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『明日死ぬとしたら、アナは何がしたい?』

昔懐かしい声で私は目覚めた。
天上はまだ暗い。
頭だけ横に向けると、窓の先のその先に、微かに太陽が顔を出している。

「寝よ」

私は再び天上に顔を向けると、そっと目を閉じた。
……だが、時間が経っても中々寝付けない。
先月の婚約破棄がまだ尾を引いているのか、それとも昔懐かしい声……ホースへの気持ちを思い出してしまったのか。

よくは分からなかったが、とにかく眠るのは無理そうだ。
私は苦笑すると起き上がった。

「ふぅ……」

壁に掛けられた時計を見てみると、まだ朝の四時。
こんなに早朝に起きたのは何年振りだろう。

「うーん!」

私は大きく伸びをすると、ベッドを抜け出し、おもむろに机に近づく。
上から三番目の引き出しを開けると、そこには手紙が入っている。
私は眉を寄せながらそれを手に取ると、おそるおそる開けてみた。

『ホースへ ずっと好きでした。恋人になってください アナより』

「うわっ……字きたなっ……」

それはまだ私が六歳の頃に書いたラブレターだった。
当時隣の家に住んでいたホースという男の子にあてた、人生で唯一のラブレターだ。
引き出しの三番目は苦い思い出を封印する場所にしていたが、今でもそこにあるのはこのラブレターだけ。

つまり人生で一番苦い思い出だ。

「はぁ……開けなきゃよかったかな……」

ホースの引っ越しを知った当時の私は、何とかして想いを伝えようとした。
そして良くはない頭で考えたのが、このラブレター。
直接口で伝える勇気がなかったので、手紙にしたのだ。

しかし、結局それを渡す勇気がないことに直前になって気づき、ラブレターは今も私が持っている。

「もしあの時渡していたら……何か変わったのかな?」

自分の汚い字を見つめながら、夢に浸る。
リチャードなんかと婚約せずに、彼と婚約していたら……今の自分は幸せになっていただろうか。
きっとなっている、好きな人と結ばれるんだもの。
そう自分に言い聞かせるも、それが虚しい事実であることに私はすぐに気づく。

「もう遅いのにね」

私はラブレターを引き出しの三番目に置くと、そっと閉めた。

「ホース……今頃どこで何をしているのかな……」

窓を開けると冷たい朝風が部屋になだれ込んでくる。
髪が揺れ、首筋に寒気が走る。
だが、不思議と心地よかった。
まるでホースと話をしているときみたいに。

ホースと出会った五歳の時、私は初恋というものを知った。
体に電気が走ったように衝撃を受け、心臓がドクンと跳ねた。
ホースの柔らかな笑顔を見ているだけで、嫌なことが全部吹き飛んだものだ。

しかし一年経ち、ホースが引っ越しをすることが決まった。
両親の仕事の都合みたいなので、私にはどうすることもできなかった。
せっかく書いたラブレターを渡す勇気も出ず、泣きそうになりながら見送りに行った私に、彼は言った。

『明日死ぬとしたら、アナは何がしたい?』

今ならしっかりと答えられるのに。

「あなたともっと話していたい」

遠くの空を優雅に飛ぶ白い鳥を見つめながら、私は呟いた。
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