五煌剣 ―黎理詠唱―

桜井りゅうと

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五煌剣Ⅱ 〜繋界の継承者〜

第四章 ──風哭の巫女

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風が、歌っていた。
それは言葉を持たぬ旋律。
だが耳を澄ませば、確かに

“声”

が混じっている。

――あなたは、まだ抗うの?

天空の都エアリア。
雲の上に浮かぶ、
白亜の神殿群と巨大な浮遊大樹。
風が都市を支え、祈りが風を動かす。

その中心に、ひとりの少女が立っていた。
淡い翠髪を風になびかせ、
透き通る瞳で遠くの空を見つめている。

フェンリナ=エアリア。
風の女王アリアの血を継ぐ巫女にして、
五煌剣〈蒼翼(そうよく)〉の継承者。

「風が騒いでる……
いつもより、ずっと強く。」

彼女は目を閉じた。
風が頬を撫で、微かに囁く。

それは

“未来”の声――

まだ来ぬ時の風が、
彼女に警告を送っていた。



神殿の扉が開くと、無数の風鈴が
同時に鳴った。
音は重ならず、まるで
天上の旋律のように響く。

「フェンリナ様!」

侍従の少女が駆け寄る。

「東の空に異変が! 
雷が……赤く光っています!」

「……雷が、赤?」
フェンリナの心がざわめく。

(リオ……。)

雷が赤く染まるのは、

“理”

が他の力と交錯したとき。
すなわち、

世界の境界が歪み始めている証。

「もう……始まってるのね。」

フェンリナは祭壇の前に立ち、

五つの風輪のひとつ――

〈蒼翼〉の剣を掲げた。
風が刃を包み、空気が震える。

「アリア様……
あなたは、何を見ていたの?」

その名を呼んだ瞬間、
風が逆巻き、神殿の壁に

“影”

が映し出される。



「……母上……?」

現れたのは、かつての風の女王――

アリア。

白く透き通る羽衣をまとい、
風そのもののように形を変える。

『フェンリナ……
私の風を、まだ覚えているのね。』

「ええ。
子どもの頃、眠る前にいつ
も聞いていました。

“風は運命を拒むもの”

あなたの言葉。」

『そう。
でも、その言葉の意味を、
あなたはまだ知らない。』

「言葉の意味……」

アリアの声が柔らかく風に乗る。
神殿の窓が開き、外の風が
雪崩れ込むように流れ込んだ。

『風は自由。
でも、自由は孤独を連れてくる。
世界の理が歪み始めた今、
風は選ばなければならない。
流れに従うか、抗うかを。』

「……私は、
運命なんて信じたくありません。
リュウトが、あんなに命を懸けて
繋いだ世界です。誰かに

“決められる”

未来なんて、いらない。」

『なら、その想いを風に乗せなさい。
風は祈りを運ぶ。あなたが

“願う”

限り、
風は未来を変えることができる。』

フェンリナは深呼吸した。
そして、〈蒼翼〉を両手で構える。

「風よ――

私の声を聞いて。
未来を変える翼を、今ここに!」

突風が神殿を包み、
壁に刻まれた文様が光を放つ。
床の紋章が開き、そこに

“幻の書”

が現れた。



ページが開き、
文字が風と共に舞い上がる。
リュウトの声が、
遠い彼方から聞こえてきた。

「風の継承者へ。
かつての私は……愚かだった。
私は、

“選択”

を恐れた。
理を繋ぐことは、
ひとつを捨てることでもあったからだ。」

「……リュウト。」

「だが、風は教えてくれた。
すべての理は

“流れ”

の中で生きている。
停滞は死、流転こそが命。
だから風よ、止まるな。
どれだけ運命が抗っても、進み続けろ。」

フェンリナの瞳が潤む。

(ああ……あなたも、運命を拒んだのね。)

「私は、風に託した。
もし再び世界が裂けるなら、
風の巫女が

“運命を変える声”

を持って現れると。」

そして書のページが閉じる。
光がフェンリナを包み、
彼女の背に、二枚の

“光の翼”

が生えた。



そのとき――

空が鳴いた。

大気が揺れ、雲が渦を巻く。
下界の空間に、黒い裂け目が走った。
そこから漏れ出すのは、

“音”

ではなく

“沈黙”

だった。

「これが……

“虚界”……?」

風がざわめく。
彼女の髪が逆立ち、羽衣が裂ける。

『フェンリナ! 逃げなさい!』

アリアの声が轟く。
だがフェンリナは首を振った。

「いいえ……私は逃げない!
母上の風が、世界を守ったように、

今度は私が――

守る!」

彼女が〈蒼翼〉を掲げると、
風が爆発した。
刃が蒼く光り、渦が空を突き抜ける。

黒い裂け目が一瞬だけ閉じかける――

が、中から何かが手を伸ばしてきた。

“影”

だがその形は人だった。

「……誰?」

『……風を……止めるな。』

声はかすかに震え、そして消えた。
代わりに、風が囁く。

“炎と水が交わり、雷が空を裂いた。”

「炎と、水……?」
フェンリナの心臓が早鐘を打つ。

(ユナ、カイ……そしてリオ……)

彼女は剣を胸に抱き、
決意の光を瞳に宿した。

「風は繋ぐ。
どんな距離も、どんな想いも。」

空が裂け、朝陽が差す。
その光に乗って、
フェンリナの声が世界中に響いた。

「風の理に誓って――

私は、抗う!」
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