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しおりを挟むカイル様の言葉通り王城へ呼ばれた私はお父様と共にやってきていた。
既に話が通っていたのか、すぐさま謁見の間へと続く道に通された私はお父様の斜め後ろを歩き進める。
(どうして謁見の間に通されたのかしら…)
カイル様が言っていたように、ただの事情聴取なら各領地の貴族達を集める時に使う謁見の間に通さなくてもいいはずなのだ。
それなのに何故私は謁見の間に通されているのだろうかと疑問に思っていると、前を歩くお父様が少し歩く速さを緩め私の隣に並ぶ。
「エリーナ」
「はい、なんでしょうか。お父様」
先程まで考えていたことが不安となって表情に表れていたのか、お父様が引き締めていた表情を緩める。
公爵家の当主であるお父様が、自宅の邸以外で表情を緩和させるところを物心ついてから初めてみた私は少しだけ驚いた。
「そんなに緊張しなくてもいいんだよ。
今回お前が呼ばれたのはもう一度決め直すためなのだから」
「決め直す…とは?」
「お前の幸せをだよ」
幸せを決め直すとは一体どういうことなのか。そう思いながらも僅かな期待が生まれる。
(もしかしたらカイル様と……、いえ、今までアルベルト様の婚約者だった私が今更相手を変えることなどあってはならないわ)
心ではそう思いながらも、初めて心を寄せたカイル様と生涯を誓うという願望が膨れ上がる。
でも、いいえ、もしかしたら、だめなのよ、どうして、既に決まっているから
心の中で私の女性としての幸せを望む声と、淑女として自分の決めた道を貫き通さないといけないという思いの声が葛藤する。
そんな私に大きくて優しい温もりが頭に乗せられた。
「エリーナ、お前の好きにしてもいいんだ」
「お父様…でも私は…!」
「お前は今までよく頑張ってくれていたな。公爵の娘として、そして淑女の鑑として他の令嬢達の手本となるべく何事にも取り組んでいた。
だからこそ私はこれ以上お前の心を押し潰したくない」
「押し潰す…?」
今まで私は自分のやりたいこと、やらなくてはいけないことを取り組んできただけで、やりたくないことをやってきたという気持ちはなかった。
知識を得ることも、マナーを完璧にすることも、他のことだって決して嫌ではなかった。
心を押しつぶしてなどいないかった。
なのに何故お父様はこんなことをいうのだろう。
「父として娘の幸せを祈るのは当然のことだ。
さぁ行っておいで。自分で自分の幸せを掴んできなさい」
お父様に背中を押されて私は開かれた謁見の間に狼狽えながら足を踏み入れた。
戸惑う私の前にアルベルト様とカイル様が並んで立っている様子が見えた。
これは一体どういうことかと、奥に座っている陛下と王妃様に視線を向ける。
「さぁ、エリーナ。選びなさい、貴女の伴侶となる者を」
王妃様の言葉にアルベルト様とカイル様の目が閉じられる。
それでも私は戸惑いを隠せないまま、後ろにいるであろうお父様を振り返った。
「…お前が心を押し潰しているといったのはなにも適当にいったわけじゃないんだ。
自分の子の事だ。ちゃんと見ていればわかる。マナーもダンスも教養も、全てに対してお前は前向きだった。
アルベルト殿下との婚約も今回の事がなければ決して嫌な感情を抱いていなかったはずだ」
私はお父様の言葉にコクリと頷いた。
それが偽りのない本当のことだからだ。
悪魔が関わっていなければアルベルト様と上手くやっていた筈なのだと、今もそう思っている。
「だが、お前が帝王学を学んでいる間、その様子を見て私は知ってしまった。
このまま進んでしまったらお前の心を潰してしまうと。
だから私は陛下と王妃に頼んだ。もう一度機会を設けてほしいとな」
「え……」
つまりこれはお父様が私の為に頼んだことなの…?
