婚約破棄の原因となった令嬢が恋のキューピットになった件について

あおくん

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記憶が蘇ったオタク

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「いやあああああああ!!!!」


鼻にかかるような甘い声色ではない、本当に苦痛を受けているかのような彼女の叫び声がアリーナ内に響き渡った。

そして錯乱する彼女に突き飛ばされた殿下が尻もちをつく。

彼女は周囲を見渡して、そして私を見つけると壇上から勢いよく下りて私の元に駆け寄った。


「エリーザですよね!!私大好きなんです!あなたのこと!
悪役令嬢として登場したけれど、至極真っ当なあなたがなんで悪役なのかもわからないし、しかも追放されたときは本当に悲しくて、あのクソ王子何考えてんだ!?つかあの取り巻きもなんだよ馬鹿か!?とか思ってたけど、
二作品でエリーザたんが主役になった時は本当に嬉しくて私何度もプレーしました!!!
これが夢なのはわかってるけど、せっかくこうして会えたのだから握手してほしくて!!!!」


目をキラキラさせて、私を見上げるアイシャ嬢と思わしき人物に私は思わずたじろいでしまう。

というよりエリーザ”たん”ってなに。”たん”って。
敬称のつもりなのだろうか。


「あ、あの…」

「はい!あ、手は洗った方がいいですよね!?
あ、でもどこに手洗い場があるのかわかんないや……」


きょろきょろと水場を探すアイシャ嬢はもしかして二重人格だったのだろうかと疑問に思った。


「あの…アイシャ嬢…ですよね?」


恐る恐るそう尋ねると、目の前の”アイシャ嬢”と思わしき人物はこてりと首を傾げる。


「アイシャって、最初の作品の主人公の名前ですよね?正直ビッチすぎてどこが主人公だよってツッコミ多かったですけど…。
私は宮島 愛っていいます。愛って呼んでください!」


状況が理解出来ずズキと痛くなった頭に手を添えながら、”アイ”と呼ぶように告げたアイシャ嬢に「待って」と告げると大人しく口を閉じた彼女をチラ見する。

え……と。つまり、彼女は彼女であって彼女ではない。

いえ、これだと意味がわからないわね。

目の前にいる女性は、アイシャ嬢の見た目をしているが、アイであってアイシャ嬢ではない。

それどころか、自分の事をアイシャ嬢とは別人だといっているようにも思えた。

私はポケットに持っていた手鏡を彼女に差し出した。


「お前!アイシャに何をするつもりだ!!?」


突き飛ばされて放心状態の殿下が我に返って、私の腕を掴む。
掴まれた所がギリギリと痛いが、それより一瞬で移動したことに驚いた。
この男、こんなに素早く動けたのね。


「あなた!エリーザたんを追放したバカ王子ね!エリーザたんの細腕から手を放しなさいよ!」


そして驚くことに私の味方をするアイシャ嬢であってアイシャ嬢ではないアイに、もはや意味がわからなくなってきたが、とにかく殿下は愛する女性の急変した態度に衝撃を受けすぎてよろけている。

もうこの場はカオスだった。


「……とりあえず、落ち着いて話す必要があるわね。
取り巻き…いえ、スタウォンズ様、ランジャード様、ダルマーシュ様も現状を把握する意思がありましたら場所を移動しましょう」




◇◆



アイシャ嬢の急な変化にただ事ではないと察した取り巻きたちは、大人しく私の後をついてきた。

そして、私、アイシャ嬢基アイ、取り巻き4人、そして面子的に私の味方は誰一人いない事を心配したベンガード・モルガーン伯爵令息がこの場にいる。

ちなみにベンガード様は宮廷騎士を目指しており、王妃教育の為に通っていた私と偶然会ったことが初対面である。

互いに顔をあわせれば話をし、学園でも年初に行われるパーティーで私をエスコートしなかった殿下の代わりに、エスコート役を受けてくれた人物だ。

エスコートした際に彼の腕に触れ、ダンスを踊った時に私を軽々支える彼は騎士を目指しているから体を鍛えていて、筋肉もある。

それによく図書室でも出会うことがある為か、体を鍛える事だけではなく成績もよかった。

非常に魅力的な男性で、彼が婚約者であったならば、と妄想を膨らませてしまいそうになるが、そうではないのが非常に残念なことだった。



「現状を確認する為にまずアイシャ嬢…ではなく、アイ。
あなたに自身の姿を確認してもらいたいの。いいわね」


そういって手鏡を渡すとアイはうっとりとした表情で私の手鏡を受け取る。


「ああ、これがエリーザたんの手鏡……。数量限定発売ですぐなくなってしまって買えなかったけど、こうして本人から渡されて手に取ることができるだなんて…!
しかも、なんか……くんくん、…あぁ…フローラルないいかほりまでするぅ!」


