五煌剣 ―黎理詠唱―

桜井りゅうと

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五煌剣Ⅲ 〜時の虚を継ぐ者〜

第一章 ――歪んだ時の王国

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赤い空が、ゆっくりと反転していた。
大地の上に広がるはずの夕陽が、今は

 “下”

に沈み、
空の上では暗黒の海が渦を巻いている。

ここは炎の国――

かつてのヴァルディア。

だが今、
その名はもう地図には存在しない。
崩壊した王都の跡地に、
青年がひとり立っていた。
白銀の髪を風になびかせ、
琥珀色の瞳で歪んだ空を見上げる。

リア=ヴァルディア。
彼は、自分が誰かの

 “記録”

から生まれたことを知っていた。
だが、その

“誰か”

の顔はもう思い出せない。

「……世界が、時間を喰っている。」

大地が裂け、溶岩のような光が滲み出す。
それは炎の理が狂い始めた証だった。



リアは崩壊した神殿跡へ向かって歩いた。
周囲には焦げた大理石と、
黒く焼けた木々。
しかし、その焼け跡の中に、

 “花”

が咲いていた。

紅い炎の花――

〈エルネアの花〉。

滅びたはずの土地に、
なぜか咲き続けている。

「時間が、過去を再現している……」

リアの声が震える。
炎の理が暴走すると、世界は

 “時間の逆再生”

を起こす。

つまり――

この国が滅んだ瞬間が、
何度も繰り返されているのだ。
足元で、地面がひび割れた。
そこから黒い手が這い出してくる。

「またか……時間の残像ども。」

闇のような影――

それは過去の亡霊たち。
時間の歪みが

 “死者の記憶”

を再構築していた。
リアは剣を抜いた。
その刃は白く光り、炎をも斬る。

「眠れ。お前たちの時は、もう終わった。」

一閃。
風が走り、影が霧のように消えていった。



神殿の中央には、崩れた玉座があった。
そこに、誰かが座っている。

「……久しいな、我が名を継ぐ者よ。」

炎の光の中から、
ひとりの男が姿を現した。

黄金の髪に紅蓮の瞳――

かつて炎の王と呼ばれた男、

ヴァルゼイン=ヴァルディア。

「ヴァルゼイン……?」

リアの声が揺れる。
だが、その姿は実体ではない。
時間の歪みが創り出した

 “過去の残響”

だった。

「我が国は再生の後、時に呑まれた。
炎は未来を照らすはずだったが、
いつしか

 “過去を燃やす炎”

に堕ちてしまった。」

ヴァルゼインの瞳が、
痛みを宿していた。

「お前は……

私の意志を継ぐ者だ。

ならば、問おう。」

「炎とは何だ?」

リアは、言葉を詰まらせた。

「……俺には、まだ分からない。」

「ならば探せ。
理が崩壊する前に、

 “真の炎”

を見つけ出せ。
それが、お前の存在の意味だ。」

空が震える。
ヴァルゼインの姿が光に包まれていく。

「待ってくれ! 
この歪みはどうすれば――!」

「それを導くのは……

 “時の理”。

お前の中に眠る、

もう一つの煌剣だ……」

光が弾け、王の姿が消えた。
神殿が崩壊を始める。



地が裂け、炎の海が溢れる。
だがその炎の中から、
歪んだ剣が出現した。
それはヴァルゼインの剣〈炎焔〉
に似ていたが、
形がねじれ、刃の中央が

 “逆流”

している。

「時間に喰われた……炎の理そのものか。」

リアは剣を掴もうとした。

しかし、その瞬間――

世界が反転した。

空が地となり、地が空となる。
過去と未来が交錯し、
無数の

 “自分”

の姿が重なっていく。

「くっ……この感覚、まさか……!」

脳裏に声が響く。

『ようこそ、時の狭間へ。
第七の理を求める者よ。』

世界が砕けた。
光と闇が渦を巻き、
リアは時間の深淵へと
飲み込まれていった。



――そして、すべてが静止した。

気づけば、彼は真白な空間にいた。
周囲には、

止まった炎、
凍りついた水、
動かぬ風、
そして、沈黙する雷光。

世界が、止まっている。

「ここが……

 “虚(うつろ)”

の中か。」

声がした。
どこからともなく、柔らかな声。

『理は再び問われる。
時とは何か。
存在とは、何を以て

 “生きている”

というのか。』

リアは拳を握る。
その瞳に、かすかな炎が灯った。

「……なら、俺が答えを見つける。

時の理――

お前が見た

 “夢”を、

俺が終わらせてやる。」

空に亀裂が走り、光が流れ込む。
時間が、再び動き始めた。
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