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遭逢 ―ソウホウ―

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「……で、僕になんか用ですか?」

 さっきは勢いに押され、頷いてしまったけど……何か用事があるのだろうか? 僕には全く心当たりはないが。

 彼女はふにゃりと柔らかく顔を緩め、ふふっと笑った。

「クッキーをね、飼い主のおばさんに貰ったの。一緒に食べない?」
「えっ……? そん……」

 そんな事?

 と言いそうになり、言葉を飲み込む。町の子供達にとってクッキーは嬉しいもの。それを僕にもお裾分けをしてあげようという彼女の優しさなんだから。

「……ありがとう……でも、僕はいら」
「あっちで食べましょ!」

 いらない……断りの言葉を言いかけた僕の腕をガシッと掴み、ズンズンと歩いていく少女。僕は情けなくも、女性に引っ張られている状況になっていた。

 町の女の子って積極的……でも、ちょっと初対面の僕に無防備すぎじゃない? 大丈夫? この子……

 川縁かわべりの木の幹に寄りかかり、彼女はペタンと地面に座ってニコニコしている。

 一緒に座ると長引きそうで躊躇ちゅうちょしていると、少女は座ってと言わんばかりにポンポンと地面を叩き、僕は仕方なく隣に座った。

 女性と並んで地面に座るなんて、普段の生活ではあり得ないな。

「ねぇ……手、あの子が引っ掻いちゃったの? 大丈夫?」
「えっ? ああ……大丈夫だよ」

 僕の手を心配そうに見つめる彼女に僕は笑顔を作る。

 これくらいの傷、あとで治癒魔法でもかければいいし……

 彼女は僕の手を強引に掴み、引っ掻き傷をまじまじと観察し始めた。その突飛な行動に僕は戸惑い、焦ってしまう。

「うん、あまり酷くないみたい。良かった……でも、痛かったでしょ?」
「だ、大丈夫だって」

 ポケットから出したハンカチを、手際よく僕の手に巻く彼女を慌てて止めた。ほどこうとハンカチに触れた時、刺繍が施されているのが目に入る。

 オレンジ色の……なんだろう? この奇妙な模様は……

「オレンジの……ブタ?」

 思わずポツリと呟くと、彼女はむぅと口を尖らせた。

「失礼ね! オレンジのバラよ!」

 バラ? えっ……これが? だ、だいぶ個性的というか……

「素敵なオレンジ色の糸があったから、初めて刺繍したんだもん」

 真っ赤になりながらプイッと横を向く彼女の姿がなんだか可愛らしくて、僕はついつい吹き出してしまう。

 横目で僕をちらりと見た彼女も堪えられなくなったのか、ぷっと吹き出し、楽しそうに笑い声を上げた。
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