くんくんと私の手鏡を嗅ぐ姿は、見た目がかわいらしいのもあってなんだかいけない変質者のように見えてしまった。


「アイ・ミヤジマと言ったな。早くエリーザ嬢から渡された手鏡で自分の姿をみろ」


一向に開こうとしないアイにベンガード様が注意する。

アイは気にすることもなく「はーい」といって、手鏡を開いた。

でもこうして気にする様子もないということは、アイは本当にアイシャ嬢ではないと考えてもいいかしらね。

アイシャ嬢は自分の事を甘やかしてくれる人には愛想がいいのだけれども、注意する者たちには態度が180度違っていたから。


「な、なにこれええええええ!?え!?なんで?!なんで私がアイシャになってるの!?
この女ビッチじゃんか!朝チュンで描写は写らない全年齢対象作品だったけど、ナルシスト伯爵息子や俺様王子、綺麗め公爵息子に股開くような女になんで私が!?私そんなんじゃないし!!!」
 

アイの発言で取り巻きたちが顔を見合わせる。

目つきが鋭いところを見ると、皆でアイシャ嬢を可愛がっていたのではなく、自分こそが本命だと思っての行動だったのね。

ちなみにもう一人の取り巻きはベンガード様と同じく騎士を目指していると聞いたことがある。

アイの口から出なかったことに、取り巻きと化しても騎士道というのはちゃんともっていることが意外だった。

それにしても殿下も不貞を働いていただなんて、…本当に頭が痛い。



「アイ、状況が把握できていない貴方に言うのは忍びないけれど、知ってることを話してくれないかしら?」

「エリーザたんがおっしゃるならば!
まず、私は恐らく…というより確実にこの世界の人間じゃありません。
私がいた世界は地球といって、太陽系の星の一つ……といってもわかんないよね。私もわからないし。
とりあえず、国は日本。高卒で、今は22歳。派遣社員として働いています。
特技は特になくて、趣味はゲームと漫画本を読むこと。最近はまっていることはエリーザたん…達に似ている人が出てくる乙女ゲームです。
特にエリーザたんは本当に綺麗で、プライドも高くて、でもからかうと顔を真っ赤にさせて照れてかわいいんですよ!そのギャップが溜まらないというか…
エリーザたんとくっつくベンガー…ごほん、まぁ2作品目に登場する男性もなんか見た目真面目系なカッコいいキャラなのに、どこかわんこ要素があってこれまたいいんですよね~。
なので私の推しはエリーザたんとベンガー…ごほん、相手役の男性なんです!
で、そんな私の趣味のゲームなのですが、とりあえず2作品目をクリアして、もう一度学生時代のエリーザたんを見たいと思って最初からやり直してました。
エリーザたんへの推し気持ちが大きくなった私は、やってもいない事で断罪しようとする俺様王子とか後ろでピーチくぱーちく騒ぐことしかしらない取り巻きたちにイラついて……
思わずゲーム機ぶん投げたところでベッドから落っこちてしまって…
それから目を覚めたら、なんか広い体育館というか武道館みたいなところで、あの取り巻き男子たちによく似ている男性が目の前にいたって感じです」

「そうなると、貴方は本当にアイシャ嬢ではないのですね」



普通に受け入れてそうな私だが、彼女の話は申し訳ないが大部分がわからなかった。

だけど、それでも確実にアイシャ嬢ではないことがわかる。 

まず22歳という年齢がアイシャ嬢とは違うし、そしてアイシャ嬢とは人間性が全く違うからだ。



「バカなことをいうな!?アイシャはアイシャだ!!
俺がアイシャの事を愛しているからって、アイシャの人格までも否定するとは許さんぞ!」



声を荒げる殿下に私とアイ、そしてベンガード様はスルーする。

ちなみにアイは自分の頬を抓って痛みを実感していた。
   


「痛い…夢じゃない…?」

「貴様!アイシャの可憐な頬になにをする!?」



言ってはおくが、アイシャ…いやアイ自身が自分で抓ったのだ。
私ではない。



「もしかして…ゲーム世界に迷い込んだ…?うわー、最悪…でもエリーザたんと出会えたのは嬉しい…けどどうせなら学園生活送りたかったー」

「アイシャの美貌を妬む女の仕業がここまでとはな!!!」



言っておくが、別に羨んでも妬んでもいない。
もっというなら、私だって美形美人の両親から生まれて、美人さんといわれてきたのだ。



「ん~……あの舞台と、あの室内の暗さから考えて、…もしかしたらエリーザたんに婚約破棄を突きつけて断罪する真っ最中だったりしましたか?」

「ええ、その通りよ」



ギャーギャと私の言葉を都合よく解釈して騒ぐ取り巻きたちは放っておく。

何度もいうが、肯定したのはアイからの質問に対してであって、お前らにではない。

それよりも俯いてなにやらブツブツいっているアイが気になってしまい、私はそろりと手を伸ばした。




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