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第六話
空室
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第六話
連休の前日の夜
僕はガレージに行ってZのボディカバーを外してみた。
鮮やかなルマンブルーが蛍光灯の下で輝いていた。
久しぶりに見るZは悲しそうだった。
閉じ込めていたことを怒っている。
そんな感じが伝わってきた。
「空室」
ルマンブルーのZが新緑の中を疾走していた。
そんな季節が始まっていた。
僕たちはZに乗って
4度目の週末のドライブに出かけていた。
5月の連休の初日だったと記憶している。
それはまったく突然の出来事だった。
少しだけなじみになったイタリアンレストラン。
僕は運転があるからってソフトドリンクを
君はきれいだからって赤いワインを
それからピザとラザニアとサラダ。
いつものように君が注文してくれた。
ところが
ソフトドリンクのつもりがカクテルで
ちょっぴりジンが入っていたことに気がついたんだ。
それから二人で慌ててしまって
帰れなくなったことにと気づいたんだ。
それから泊まろうという話になって
もちろん部屋は別々にして
でも連休で、どこも満室で
Zで仮眠を取ろうという話になったけど
それでもあきらめずに
リーガロイヤルで空き室を見つけたんだ。
「最上階の部屋なら空いているって。でも。」
「でも?」
「ツインルームが一部屋だけ。」
でも心配しなくていい。
僕にはいい考えがあったんだ。
「君だけがその部屋に泊まるんだ。」
「とりあえずチェックインして君を部屋に送り届けたら。」
「送り届ける?」
「駅前になじみのサウナがあるから僕はそこに泊まる。」
君は何か言いたそうだったけど
それでも黙ってついてきてくれたんだ。
26階のボタンを押して
それからカードキーを君に渡して
「じゃあ。明日の10時にフロントで。本当にごめん。」
そう伝えるのがやっとで、
僕は足早に外に出て、夜の街を歩いていた。
君に悪いことをしたと思って。
きれいな夕日のオレンジ色。
ソフトドリンクだと思って注文したカクテル。
迂闊だったなあ。
そのおかげで突然泊まることになって
君は驚いただろう。
迷惑をかけてしまったね
怒っているかなあ?
そんなことを考えながら歩いていた。
そんなとき、メールが入ったんだ。
From Yuka
「見たこともないような夜景ですよ。一緒に見ませんか。」
たったの一つ部屋
僕たちは二人
そのときにはもう
君に対していろんな感情が育っていたけれど
それでも僕たちは
手を触れたこともなくて
キスなんかとんでもなくて
それどころか
お互いの気持ちも
愛の告白も
将来の約束も
なんにもなかったから。
ただ同僚というだけで
このひと月ちょっとの間だけで
週末にデートをしていただけで
たったそれだけの二人だから。
こんなことになってしまって
どうしていいかわからなくて
僕はものすごく葛藤したんだ。
コンビニの袋を抱えて
26階にたどり着いたのが
30分後で
テーブルをはさんだソファに座って
お菓子や飲み物を並べて
二人でいつものように楽しい話をした。
少し酔っぱらった僕たちは
いつの間にか無口になっていて
それから照明を暗くして
二人で並んで
大きな窓越しに見える
宝石のような夜景に見とれていた。
「先輩には会ったの?」
「えっ。」
「転勤でこちらに戻ってきた先輩のこと。」
「電話で誘われたけど会わなかった。」
「なんで。」
「そんな気持ちじゃあなかったから。」
それから少し沈黙があって
「気にしていたの。」
「別に。」
「気にしてくれていたの。」
「少しね。」
「どうして?」
立ち上がって窓辺に近づいた。
「君が大好きだから。」
「私も大好き。」
それから僕は、君を思い切り抱きしめた。
君も力を込めてくれた。
君の向こうに見えた夜景が忘れられない。
思い切り抱きしめ合っているだけで
黙ってそうしているだけで
とてつもない幸福感に包まれていた。
それは肉体的な快感をはるかに越えた幸福感だったと記憶している。
