最愛なんて嘘なので

杉本凪咲

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 次の日、私はモンドの家を訪れた。
 激しい雨が降り、雷の音まで空に響いていた。
 だが、私はそれでも行かねばならなかった。
 
 応接間に通され数分待つと、モンドが現れた。
 心配そうな瞳を私に向ける。

「ラファエル、こんな雨の中どうしたんだい。大丈夫だったかい?」

 優しい彼のことを考えたら、私が今からすることはとても胸が痛む行為だった。
 しかし、私はやらねばならない。
 モンドを守るためにも。

「モンド様。今日はお話があってまいりました。とても大事なお話です」

「話……分かった」

 モンドはゴクリと唾を呑み込むと、向かいのソファに座った。
 彼の緊張感が伝わってくるようだった。
 そのまま数秒は雨が屋根に当たる音だけが響いていた。
 そして意を決して口を開く。

「モンド様。婚約は破棄いたしましょう」

「……は?」

 モンドの顔が歪んだ。
 まるで幽霊でも見た時のように恐怖と困惑が広がっている。
 辛い、とてもこころが辛かった。

「じょ、冗談だよな? だって、僕達は昨日婚約したばかりじゃないか……そんな……ははっ……笑えないよ」

「ごめんなさい。しかし冗談ではありません。やはり私たちは結ばれるべきではありません。だから婚約破棄しましょう」

 無感情を装って冷淡に言った。
 いっそのこと彼に嫌われてしまった方がいい。
 そう思っていたからだった。
 
 このままモンドと結ばれれば、その先に死が訪れるのは確実だった。
 未来を変えようとしても、彼の代わりに誰かが死ななくてはいけない。
 未来視で視えた光景は、私の寝室だった。

「ラファエル。お願いだからそんなことは言わないでくれ……頼む……頼むよ」

 モンドは泣きそうな顔になった。
 希望が打ち砕かれたように瞳から光が消えていた。
 しかし私は言葉を止めることはなかった。

「モンド様。最愛は嘘なのです。私はあなたが思っているよりもずる賢く、汚い女なのです。あなたを……だ、騙していたのです」

 嫌うならとことん嫌って欲しかった。
 私の事なんて記憶から忘れるくらいに憎んで欲しかった。

「あ、あなたみたいな人間が私に釣り合うと本気で思っていたのですか? 勘違いも甚だしいわ。昨日は散々愛を囁きましたが、全部ただの嘘ですのよ。ふふっ、私……人の絶望した顔を見るのが唯一の生きがいなんです。ふふっ」

 モンドの顔はどんどん歪んでいく。
 目が鋭さを帯びて、怒りが露わになっていく。

「ラファエル……本気で言っているのか?」

 私は大きく頷いた。
 今にもこころは張り裂けそうだった。

「ええ、もちろんです。全部本気ですよ。あなたは初めからこうなる運命だったのです。私の手の平で踊らされていたのですよ? 残念でしたね、あなたの望む未来は来ませんでした」

「出ていけ……」

 モンドの声が一層低くなった。
 
「ええ、もちろんですよ。しかし婚約は破棄ということでよろしいですね?」

「ああ、分かったから。さっさと出て行ってくれ!」

 モンドは声を荒げた。
 私は何とか不敵な笑みを称えながら、応接間を後にする。

 ……扉を閉めた瞬間、涙が溢れてきた。
 しかしこれでいいのだ。
 こうするしかなかったのだ。
 最愛の人を守るためには……私が犠牲になるしかないのだ。

「うっ……うぅ……」

 涙が溢れて止まらない。
 すれ違う使用人に見られないように、私は走った。
 馬車に乗り込むまで走り続けた。
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