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献身的な世話なんていいから、自分のために時間を使ってくれ。
僕はもう何ともないから、実家に一度戻ってもいいんだよ。
ホースは私を遠ざけるために全力を尽くしていた。
余命宣告を受けた七日目に近づくにつれそれは顕著になっていったが、私の返事は一貫していた。
「嫌よ。あなたの傍にいたいの」
病人相手に頑固になりすぎてしまったかもしれない。
私が反省の色をわずかに出すと、彼は苦笑した。
あぁ、こんな日がもっともっと続けばいいのに。
明日なんてこなければいいのに。
七日目の朝目覚めるまで、私はそう思っていた。
……貴族の家にしては、この部屋は少し物寂しいわよね。
そう笑いかけた七日目の夜、ホースは小さく頷くだけだった。
「そういえばね、妹が婚約するの。相手は伯爵家の男性で友達なんだって。素敵よね。友達から恋人になるのって」
「そ……ね」
もし皆でホースのベッドを囲んでいたら、今の声は聞き取れなかったかもしれない。
いるのが私だけでよかった。
小さくて震えていて、私の記憶にない彼の声だった。
「それとね、私ずっと黙っていたけど、あなたへのラブレターをずっとしまってあるの。ほら、昔引っ越していったでしょ?あの時に渡そうと思っていてね。でも渡せなかったからずっと閉まってあるの。ふふっ」
「……」
ついにホースは何も言わなくなった。
濁流に飲み込まれたように目の前が真っ暗になった。
ホースはもう間もなく死ぬのだ。
瞬きもせず、話もせず、血も通わず、ただの死体と化すのだ。
「いや……」
この七日間ずっと頑張ってきた。
逃げるように自分を強く保ち続けてきた。
だって、行きつく先がこんなにも残酷だと知っていたから。
時が戻ればいいのだ。
魔法使いでも現れて、お前は不幸だから時を戻してやろう。
もしくはなにかの陰謀に巻き込まれてタイムスリップすればいいのだ。
「お願い……」
無謀だ。全部無謀だ。
現実は残酷で、真っ黒で、意味不明な暗闇なのだ。
光なんてないのだ。
「私はただ……彷徨っていただけなの?」
絶望感に染まり、死の香りが迫ってきた。
今死ねばホースと一緒の場所で暮らせるかもしれない。
ふとそんな考えが頭に浮かんだ時、ホースの口が微かに動いた。
「ア……ナ……手を……握って……」
「あっ……」
私はすぐに自分を恥じた。
ホースは死の間際も幸せになることを考えている。
必死に口を動かし、私に何かを伝えようとしてくる。
対して私はどうだろう。
夢想を繰り返しては、死んで全てを放棄しようとした。
「ホース!私がいるから!」
彼の手はとても冷たく氷のようだ。
しかし躊躇うはずがなかった。
私は彼の手をぎゅっと握り、最期の言葉を紡いだ。
「あなたと七日間だけでも過ごせて本当に幸せだった。ありがとうホース。私はあなたを……ずっと愛しているわ!」
「アナ……」
ホースの口角がゆっくりと上がっていく。
「あり……がとう」
……その時だった。
ホースの体が突然発光し、辺りが光に包まれた。
陽光よりも眩い光に、私は訳も分からず目を閉じた。
瞼の向こうが静まったのを感じると、私はゆっくりと目を開けた。
そこには、上半身を起こしたホースがいた。
病気など何もなかったかのように、しかし困惑した様子で自分の体を見つめている。
「ホース?何だったの今のは……?」
ホースはしっかりした口調で答える。
「分からない……でも、治ったみたいだ……嘘みたいだけど……治ったんだ!」
ホースの両目から大粒の涙が流れ出した。
もちろん私も同じだ。
「アナ!奇跡が起こったんだ!」
私たちは強く抱きしめ合った。
「ホースぅ……よかった……本当によかったぁ……!」
「うん、よかった。これからも君とこうして触れ合えるんだ」
……この日の出来事は誰にも話さない方がいいとホースは言った。
一つには、こんな話をしても誰も信じないだろうということ。
二つ目に、声が聞こえてきたそうだ。
光に包まれている時、女性の声で「この奇跡は内緒ね」という声が。
その後、私は正式にホースと婚約を結んだ。
そしてやがて結婚し子供を三人産んだ。
男の子二人は私に似て頑固だが、女の子はホースに似て優しそうだった。
昔渡せなかったラブレターは、今でもあの引き出しの中にある。
