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「そう……リチャードが奉仕活動ね。ふふっ」

イザベラは俺の顔を見ながら微笑んだ。

「おいおい、他人事だと思って……全く……どうやってバックレようかな……」

父に奉仕作業を命じられたその後。
俺は恋人のイザベラの家を訪れていた。
彼女とはアナと婚約している時に既に関係を持っていて、俺の婚約破棄を知っても、なぜか彼女は一緒にいてくれる。

「それよりイザベラ。本当に俺との関係を続けていいのか?」

率直な疑問をぶつけてみると、彼女は苦笑した。

「私と別れたいの?」

「いや、そういうわけじゃないけど……俺はアナに酷いことをしたし、ギャンブルの借金だって用立ててくれた親にまだ返せていない。こんな男と一緒にいて……その……なんて言うか……分かるだろ?」

ぶっきらぼうに言うと、イザベラはふふっと声を上げて笑った。
そして小さな息をはくと、俺の頬に手をやる。

「私は元々魔女の娘っていうだけで馬鹿にされてきたし、爵位も奪われ、貧民街に追いやられた。こうして会いにきてくれるだけで私は嬉しいの。たとえあなたが極悪人だとしてもね」

イザベラの唇が俺の頬に触れた。
心臓がドキッと高鳴る。

「それに私の寿命もそろそろ尽きるし、最期くらい好きな人と過ごしていたいわ」

「……は?」

ん?寿命?最期?

「イザベラ?な、何を言っているんだい?最期って……ははっ、まるで死ぬみたいに……」

イザベラの表情はあまり変わらなかった。
ただ瞳の奥が少しだけ悲しそうだった。

「黙っていてごめんなさい。魔女の家系は代々短命で、二十歳そこそこしか生きられないの。魔法で占ってみたらあと七日の命だって」

「は?気味悪い冗談はやめろよ……そんなこと、あるわけがないだろ?」

嘘だよな。
頼むから嘘だと言ってくれ。
心の中で必死に懇願していた。
しかし、イザベラは力なく首を横に振る。

「……今まで私と一緒にいてくれてありがとう。この汚い家まで来てくれてありがとう。そして私を愛してくれて……」

「やめろって言ってんだろ!!!」

俺は声を荒げ立ち上がった。
目頭が熱くなったが、泣くまいと必死に我慢した。

「お前はまだ生きるんだ……死ぬなんて嘘だ……」

強く握った拳を、イザベラがそっと包み込んだ。
氷のように冷たい手だった。
そのことが分かった瞬間、涙が溢れ出た。

「くそったれが……」
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