上 下
3 / 8

しおりを挟む
「お前のことなんて愛してはいない、今すぐ僕の目の前から消えてくれ」

 言葉を放った後で、とてつもない罪悪感に襲われた。
 ララは涙を堪えて「分かりました」と言って部屋を出て行く。
 浮気相手のメアリの手が僕に伸びるが、僕はそれを振り払った。

「……メアリ。もう今日は帰ってくれ」

「えぇ? 奥さんも許してくれたじゃん! もっと愉しもうよ!」

 この女はどこまで能天気なのだろうか。
 そんな所に惚れたはずなのに、今だけは忌々しく思えてきた。

「僕の言うことが聞けないのか! さっさと出ていけ!」

 つい声を荒げてしまうと、彼女は僕を睨みつけ、足早に部屋を出て行った。
 僕は大きなため息をつくと、ベッドに腰を下ろした。
 そしてそのまま横になる。

「……エドワード様! 大変です! エドワード様! 開けてください!」

 どうやら僕は眠っていたらしい、女性の緊迫したような声に起こされて、目を開けた。 
 加えて扉を激しく叩き音も聞こえてくる、どうやら何か緊急事態らしい。
 僕はベッドから抜け出すと、慌てて扉を開けた。
 そこには正方形の紙を持った使用人が立っていた。

「エドワード様! ララ様が……こ、これを……!」

 使用人からその紙を渡されて、僕は目をそれに移した。
 そこにはララの文字でこう書かれていた。

『さようなら。私の最愛の人。思い出の地で私は消えます』

「……は?」

 殴られたような衝撃が走った。
 追撃をするように使用人が口を開く。

「ララ様の姿がどこにもありません! 最近、特に思い詰めているようでしたし……ま、まさかララ様は……」

「馬鹿なことを言うな!!!」

 使用人を叱責すると、彼女はびくっと体を震わした。
 「すまない」僕は短く謝ると、彼女に言う。

「すぐに馬車を用意してくれ。思い当たる場所がある」

 ……夜の森の手前で馬車は停まった。
 これ以上は歩くしかなさそうだ。
 僕は護衛の兵士一人を連れて、森の中へ入っていった。

「エドワード様……これ以上は……」

 兵士が口を開くが、僕は無視をして歩き続けた。
 隣に整備された道があるのが視界の端に見えたが、こちらの方が早かった。
 木々や草は邪魔だったが、今はそんなこと気にしている余裕なんてなかった。

 しばらく歩いて、木々が少なくなってきた。
 そろそろだ……僕はゴクリと唾を呑み込む。
 ララが本当にこの先の湖にいる確証はなかったが、僕は歩を進めた。
 そして森を抜けた。

「……え?」

 開けた場所の中央に湖があった。
 夜空の満月を反射して宝石のように光るそれの中に、何かが沈むのが見えた。

「ララ? ララ!」

 僕は咄嗟に走りだしていた。
 兵士の止める声も振り切って。

 湖に飛び込み、目を開けた。
 透き通るような湖なので、底までよく見えた。
 ララが底に向かって沈んでいくのが見えて、僕は急いで彼女の元まで泳いでいった。
 後を追うように飛び込んできた兵士と共に、ララを陸まで運んだ。

「ララ! ララ!」

 必死に呼びかけるが、彼女は意識を失っているようで、ピクリとも動かない。
 心臓に耳を当てるが鼓動は聴こえず、絶望感ばかりが募ってくる。

「くそっ……そんな……」

 どうしてこうなってしまったのだろう。
 今更になって、僕は自分が彼女を愛していたことに気づいた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ショート朗読シリーズ

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:0

傲慢悪役令嬢は、優等生になりましたので

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,286pt お気に入り:4,401

[完結]自称前世の妻と、悪役令嬢の私

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:383

死が見える…

ホラー / 完結 24h.ポイント:2,470pt お気に入り:2

愛人が妊娠したようなので、離縁ですね

恋愛 / 完結 24h.ポイント:461pt お気に入り:830

処理中です...