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第十一話:血と信仰
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「お前のせいなのだろう、杏守 翼禮」
「ええ、そうです」
三人の特級陰陽術師と、その取り巻きの陰陽術師たちに囲まれ、わたしはただただ板間に座りながら問われたことに答え続けていた。
時折、心配そうにこちらを見つめる玖藻神社の宮司や巫女たち。
竜胆の瞳が冷たく怒りに燃えるのも視界に入ってくる。
「くっ、生意気な! いいか、小娘! 斎宮という存在はこの世で最も清らかで尊い存在なのだぞ! それを、どこの混血とも知れぬ怪しき女に代理を務めさせるだと⁉ ふざけるもの大概にしろ!」
「お前、まさか皇帝陛下になにか術でもかけたのではあるまいな⁉」
「だから信用ならないのだ。人間ではない、バケモノはな」
抑えろ、抑えろ、わたし。深呼吸だ。彼らは吠えているだけ。言葉に意味はない。
「玖藻の巫女を内裏にするだと? そんなもの、下女同然ではないか!」
やめろ、やめろ、やめろ。熱い。身体が熱い。
心は音を立てるほど凍り付いているのに。今にも棘薔薇が溢れてしまいそうだ。
「皆さま、巫女の力はご確認いただいたのでしょうか。もし血統のことをおっしゃりたいのならば、それも問題ありません。彼女の身に流れる血には、〈聖女〉を輩出した魔女の一族のものが含まれております。そして、人間側の血は玖藻家のもの。これ以上、斎宮の代理にふさわしい者がおりましょうか」
わたしの言葉を特級陰陽術師たちは鼻で笑い、一蹴した。
「そういう問題ではないのだ。もともと葦原国の者ではないお主にはわからないだろうが……。皇帝家の血には能力を凌駕しても尚替えの効かない程の価値があるのだ。お前の一族のような、穢れた妖とは違うのだよ」
指の先が赤く滲み始めた。わたしのことは好きに言えばいい。
ただ、この身に流れる血の善し悪しを問われるのは我慢ならない。
家族ハ、ワタシガ、護ル。
「やめなさい!」
わたしの手が真っ赤に染まり、棘薔薇が腕を這い始めていた時、凛とした、強い声が社殿に響き渡った。
「ちょ、長公主様……!」
その場にいた全員が一斉に平伏した。
「お前たち、一体何のつもりです! 翼禮を責め立てるなど、お門違いもいいところ。恥を知りなさい」
低く、怒りを含んだ声に、陰陽術師たちは肩を震わせ、さらに深く平伏した。
「翼禮、やはり私はあなたに礼を失したくないのです。それに、娘のことを隠して育てることもしたくない。あなたには苦労を掛けたわね。ごめんなさい」
社殿がざわついた。
陰陽術師たちが「む、娘⁉」「ちょ、長公主様が……そんな……」と小さな声で動揺している。
「翼禮、竜胆、同行を頼みます。皇帝陛下に、すべてをお話ししに行きますよ。兄に、姪っ子の誕生を祝っていただかなくてはね」
「喜んで」
「はい、ご主人様」
三人で社殿の外へ出ると、そこにはとても素晴らしい光景が広がっていた。
まさに、壮観。
三十名の烏天狗の戦士を従えた吾黎斗と、その両側に立つ近衛二人。
日奈子長公主が乗る輿は、飾りは少ないながらも、品格と堅剛さを兼ね備えた美麗な意匠。
さきほどの特級陰陽術師たちの意見に一つだけ同意するのならば、それは日奈子長公主がその身の内側から放つ貴さ。
彼女は、まさに皇帝家の姫。そして、いずれ烏天狗の〈王妃〉になるお方。
その輝きは、どんなに地味な旅装束でも隠し切れはしなかった。
わたしと竜胆は杖に跨り、烏天狗たちの先導にしたがって空を飛んだ。
「日奈子様、希奈照吾様はご一緒ではないのですか?」
「ああ、娘はおじいちゃんと一緒にいるわ」
「……さすがです」
烏天狗の長を「おじいちゃん」と呼べるのは、この世でも日奈子長公主と希奈照吾姫だけだろう。
「でも、なぜ……」
