駆け足のルマンブルー

詩川貴彦

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第一話

早春

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春の飲み会での出来事だった。
僕は酔っぱらった勢いで
隣にいた君に思い切って声をかけたんだ。
「最後の土曜日の午後2時に 空港の駐車場に来てほしい」って。
君が
「うん」
と言ってくれたので、僕は有頂天になったんだ。
それから君に
「それまで君にメールもしないし電話もしない。」
と言いきったんだ。
「君にはこの約束を断る権利があるんだからね。」
そう言ってしまったのを憶えている。
同じ職場にいる君。
普段と変わらないようすだったので、僕は少し不安だった。
君が酔っぱらっていて、あの約束をすっかり忘却していることを確信していたから。
そうこうしているうちに約束の土曜日になった。
よく晴れた優しい陽射しの午後のこと。
僕はガレージからルマンブルーのZを出して乗り込もうとしていた。
ダメ元で空港に行ってみるつもりだった。
「君は来ない。来るはずがない。」
そう自分に言い聞かせながら。
そんな確信があった。
それでも空港に行こうとしたのは、それが僕なりのけじめだと思ったから。
もうこれ以上君を追いかけないつもりだった。
2月に君から聞いた話を思い出した。
「大学時代の先輩が4月には転勤でこちらに戻って来る。そういう連絡があった。」という話だった。どうして僕にそんな話をするんだと思った。
僕は少しだけ動揺して、いろんな事を想像した。
大学時代の先輩なら、僕の知らない君をたくさん知っているだろう。
転勤を知らせてきたのは、きっと君に会うつもりだろう。
どちらも独身で、意図は何となくわかっていた。
僕の気持ちを伝える最後のチャンスだろう。

そんなとき、君からメールが入った。
from Yuka
開けるのが怖かったのは、内容が想像できたから。
でも・・・。
「飲み会の時の約束憶えてますか。確か今日の2時って言ったけど、それでいいんよ
 ね。私はそういうことはよく憶えている方なので間違いないと思うけど。」
僕は驚いて、それでも嬉しくて
「間違いないよ。遅れてもいいから気をつけて来て。」
わざと短い返信してからルマンブルーのZに乗り込んでエンジンをかけた。
Zのエンジンが力強く咆吼した。
それから午後の明るい日射しを浴びながら空港に向かった。

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