既に婚約者はアルベルト様と決まっていた筈なのに、ずっと長い間アルベルト様は私の婚約者として、そして王太子として決まり国中に周知されているのにそれを私の為に覆そうとしたと。そういうことなのだろうか。
「さぁ、エリーナ。
今度こそ自分の幸せを選びなさい」
そう告げたお父様の言葉に私は涙が溢れ出す。
カイル様との未来を思い描いての事ではない。
いや勿論その気持ちもあったが、なによりもお父様が子である私の事を想う気持ちが強く伝わったからだ。
私はアルベルト様とカイル様に向き直る。
私が選びやすいように、そういう気遣いなのだろう閉じられている瞳は、綺麗な青空のような瞳も、蜂蜜のような瞳も隠していた。
コツコツコツ、と私が歩みを進める度に広い謁見の間に足音が響く。
私の心は決まっていた。
幼い頃、天使のような男の子を初めてみきたときから、きっと私の心は奪われていたのだ。
そして成長した今でもカイル様に出会い惹かれてしまった。
(それに…)
悪魔が原因でもあったが、その悪魔が仕出かしたことで私は知ってしまったのだ。
アルベルト様が浮気した時に湧き出た感情が怒りだけだったということ。
そしてカイル様_の見た目をしていたアルベルト様_が悪魔と口づけを交わしていた場面を見て、激しく傷ついた自分の心を自覚してしまった。
私の好きな人はカイル様なのだと知ってしまったのだ。
それが私の答えだ。
だが
「……、…」
私と、アルベルト様とカイル様との距離が近づくとふと見えたものに私は歩みを止める。
アルベルト様の手が震えていることに気付いてしまったからだ。
王太子として、次期王に確約されていたその将来がこの一瞬で消えてしまうのだ。
アルベルト様はきっととても恐ろしい恐怖に襲われているだろう。
(本当に、これでいいのだろうか…)
アルベルト様との婚約関係は確かにあの一件がなければ上手くいっていたのだ。
(私が____)
「俺にこれ以上惨めな思いをさせたくなければ、俺を選ぶな」
私の思考を遮るかのように、アルベルト様が言葉を告げる。
「アルベルト、様?」
いつの間にか俯いていた顔をあげると、確かにアルベルト様の瞳は閉じられたままだった。
だが、タイミングよく口を開いたアルベルト様に私は僅かに首を傾げる。
「…長年お前と婚約していたんだ。今お前が何を考えているかわかっているつもりだ。
いいか。俺の事を少しでも想ってくれているのなら、絶対に俺を選ぶな」
ぶっきらぼうな言い方だけど、これが私の事を考えてのことだと私にもわかる。
今迄だってそうだった。
我を押し通すような口調だけど、決して我儘を押し通すようなことはしない。
私が嫌な表情を浮かべると、場を切り上げたり、話題を変えたりと私に対する配慮を感じていたから、だから私もアルベルト様との関係を良いものにしようと"努力"していた。
だから上手くやってこれていたのだ。
「…アルベルト様、私は貴方の事を尊敬しておりました」
「………」
「幼いころから沢山の学びを求めるその姿に感銘し、そして追いつこうと努力してきました。
………最近ではその姿をあまり見かけなくなりましたけど……」
「悪口を言うならとっとと選べ」
顔を背けるアルベルト様に私はくすりと笑った。
悪魔の仕業もあるかもしれない。
でもきっとアルベルト様の行動全てが悪魔の仕業ではないのかもしれないと私は思った。
きっと今迄次期王に対する重圧がずっとアルベルト様に伸し掛かっていた。
学園入学当初アルベルト様は言っていた。
『何故Bクラスなんだ!Aクラスでなければいけないのに!』
と。
悲痛なアルベルト様の叫びに私の心も痛んだことを今でも思い出せる。
そして私は周りの期待に応えようとするアルベルト様を癒せなかった。
だからこそアルベルト様は悪魔の手に簡単に落ちてしまった。
そして私も、アルベルト様に疑心を抱く心があったから、悪魔の魔法にかかってしまった。
考えればすぐに気づけたはずなのに、カイル様に想いを寄せていた罪悪感も加わって、アルベルト様をカイル様だと信じてしまったと私は思う。
「アルベルト様、今までありがとうございました」
「……ああ」
私はアルベルト様の横に並ぶカイル様に近づいた。
目を閉じているカイル様は私がアルベルト様とカイル様どちらに近づいているのか気付いていないかもしれない。と思ったけれどそれはないと思い直す。
だってカイル様の耳が真っ赤に染まっているのだから。
_______今度こそ、間違えない。
カイル様の目の前に立った私はそっとカイル様の手を取った。
小さなその手で私を導いてくれたカイル様。
そして悪魔から私を守ってくれた、カイル様の大きなその手を私は両手で包み込むように握る。
_______私の運命の人は、貴方です。
「カイル様、どうか私の旦那様になってください」
そして目を開けたカイル様に私は激しい抱擁を受けたのは言うまでもない。
END
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