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 困惑が迅速に体中を駆け巡った。
 笑い合う姉とブルーノを見ていたら、自分がここに本当に存在しているのかと疑問が湧き立つ。
 私がいた世界は姉に奪われてしまったのだろうか。

「サラ。ほら、そこに座って」

 姉は向かいのソファを指差した。
 細くて綺麗な指……人間なら誰しもが憧れる美しい指だ。
 私はふらついた足取りで、向かいのソファに座った。
 心なしかいつもより固く思えた。

「お姉ちゃん……どういうこと?」

 声が震えた。
 今日は別段寒くないのに、冬であるかのような錯覚まで起きてきた。
 姉はニヤリと笑うが、次の瞬間にはさも申し訳ないというような顔つきになっていた。

「サラ。本当にごめんなさい……」

 そして、心からの謝罪を表すように頭を下げた。

「私、ブルーノと関係を持っていたの……でも、あなたには言えなかった……あなたがブルーノを愛しているのは知っていた。でも、どうしても自分の気持ちを抑えられなかった……本当にごめんなさい……こんな酷い姉をどうか許して……」

「は?」

 色々長く言っていたが、結局は私の婚約者のブルーノを奪ったということだ。 
 その事実は変わらないのに、さも自分が被害者であるかのような口ぶりに、怒りしか覚えない。

「お姉ちゃん。そんなこと言われても、許せるわけない……私は……」

 すると今度はブルーノが口を開く。

「サラ。僕からも謝罪をさせてくれ」

 彼はそう言った後、未だに頭を上げない姉と同じように頭を下げた。

「僕も自分の気持ちを抑えられなかった。君という婚約者がいるのに、マリアと関係を持ってしまった。本当に申し訳ないと思っている。だが、僕にとってマリアは最愛なんだ。家族を応援すると思って、僕たちの恋を応援してほしい」

「はい???」

 怒りで体が吹き飛んでしまいそうだった。
 しかし、その怒りも奔流のような悲しみに流されていく。
 二人が顔を上げ、驚いたように目を見開いた。
 なぜなら、私は大粒の涙を流していたからだ。

「どうして……酷い……こんなの酷いよ!!!」

 初めて自分の感情に素直になれた気がした。
 でも、こんな時に素直になりたくなかった。
 もっと素敵な感情で、自分を表現したかった。

「いつからなの! いつから私を騙していたの!」

 乱暴に叫ぶ私に、ブルーノが顔を俯かせながら答える。

「君と婚約が決まった一か月後……酒を飲んだ勢いでマリアと関係を持ってしまって……」

 今度は姉が口を開く。

「私は罪悪感に包まれて、家を去ったわ……友人の家に泊めさせてもらっていたけど、すぐにお腹が大きくなってきて……ブルーノの子を妊娠していたと分かったの。そしたら急に怖くなって……うぅ……」

 姉は泣きだしてしまった。
 きっとそれは演技だろうが、ブルーノはそんなこと思ってないようで、「大丈夫かい?」と優しく声をかける。

 二人の話を信じるなら、ブルーノと婚約してすぐ私は裏切られたらしい。
 絶望と悲しみで感情がぐちゃぐちゃになり、私は口を結んだ。
 ブルーノは私に顔を向けると、小さな声で呟いた。

「悪いが婚約破棄してくれ」

 そう言われるだろうと思っていた。
 ブルーノが愛しているのは、私ではなく姉。
 ならば私を捨てて、姉を取るのは必然だ。

 ふと姉に目を向けると、顔を手で覆い泣いていた。
 しかしその指の隙間から見えた口は、笑みを称えていた。

「……分かりました」

 もう何もかもがどうでもよくなった。
 私は静かに呟くと、立ち上がった。
 二人を微かに見ることもなく、そのまま応接間を後にした。
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