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25 婚約解消まで③
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カルンはカリウスがアリエスと話をしている最中、渡された資料に静かに目を通していた。
だがその表情は怒りを滲ませ、腹立たしさが伺える。
「……この資料の原本は?」
カルンがそう告げたのは資料は手書きではなかったからだ。
均等に並べられた文字の配列に活版印刷特有の特徴的な凹み、インクの滲みから原本となる版が何処かに存在すると考えた。
ちなみにアリエスが活版印刷の技術を使ったのは、三人に渡す婚約破棄に関する書面を作成する際、一人分を書いたところで十分に疲れてしまったからだ。
写真なら現像すればいいが書面を作成するのは時間がかかる。
至るところから証拠を出しまくる男たちに、アリエスの手は筆を進ませるたびに黒く染まった。
だからこそ既に詳細を知ってしまっている両親に頼んだ。印刷という画期的な技術を。短時間に必要な部数を作成する方法という依頼を。
そうして手渡すために必要な部数の書類は完成したが、作成に使った版の扱いに困った。
何故ならアリエスの家は伯爵家。
カリウスなら同じ爵位の子息であるが、他の子息はそうもいかない。家に版を置いておけばどうなるかわからなかった。
最悪揉み消されてしまうかもしれなかったからだ。
「…信頼できる方に保管をお願いしています」
「この書類は君達以外に目を通しているのですか?」
「勿論です。私一人でこの技術を使うことはできませんから」
アリエスの言葉にカルンは手にしていた書類を置き腕を組んだ。
「いいでしょう。望み通り婚約は解消してあげます。ですがこの書類に関するもの全て破棄することが条件てす」
カルンは声高々に告げる。
アリエスが他の者に見せたと言っても、自分たちに情報が降りてきていないところをみると、悪くても家族までに留まっているだろうとカルンは考えたからだ。
そして広まる前に証拠隠滅を目論み、婚約解消の条件として堂々と主張したのだ。
アリエスは言いたいことはあったがぐっと堪え、一言だけ口にする。
「……婚約解消ではなく、婚約破棄です」
「互いに納得しての取り消しです。解消でも間違いではないでしょう。貴女達からの要求は慰謝料の支払いで、こちらからの要求は書面に関する全ての破棄なのですから」
一見アリエスが集めた証拠を破棄した場合のほうが損失は大きく感じられるが、アリエスは悩むことなく頷いた。
「畏まりました。私が集めた全ての情報の処分を約束しましょう」
アリエスの言葉にカルンはにやりと口角を上げると、筆を執り書面へとサインする。
そんなカルンの行動に続くようカリウスとロジェもサインした。
「……あの、私はどうして呼ばれたんです?」
男たちが婚約破棄に関する書類にサインをしている様子をアリエス達が静かに眺めていた中で、一人意味が分からないと不満げな表情を浮かべる女性がいた。
当初ピンクブロンドの髪でアリエスたちに知られた元婚約者の浮気相手、アリス・カルチャーシ男爵令嬢だ。
確かに浮気相手とはいえ、婚約解消にはアリスの存在は不要だ。既に写真にも逢瀬の様子を収められているため証言などいらない。実際にアリスには一言も話しかけられることはなかった。
それなのに何故呼ばれたのか不思議でしょうがないアリスは、自分をここまで連れてきたアリエスを不満げな表情で見つめた。
アリエスはカリウスがサインするのを見届けると書類の回収を優先してから、アリスへと体を向ける。
「待たせてしまってごめんなさい。アリス様を呼んだのは選んでもらおうと思ったからなのです」
「選ぶ?」
アリスはきょとんと目を瞬いた。
「ええ、この国では陛下の許可がなければ重婚は認められていません。そして元とはいえ長年婚約していた相手が思いを寄せる女性と結ばれたら……なんて考えたら手助けをしてあげたくて…。
それにアリス様がこのまま三人と関係を持つのは流石に見て見ぬふりは出来ないのです。先程もお伝えした通り、重婚は認められていないため、下手をすると将来罪に問われる可能性も……ですので私たちの婚約解消と合わせて、アリス様が選ぶ男性一人と婚約を結んでいただけたら、私たちも安心なのです」
アリエスは頬を赤らませ笑みを浮かべながら話した。
アリエスの言葉を聞いた男性たちは「余計なことを」と口にしながらもアリスに期待するかのように視線を向ける。
