離縁して幸せになります

杉本凪咲

文字の大きさ
上 下
5 / 8

しおりを挟む
 クララは予想外とでも言いたげに顔を歪めた。
 どうやら彼女は私の婚約者であるライネルをディナーに誘ったらしい。
 常識はずれな行動に私は思わず、声に怒気を込める。

「クララ。あなたにはバートっていう婚約者がいるでしょう。私のライネルにもう構わないで」

「私のライネル?」

 クララはきょとんとした顔になり、すっと一歩近づいてくる。
 不気味な足取りに、緊張感が走った。

「どうしてお姉ちゃんのライネルさんなのぉ? そんなの分からないよぉ? ねえ、ライネルさん?」

 クララが妖艶な目つきをライネルに向けた。
 しかし彼は動揺する素振りもなく、淡々と告げる。

「僕はもうエレーナの婚約者だ。つまり彼女のものだ。他の誰のものでもない。クララさん、君が何を考えているのか測りかねるが、これだけは言っておく。僕の心はエレーナから離れることは決してない」

「え?」

 クララは短くそう言うと、素早くライネルに詰め寄った。
 そして自分の胸を押し当てると、潤んだ目で上目遣いに彼を見上げた。

「ライネルさん。あなたのこと、好きになってしまったんです。一晩だけでいいです……どうか私にあなたの愛をください」

「いい加減にして!!!」

 生まれて初めてこんなに大きな声を出した。
 クララがびっくりしてライネルから離れた。
 私は彼女を睨みつけると、言葉を続ける。

「クララ。彼は私の婚約者なの。あなたに渡すわけがないでしょう。それにあなたにはバートがいる。彼を大事にしなさい。さもないといずれ後悔することになるわよ」

 クララは小さく舌打ちをして私を睨み返した。
 
「お姉ちゃんこそ、ライネルさんには私の方がピッタリだって分からないの? お姉ちゃんみたいなお堅い人より、私の方が彼を楽しませてあげられるわ!」

「いや、そんなことはないよ」

 ライネルがふいに口を開く。

「エレーナは確かに真面目な女性だけど、時には冗談も言うし、なにより僕のことを一番に考えてくれる優しい人さ。そんな人と一緒にいて楽しくないわけがない。むしろクララ、君の方が僕は楽しくない。自分勝手で傲慢で、おまけに体の関係まで迫ってくる……君は本当に貴族令嬢なのかい?」

 ライネルにコテンパンに言われて、クララはカッと顔を赤くした。
 彼は苦笑すると、私の手を引く。

「じゃあ僕達は行くよ。じゃあねクララ」

 クララに背を向けて歩き出した私だが、とても振り返る気にはなれなかった。
 何も起こらなければいいが……今はそう願うばかりである。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:85,922pt お気に入り:23,449

【完結】殿下! それは恋ではありません、悪役令嬢の呪いです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:2,514

露雫流魂-ルーナーリィウフン-

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:333pt お気に入り:1

アストリアとアタナーズ〜若き皇帝陛下は、幼い妹殿下を愛する〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:158

アメイジングな恋をあなたと

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,689pt お気に入り:1,288

悪役令嬢は、友の多幸を望むのか

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,151pt お気に入り:37

最愛の人がいるのでさようなら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,553pt お気に入り:666

処理中です...