五煌剣 ―黎理詠唱―

桜井りゅうと

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五煌剣Ⅲ 〜時の虚を継ぐ者〜

第二章 ――クロノスの記録

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世界は、真白だった。
地もなく、空もなく、
ただ無限に続く光の海。

リアはゆっくりと目を開けた。
その瞳に映るのは、静止した世界。
炎も風もない。音すら存在しない。

「……ここは、どこだ。」

声を出しても、反響しない。
代わりに、光が波紋のように揺れた。

その瞬間、空に文字が浮かび上がる。
古代の言葉。

いや――

 “時間”

そのものが、言葉として形をとっていた。

『ようこそ、

観測領域(クロノ・レムナント)へ。

我は時の書記――』

『クロノス。』

声が、世界の中心から響いた。
低くも澄んだその声は、
まるで鐘の音のようだった。



光の中から、影が一つ、歩み出てくる。
性別も年齢もない。
ただ、時の流れそのものが
人の形を取った存在。

その瞳は、万の時を映していた。

「……お前が、クロノスか。」

『そうだ。私はすべてを記録し、
すべてを見届けた者。

滅びの理も、再生の理も――

そして、今また繰り返される

 “時間”も。』

リアは剣の柄を握る。
「俺は、世界を救うためにここに来た。」

『救う? 世界はすでに救われた。
だが、それゆえに滅び始めている。』

「……どういう意味だ。」

クロノスの指が空をなぞると、
光の幕に映像が映る。
無数の時代。
人々が笑い、戦い、
そしてまた同じ過ちを繰り返す姿。

『時間は、繰り返す。
それは

 “安定”であり、
 “牢獄”でもある。

五煌の理が完成した瞬間、世界は

 “変化”

を失った。』

リアの瞳が揺れた。

「だから、
“虚”が生まれたのか……。」

クロノスは静かに頷いた。

『虚とは、
時間が自らを壊そうとする反動。
理が完全になればなるほど、
時間は己を否定する。
それが、この歪みの正体だ。』



クロノスは掌を広げた。
そこに、一冊の黒い書が現れる。
無数の時の記録が刻まれた

 “世界の台帳”。

『この書には、
すべての瞬間が記されている。
だが、そこに

“今”は存在しない。』

「……“今”が、ない?」

『そうだ。
過去と未来が在るからこそ、今が消える。
世界は過去の記録と未来の理想に
縛られ、誰も本当の

 “現在”

を生きていない。』

リアは剣を見下ろした。
白く光る刃に、自分の顔が映る。
だが、その瞳の奥には、いくつもの

 “別の自分”がいた。

『お前は記録の影。
だが、同時に

 “今”

を持つ唯一の存在だ。』

「俺が……

 “今”を?」

『そうだ。
リュウトは記録として世界を繋いだ。
だが、お前は

 “時間の流れ”

そのもの。

第七の理《虚(うつろ)》

は、お前の中で形を持つ。』



突然、世界が震えた。
白い空間がひび割れ、
無数の光の破片が降り注ぐ。

クロノスの声が低く響く。

『試すがいい。
お前が本当に

 “今”

を生きているのか――
それを証明せよ。』

周囲の光が凝固し、無数の幻影が形を取る。
過去の五煌たち。

炎の王ヴァルゼイン。
水の女王セリア。
雷の覇王レグナス。
風の巫女アリア。
闇の継承者リュシア。

彼らの姿が、ゆっくりとリアを囲む。

「これは……幻覚じゃない……

 “時間の記憶”か!」

クロノスの声が響く。

『お前の選択一つで、
すべての理が再び形を変える。
世界を前に進めるか、

また同じ過ちを繰り返すか――

それを決めるのは、
今を生きるお前だけだ。』

リアは剣を構えた。
五つの理の幻が同時に攻めかかる。

炎が焼き、
水が凍らせ、
雷が貫き、
風が裂き、
闇が包み込む。

「これが……時の試問か!」

刃と刃がぶつかる。
音が、光が、記憶が、すべて交錯する。
そして、リアの叫びが空間を突き抜けた。

「俺は――」

「今を生きる!」

閃光。
五つの理の幻が、
光となって弾け飛んだ。



静寂が戻る。
クロノスがゆっくりと歩み寄る。

『……見事だ。
これで、世界の

 “今”

が再び流れ始める。』

「それで……この歪みは、止まるのか?」

『まだだ。
お前が

 “未来”

を創るまではな。

時は流れ続けるが、
それがどこへ向かうかは、
今を選ぶ者だけが決められる。』

クロノスは黒の書を閉じた。
書の表紙には新たな一行が刻まれていた。

『第七の理、目覚める。名は

 “今(とき)”。』

リアは息を整え、剣を背に収めた。

「俺が、時間を継ぐ者……。」

クロノスは微笑んだ。

『お前が

 “未来”

を恐れぬ限り、
世界は何度でも始まるだろう。』

光が満ちる。
リアの身体が再び現実の時空へ
引き戻されていく。

『行け、リア。

次の理が崩れ始めている――

 “水”

の記録だ。』

光が弾け、世界が反転する。
静寂が消え、時間が再び流れ始めた。
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