一方アリスは不都合なことでもあるかのように口元を引きつらせた。
だがその表情は怒りを滲ませ、腹立たしさが伺える。
「……この資料の原本は?」
カルンがそう告げたのは資料は手書きではなかったからだ。
均等に並べられた文字の配列に活版印刷特有の特徴的な凹み、インクの滲みから原本となる版が何処かに存在すると考えた。
ちなみにアリエスが活版印刷の技術を使ったのは、三人に渡す婚約破棄に関する書面を作成する際、一人分を書いたところで十分に疲れてしまったからだ。
写真なら現像すればいいが書面を作成するのは時間がかかる。
至るところから証拠を出しまくる男たちに、アリエスの手は筆を進ませるたびに黒く染まった。
だからこそ既に詳細を知ってしまっている両親に頼んだ。印刷という画期的な技術を。短時間に必要な部数を作成する方法という依頼を。
そうして手渡すために必要な部数の書類は完成したが、作成に使った版の扱いに困った。
何故ならアリエスの家は伯爵家。
カリウスなら同じ爵位の子息であるが、他の子息はそうもいかない。家に版を置いておけばどうなるかわからなかった。
最悪揉み消されてしまうかもしれなかったからだ。
「…信頼できる方に保管をお願いしています」
「この書類は君達以外に目を通しているのですか?」
「勿論です。私一人でこの技術を使うことはできませんから」
アリエスの言葉にカルンは手にしていた書類を置き腕を組んだ。
「いいでしょう。望み通り婚約は解消してあげます。ですがこの書類に関するもの全て破棄することが条件てす」
カルンは声高々に告げる。
アリエスが他の者に見せたと言っても、自分たちに情報が降りてきていないところをみると、悪くても家族までに留まっているだろうとカルンは考えたからだ。
そして広まる前に証拠隠滅を目論み、婚約解消の条件として堂々と主張したのだ。
アリエスは言いたいことはあったがぐっと堪え、一言だけ口にする。
「……婚約解消ではなく、婚約破棄です」
「互いに納得しての取り消しです。解消でも間違いではないでしょう。貴女達からの要求は慰謝料の支払いで、こちらからの要求は書面に関する全ての破棄なのですから」
一見アリエスが集めた証拠を破棄した場合のほうが損失は大きく感じられるが、アリエスは悩むことなく頷いた。
「畏まりました。私が集めた全ての情報の処分を約束しましょう」
アリエスの言葉にカルンはにやりと口角を上げると、筆を執り書面へとサインする。
そんなカルンの行動に続くようカリウスとロジェもサインした。
「……あの、私はどうして呼ばれたんです?」
男たちが婚約破棄に関する書類にサインをしている様子をアリエス達が静かに眺めていた中で、一人意味が分からないと不満げな表情を浮かべる女性がいた。
当初ピンクブロンドの髪でアリエスたちに知られた元婚約者の浮気相手、アリス・カルチャーシ男爵令嬢だ。
確かに浮気相手とはいえ、婚約解消にはアリスの存在は不要だ。既に写真にも逢瀬の様子を収められているため証言などいらない。実際にアリスには一言も話しかけられることはなかった。
それなのに何故呼ばれたのか不思議でしょうがないアリスは、自分をここまで連れてきたアリエスを不満げな表情で見つめた。
アリエスはカリウスがサインするのを見届けると書類の回収を優先してから、アリスへと体を向ける。
「待たせてしまってごめんなさい。アリス様を呼んだのは選んでもらおうと思ったからなのです」
「選ぶ?」
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「ええ、この国では陛下の許可がなければ重婚は認められていません。そして元とはいえ長年婚約していた相手が思いを寄せる女性と結ばれたら……なんて考えたら手助けをしてあげたくて…。
それにアリス様がこのまま三人と関係を持つのは流石に見て見ぬふりは出来ないのです。先程もお伝えした通り、重婚は認められていないため、下手をすると将来罪に問われる可能性も……ですので私たちの婚約解消と合わせて、アリス様が選ぶ男性一人と婚約を結んでいただけたら、私たちも安心なのです」
アリエスは頬を赤らませ笑みを浮かべながら話した。
アリエスの言葉を聞いた男性たちは「余計なことを」と口にしながらもアリスに期待するかのように視線を向ける。
一方アリスは不都合なことでもあるかのように口元を引きつらせた。
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