「私が背負うべき重荷を、あなたに背負わせてしまったことに気づいたの。私にはかけがえのない娘がいる。きっと、あなたのお母様も、私と同じことをすると思ったのよ」
「日奈子様……」
あたたかい。心が解けていく。
棘薔薇は完全に消え、ただただ、胸が震えた。
主上への説明は簡単ではなかった。
ただ、日奈子長公主も舌戦では負けていない。
まるでひとつの壮大な絵巻を見ているような、そんな、高貴な身分ゆえの問題にぶちあたってしまった家族の情熱的な物語。
それゆえ、決着がつくのには何時間もかかった。
でも、最後は主上が折れ、そして、妹の幸せを祝福し、抱擁にて話し合いは円満に終了した。
「まったく……。翼禮は僕の部下だぞ」
「いいじゃない。私はもう翼禮とは友人ですから」
「な! ぼ、私も友人になろうと持ち掛けたのに!」
「どうせ、冗談で失礼なことでも言ったんでしょう、兄上」
「うっ……」
わたしと竜胆は二人の熱い戦いと、強い絆に圧倒され、その熱に侵されるようにぼーっとしてしまっていた。
「さぁ、帰りましょう。もう夕方だわ。私は娘に会いたいし。翼禮たちはお仕事があるものね」
「そうだな。二人とも、家族のいざこざに巻き込んでしまってすまなかった。それと、陰陽術師たちの失言も謝る。多様性という言葉について今一度講義しなければならんようだ」
ぼーっとしていたわたしは、いきなり話しかけられ、はっとして答えた。
「え、あ、はい。あの、痛み入ります……」
清涼殿はすでに橙色の光に包まれ、夕桜がとても美しい時間になっていた。
わたしと竜胆は先に清涼殿を退出し、再び空へと飛び立った。
少し風が冷たい。おかげでほてっていた頬がゆっくりと熱を冷ましていく。
「はぁ……。疲れましたね」
「そうね。でも、超楽しかった!」
「竜胆は本当にお気楽ですね」
「そうかしら」
「さぁ、早く帰りましょう。巫女が困っているかもしれません」
「はいはーい」
水干の中を風が通り抜け、今日の頑張りを労ってくれているかのよう。
しばしその涼しさに目を細めながら、二人は玖藻神社に向かって飛び続けた。
「ええ、そうです」
三人の特級陰陽術師と、その取り巻きの陰陽術師たちに囲まれ、わたしはただただ板間に座りながら問われたことに答え続けていた。
時折、心配そうにこちらを見つめる玖藻神社の宮司や巫女たち。
竜胆の瞳が冷たく怒りに燃えるのも視界に入ってくる。
「くっ、生意気な! いいか、小娘! 斎宮という存在はこの世で最も清らかで尊い存在なのだぞ! それを、どこの混血とも知れぬ怪しき女に代理を務めさせるだと⁉ ふざけるもの大概にしろ!」
「お前、まさか皇帝陛下になにか術でもかけたのではあるまいな⁉」
「だから信用ならないのだ。人間ではない、バケモノはな」
抑えろ、抑えろ、わたし。深呼吸だ。彼らは吠えているだけ。言葉に意味はない。
「玖藻の巫女を内裏にするだと? そんなもの、下女同然ではないか!」
やめろ、やめろ、やめろ。熱い。身体が熱い。
心は音を立てるほど凍り付いているのに。今にも棘薔薇が溢れてしまいそうだ。
「皆さま、巫女の力はご確認いただいたのでしょうか。もし血統のことをおっしゃりたいのならば、それも問題ありません。彼女の身に流れる血には、〈聖女〉を輩出した魔女の一族のものが含まれております。そして、人間側の血は玖藻家のもの。これ以上、斎宮の代理にふさわしい者がおりましょうか」
わたしの言葉を特級陰陽術師たちは鼻で笑い、一蹴した。
「そういう問題ではないのだ。もともと葦原国の者ではないお主にはわからないだろうが……。皇帝家の血には能力を凌駕しても尚替えの効かない程の価値があるのだ。お前の一族のような、穢れた妖とは違うのだよ」
指の先が赤く滲み始めた。わたしのことは好きに言えばいい。
ただ、この身に流れる血の善し悪しを問われるのは我慢ならない。
家族ハ、ワタシガ、護ル。
「やめなさい!」
わたしの手が真っ赤に染まり、棘薔薇が腕を這い始めていた時、凛とした、強い声が社殿に響き渡った。