連休の前日の夜
僕はガレージに行ってZのボディカバーを外してみた。
鮮やかなルマンブルーが蛍光灯の下で輝いていた。
久しぶりに見るZは悲しそうだった。
閉じ込めていたことを怒っている。
そんな感じが伝わってきた。
「空室」
ルマンブルーのZが新緑の中を疾走していた。
そんな季節が始まっていた。
僕たちはZに乗って
4度目の週末のドライブに出かけていた。
5月の連休の初日だったと記憶している。
それはまったく突然の出来事だった。
少しだけなじみになったイタリアンレストラン。
僕は運転があるからってソフトドリンクを
君はきれいだからって赤いワインを
それからピザとラザニアとサラダ。
いつものように君が注文してくれた。
ところが
ソフトドリンクのつもりがカクテルで
ちょっぴりジンが入っていたことに気がついたんだ。
それから二人で慌ててしまって
帰れなくなったことにと気づいたんだ。
それから泊まろうという話になって
もちろん部屋は別々にして
でも連休で、どこも満室で
Zで仮眠を取ろうという話になったけど
それでもあきらめずに
リーガロイヤルで空き室を見つけたんだ。
「最上階の部屋なら空いているって。でも。」
「でも?」
「ツインルームが一部屋だけ。」
でも心配しなくていい。
僕にはいい考えがあったんだ。
「君だけがその部屋に泊まるんだ。」
「とりあえずチェックインして君を部屋に送り届けたら。」
「送り届ける?」
「駅前になじみのサウナがあるから僕はそこに泊まる。」
君は何か言いたそうだったけど
それでも黙ってついてきてくれたんだ。
26階のボタンを押して
それからカードキーを君に渡して
「じゃあ。明日の10時にフロントで。本当にごめん。」
そう伝えるのがやっとで、
僕は足早に外に出て、夜の街を歩いていた。
君に悪いことをしたと思って。
きれいな夕日のオレンジ色。
ソフトドリンクだと思って注文したカクテル。
迂闊だったなあ。
そのおかげで突然泊まることになって
君は驚いただろう。
迷惑をかけてしまったね
怒っているかなあ?
そんなことを考えながら歩いていた。
そんなとき、メールが入ったんだ。
From Yuka
「見たこともないような夜景ですよ。一緒に見ませんか。」
たったの一つ部屋
僕たちは二人
そのときにはもう
君に対していろんな感情が育っていたけれど
それでも僕たちは
手を触れたこともなくて
キスなんかとんでもなくて
それどころか
お互いの気持ちも
愛の告白も
将来の約束も
なんにもなかったから。
ただ同僚というだけで
このひと月ちょっとの間だけで
週末にデートをしていただけで
たったそれだけの二人だから。
こんなことになってしまって
どうしていいかわからなくて
僕はものすごく葛藤したんだ。
コンビニの袋を抱えて
26階にたどり着いたのが
30分後で
テーブルをはさんだソファに座って
お菓子や飲み物を並べて
二人でいつものように楽しい話をした。
少し酔っぱらった僕たちは
いつの間にか無口になっていて
それから照明を暗くして
二人で並んで
大きな窓越しに見える
宝石のような夜景に見とれていた。
「先輩には会ったの?」
「えっ。」
「転勤でこちらに戻ってきた先輩のこと。」
「電話で誘われたけど会わなかった。」
「なんで。」
「そんな気持ちじゃあなかったから。」
それから少し沈黙があって
「気にしていたの。」
「別に。」
「気にしてくれていたの。」
「少しね。」
「どうして?」
立ち上がって窓辺に近づいた。
「君が大好きだから。」
「私も大好き。」
それから僕は、君を思い切り抱きしめた。
君も力を込めてくれた。
君の向こうに見えた夜景が忘れられない。
思い切り抱きしめ合っているだけで
黙ってそうしているだけで
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それは肉体的な快感をはるかに越えた幸福感だったと記憶している。
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