奇跡の記憶と共に、ずっとそこに残してある。
僕はもう何ともないから、実家に一度戻ってもいいんだよ。
ホースは私を遠ざけるために全力を尽くしていた。
余命宣告を受けた七日目に近づくにつれそれは顕著になっていったが、私の返事は一貫していた。
「嫌よ。あなたの傍にいたいの」
病人相手に頑固になりすぎてしまったかもしれない。
私が反省の色をわずかに出すと、彼は苦笑した。
あぁ、こんな日がもっともっと続けばいいのに。
明日なんてこなければいいのに。
七日目の朝目覚めるまで、私はそう思っていた。
……貴族の家にしては、この部屋は少し物寂しいわよね。
そう笑いかけた七日目の夜、ホースは小さく頷くだけだった。
「そういえばね、妹が婚約するの。相手は伯爵家の男性で友達なんだって。素敵よね。友達から恋人になるのって」
「そ……ね」
もし皆でホースのベッドを囲んでいたら、今の声は聞き取れなかったかもしれない。
いるのが私だけでよかった。
小さくて震えていて、私の記憶にない彼の声だった。
「それとね、私ずっと黙っていたけど、あなたへのラブレターをずっとしまってあるの。ほら、昔引っ越していったでしょ?あの時に渡そうと思っていてね。でも渡せなかったからずっと閉まってあるの。ふふっ」
「……」
ついにホースは何も言わなくなった。
濁流に飲み込まれたように目の前が真っ暗になった。
ホースはもう間もなく死ぬのだ。
瞬きもせず、話もせず、血も通わず、ただの死体と化すのだ。
「いや……」
この七日間ずっと頑張ってきた。
逃げるように自分を強く保ち続けてきた。
だって、行きつく先がこんなにも残酷だと知っていたから。
時が戻ればいいのだ。
魔法使いでも現れて、お前は不幸だから時を戻してやろう。
もしくはなにかの陰謀に巻き込まれてタイムスリップすればいいのだ。
「お願い……」
無謀だ。全部無謀だ。
現実は残酷で、真っ黒で、意味不明な暗闇なのだ。
光なんてないのだ。
「私はただ……彷徨っていただけなの?」
絶望感に染まり、死の香りが迫ってきた。
今死ねばホースと一緒の場所で暮らせるかもしれない。
ふとそんな考えが頭に浮かんだ時、ホースの口が微かに動いた。
「ア……ナ……手を……握って……」
「あっ……」
私はすぐに自分を恥じた。
ホースは死の間際も幸せになることを考えている。
必死に口を動かし、私に何かを伝えようとしてくる。
対して私はどうだろう。
夢想を繰り返しては、死んで全てを放棄しようとした。
「ホース!私がいるから!」
彼の手はとても冷たく氷のようだ。
しかし躊躇うはずがなかった。
私は彼の手をぎゅっと握り、最期の言葉を紡いだ。
「あなたと七日間だけでも過ごせて本当に幸せだった。ありがとうホース。私はあなたを……ずっと愛しているわ!」
「アナ……」
ホースの口角がゆっくりと上がっていく。
「あり……がとう」
……その時だった。
ホースの体が突然発光し、辺りが光に包まれた。
陽光よりも眩い光に、私は訳も分からず目を閉じた。
瞼の向こうが静まったのを感じると、私はゆっくりと目を開けた。
そこには、上半身を起こしたホースがいた。
病気など何もなかったかのように、しかし困惑した様子で自分の体を見つめている。
「ホース?何だったの今のは……?」
ホースはしっかりした口調で答える。
「分からない……でも、治ったみたいだ……嘘みたいだけど……治ったんだ!」
ホースの両目から大粒の涙が流れ出した。
もちろん私も同じだ。
「アナ!奇跡が起こったんだ!」
私たちは強く抱きしめ合った。
「ホースぅ……よかった……本当によかったぁ……!」
「うん、よかった。これからも君とこうして触れ合えるんだ」
……この日の出来事は誰にも話さない方がいいとホースは言った。
一つには、こんな話をしても誰も信じないだろうということ。
二つ目に、声が聞こえてきたそうだ。
光に包まれている時、女性の声で「この奇跡は内緒ね」という声が。
その後、私は正式にホースと婚約を結んだ。
そしてやがて結婚し子供を三人産んだ。
男の子二人は私に似て頑固だが、女の子はホースに似て優しそうだった。
昔渡せなかったラブレターは、今でもあの引き出しの中にある。
奇跡の記憶と共に、ずっとそこに残してある。
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