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1話 孤独の放浪者

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 見渡す限り木が生えている森林の中、漆黒のロングコートを着た男が一人で歩いていた。顔立ちはとても整っていて身長も高くスタイルがいい。肌は雪のように白く、手の甲には十字架の刺青を入れていた。

「はぁ……あとどれくらいかかる?」

 男は右手で持っているコンパスを見ては北の方向へと進み続ける。地面には枯れ枝やら落ち葉が転がっていて男がその上を歩くたびにパキパキという音が冬空に響く。冬空に響くのはその音だけではない。男は後方からやってくる地響きに似た音を感じ取ればハンドバックから鋼の。剣はどう見てもハンドバックの中に収まる長さではなかった。

 地響きのような音の正体は巨大な熊の足音だった。熊といってもただの熊ではない。体長三メートル半ほどの巨体で腹部には巨大な目が一つ付いている。

「グォォ!!」

 熊の瞳は焦点があっておらず、狂ったように男の元へ走っていく。

「メデュア? なぜだ……」

 男はメデュアに疑問を持ちながらも応戦していく。メデュアは男に近づくと右腕を男めがけて水平に薙ぎ払う。だが男は避ける気配すら見せない。なぜならハンドバックから取り出した青銅色の大盾でその攻撃を防いだからだ。メデュアの爪と大盾がぶつかり、ギィンという金属音が森の中に響く。大盾をすぐさまハンドバックにしまった男は上空へジャンプして剣を構える。

「スキルソードマスター。クロウズクロウ」

 男の持つ剣は黒色のオーラを纏う。着地する時に男が熊の体を斬りつけると、まるで刃が三本あったかのような切り傷がメデュアの胴体に残る。だがメデュアの皮膚はとても硬いため傷は浅い。男はこのメデュアに斬撃が大して有効でないことを察する。

「いつもならこれで片付くのだがな……」

 メデュアは後方へジャンプして腹にある目をカッと見開く。なんと腹にある瞳から赤黒い光線を男めがけて発射したのだ。男は続いてハンドバックから紫色の木材でできた両手杖を取り出す。

「スキルパラディン。ジェントルウォール」

 男の目の前には光の壁が生み出される。光の壁はメデュアの放った光線を防ぐ。光線は壁にぶつかれど威力はそのままなので男の左右へとずれて木々に激突する。男は激突した後の森の景色を見る。光線にぶつかった木々や生き物はなんと石化していたのだ。その石にかつての命の面影はなかった。

「威力が普通のやつよりも高いな」

 男は冷静な物言いとは裏腹に頭の中ではこの地域周辺で何が起きているのだろうか、という焦りと疑問を感じていた。とはいえ、今はメデュアを倒すのが先だ。男はジェントルウォールを解除して杖と剣をハンドバックの中にしまう。次に取り出したのは一メートルほどの縦幅の長弓であった。滑らかな木材で作られている弓は一見質素に見えるが、弦に込められた魔力は遠くにいるメデュアでも分かるほどだった。

「スキル狩猟者ハンター

 男は長弓を力強く引く。狙いはメデュアの腹部の瞳である。メデュアは男に矢を放させないためにその巨体からは想像できない速度で男めがけて走り出す。男はまだ撃たない。正確に、確実に相手の弱点を撃ち抜くために腕の力と緊張を緩めることはなかった。メデュアは一歩、また一歩と近づいてついに男の真正面へ到着すれば丸太のような両腕を振り上げる。

「いまだ」

 男は引き絞った細い矢を放つ。メデュアの体を傷つけることすら難しそうな細い矢はメデュアの体に直撃する。その瞬間、メデュアの腹には人の赤子が入れるくらいの風穴が開く。その攻撃の威力でメデュアは後方へと吹き飛ぶ。

「爪と毛皮をいただこう。あと内臓も」

 男はメデュアがもう動かないことを確認してハンドバックから短剣を取り出す。メデュアの硬い皮でもその短剣なら滑らかに切ることができる。男はメデュアの腹を切り裂いて内臓を取る作業を始める。しかし、男はメデュアの心臓を見ると手が止まる。

「これは……」

 メデュアの心臓は真っ黒に変色していて中心部に紫色の宝石が埋め込まれていたのだ。男はメデュアの暴走とこの心臓の状況になにか関係があるに違いないと思えば心臓を丁寧に切り取る。ハンドバックの中からさらに赤色のハンドバックを出して、それにメデュアの心臓を入れた。その他内臓も摘出した男は立ち上がってコンパス通りに北へと向かう。

 男は冒険してから今日が十周年目だ。だからと言って祝ってくれる仲間がいるわけではない。男はこの先も一人で旅するのだと思っていた。男は今日も一人で広大な大地を歩く。
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