきっちりと分かる勝負に出なければ敗ける事はないのだ。

 父の言葉とは裏腹に、雷亜の心の奥底では、敗北が死と同然なら、生きている限り負けてはいない、という想いが芽生えていた。

  確かに雷亜は、目の前の勝敗に負けた。けれども、生きてさえいれば、いつかは勝つ可能性もあるのだ。ならば、そこまで目の前の勝敗に拘らなくてもいいのではないか?
 息をしている限り、そう慌てることはない。そんな確固たる価値観が雷亜の中で出来上がっていた。

 

 そう父に伝えると父は身を震わせて怒った。だが、それ以上に何かに怯えているようにも見えた。



 勝つ事に拘り続けたその父も、最後に交わした雷亜との対戦で負け、

『よくやったな、お前は俺よりも強い』

 と言ってくれた。

 雷亜はその瞬間、ほっとした。

 やっと父が認めてくれた──。



 雷亜にとってそれがどれだけ嬉しかったか……。

 やっと父が誉めてくれた──。

 ならばこれで、父の拘る勝負の道から雷亜は解放される。



       ※




 ──ふと、意識が戻り、カツカツと黒板に書き込むチョークの音が耳に入ってきた。
 雷亜は身を起こした。

 すっかり意識が飛んでしまっていたが、まだ授業中だった。

 だが、胸の内はざわざわと落ち着かず、白昼夢独特の嫌な感じが身体に残っていた。

 雷亜は勝負の道から解放された。それなのに、何故こんなにも不安感に襲われる?

 ジョージが居るからか?

 いや、いざとなれば逃げ足は雷亜の方が早いはずだ。その自信だけはある。

 ならばこの焦燥感と不安はなんだろう?

 そう思いながら、何故だが脳裏には、まだ父の驚いた表情がこびりついている。そして、それが無性に不安感を増強させ、胸に鉛を流し込まれたかのようだった。




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