「ちょ、長公主様……!」
その場にいた全員が一斉に平伏した。
「お前たち、一体何のつもりです! 翼禮を責め立てるなど、お門違いもいいところ。恥を知りなさい」
低く、怒りを含んだ声に、陰陽術師たちは肩を震わせ、さらに深く平伏した。
「翼禮、やはり私はあなたに礼を失したくないのです。それに、娘のことを隠して育てることもしたくない。あなたには苦労を掛けたわね。ごめんなさい」
社殿がざわついた。
陰陽術師たちが「む、娘⁉」「ちょ、長公主様が……そんな……」と小さな声で動揺している。
「翼禮、竜胆、同行を頼みます。皇帝陛下に、すべてをお話ししに行きますよ。兄に、姪っ子の誕生を祝っていただかなくてはね」
「喜んで」
「はい、ご主人様」
三人で社殿の外へ出ると、そこにはとても素晴らしい光景が広がっていた。
まさに、壮観。
三十名の烏天狗の戦士を従えた吾黎斗と、その両側に立つ近衛二人。
日奈子長公主が乗る輿は、飾りは少ないながらも、品格と堅剛さを兼ね備えた美麗な意匠。
さきほどの特級陰陽術師たちの意見に一つだけ同意するのならば、それは日奈子長公主がその身の内側から放つ貴さ。
彼女は、まさに皇帝家の姫。そして、いずれ烏天狗の〈王妃〉になるお方。
その輝きは、どんなに地味な旅装束でも隠し切れはしなかった。
わたしと竜胆は杖に跨り、烏天狗たちの先導にしたがって空を飛んだ。
「日奈子様、希奈照吾様はご一緒ではないのですか?」
「ああ、娘はおじいちゃんと一緒にいるわ」
「……さすがです」
烏天狗の長を「おじいちゃん」と呼べるのは、この世でも日奈子長公主と希奈照吾姫だけだろう。
「でも、なぜ……」
「私が背負うべき重荷を、あなたに背負わせてしまったことに気づいたの。私にはかけがえのない娘がいる。きっと、あなたのお母様も、私と同じことをすると思ったのよ」
「日奈子様……」
あたたかい。心が解けていく。
棘薔薇は完全に消え、ただただ、胸が震えた。
主上への説明は簡単ではなかった。
ただ、日奈子長公主も舌戦では負けていない。
まるでひとつの壮大な絵巻を見ているような、そんな、高貴な身分ゆえの問題にぶちあたってしまった家族の情熱的な物語。
それゆえ、決着がつくのには何時間もかかった。
でも、最後は主上が折れ、そして、妹の幸せを祝福し、抱擁にて話し合いは円満に終了した。
「まったく……。翼禮は僕の部下だぞ」
「いいじゃない。私はもう翼禮とは友人ですから」
「な! ぼ、私も友人になろうと持ち掛けたのに!」
「どうせ、冗談で失礼なことでも言ったんでしょう、兄上」
「うっ……」
わたしと竜胆は二人の熱い戦いと、強い絆に圧倒され、その熱に侵されるようにぼーっとしてしまっていた。
「さぁ、帰りましょう。もう夕方だわ。私は娘に会いたいし。翼禮たちはお仕事があるものね」
「そうだな。二人とも、家族のいざこざに巻き込んでしまってすまなかった。それと、陰陽術師たちの失言も謝る。多様性という言葉について今一度講義しなければならんようだ」
ぼーっとしていたわたしは、いきなり話しかけられ、はっとして答えた。
「え、あ、はい。あの、痛み入ります……」
清涼殿はすでに橙色の光に包まれ、夕桜がとても美しい時間になっていた。
わたしと竜胆は先に清涼殿を退出し、再び空へと飛び立った。
少し風が冷たい。おかげでほてっていた頬がゆっくりと熱を冷ましていく。
「はぁ……。疲れましたね」
「そうね。でも、超楽しかった!」
「竜胆は本当にお気楽ですね」
「そうかしら」
「さぁ、早く帰りましょう。巫女が困っているかもしれません」
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水干の中を風が通り抜け、今日の頑張りを労ってくれているかのよう。
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