2 / 25
1ー1
しおりを挟む
八丁堀の外れ。少し薄暗い場所にある家に、頭の皿にひびが入った河童や、割った皿の破片で肉球を傷つけた猫又。血色の悪い顔をさらに青白くさせた幽霊など、いわゆる【妖怪】と呼ばれるモノたちが、列をつくって出入りしていた。
その家の戸口には『人間妖怪問わず、どんな傷も病も治します』と、書かれた看板が立てかけられている。
そう。彼らはみな、治療のためにその家を訪れているのだ。
玄関にほど近い一室で、艶のある美しい長い黒髪と、黒曜石のような瞳瞳を持つ少女が、上半身をさらした大きな化け狸の背中の火傷に、手を向けた。
「それでは、始めます」
彼女の手が淡い緑の光を放つ。すると同じ光が火傷を覆い、瞬く間に傷が塞がっていく。
「――はい。これで、もう大丈夫です。傷はなくなりましたよ」
「おぉ! 痛みがとれたぞ!」
狸は火傷の疼きが消えたことで、喜びを表すように、尻尾をぶんぶんと激しく振る。
「婆を驚かそうと、ちょっといたずらをしたら、兎に『おまえのせいで、お婆さんが怪我をした!』と、倍返しの報復をされてなぁ」
「何事もほどほどに、ですよ」
「わははははっ! その通りだ。治してくれてありがとよ!」
化け狸は娘のそばに控えていた母親に、治療代を手渡す。
「ありがとうございます。……まさか、葉っぱとか言いませんよね?」
母の言葉に、狸はがはははっと笑う。
「安心しろ。本物の金だ」
そう言って、ポンッと腹鼓を打つ。
「そうですよね。失礼いたしました」
「にしても、噂通りであったな。美しい治癒の異能を持つ娘。せいぜい、命を取られぬよう、気をつけることだ」
「……ご忠告、ありがとうございます」
少女は怯えを隠した作り笑いを、狸に返した。
それを見て、化け狸は上機嫌なまま、部屋を出て行く。
彼を見送り、少女は胸元を抑えながら、小さく息を吐きだした。
「大丈夫ですか? 少し、休憩にしましょうか? 外でお待ちになられている方々に、言ってきますよ?」
気遣う母に、娘は微笑む。
「問題はありません、母様。次の患者様を、お呼びしていただけますか?」
本人にそう言われ、母親は心配そうな顔をしながらも、立ち上がった。
娘の名前は比奈。人間の中には、稀に異能を持って生まれてくる者がいるのだが、その異能力者たちのあいだでも珍しい、治癒の力を持つ少女である。
ここは人間と妖怪が共存する江戸の町。
空には天狗が、速達の飛脚として荷物を片手に飛び交い、天女は宙を優雅に舞い、道行く人々の注目を集める。
地上に目を向ければ、化け猫や化け狐などの妖怪が、大道芸の披露をしていたり、豆腐小僧がお手製の豆腐を売り歩き、のっぺらぼうが蕎麦屋台で商売をしていた。客には妖怪だけじゃなく、人間も一緒になって、楽しそうにしゃべりながら、蕎麦をすすっている。
今でこそ人間と妖怪が手を取り合って生活をしているが、つい百年ほど前まで、激しい戦争が行われていた。
結果、人間は妖怪に負けてしまった。その後、交わされた協定により、天皇は人間のままだが、今まで同様、政治的権力は皆無。そして征夷大将軍には、妖怪たちを率いていた鬼一族が、就くことになった。つまり政治の実権は、彼ら妖怪に握られたということを示している。
しかし鬼たちは、決して人間を虐げるようなことはせず、両種族のより良い暮らしのために、奔走した。そのおかげもあって、今は人間と妖怪が、共に暮らせているのである。
その家の戸口には『人間妖怪問わず、どんな傷も病も治します』と、書かれた看板が立てかけられている。
そう。彼らはみな、治療のためにその家を訪れているのだ。
玄関にほど近い一室で、艶のある美しい長い黒髪と、黒曜石のような瞳瞳を持つ少女が、上半身をさらした大きな化け狸の背中の火傷に、手を向けた。
「それでは、始めます」
彼女の手が淡い緑の光を放つ。すると同じ光が火傷を覆い、瞬く間に傷が塞がっていく。
「――はい。これで、もう大丈夫です。傷はなくなりましたよ」
「おぉ! 痛みがとれたぞ!」
狸は火傷の疼きが消えたことで、喜びを表すように、尻尾をぶんぶんと激しく振る。
「婆を驚かそうと、ちょっといたずらをしたら、兎に『おまえのせいで、お婆さんが怪我をした!』と、倍返しの報復をされてなぁ」
「何事もほどほどに、ですよ」
「わははははっ! その通りだ。治してくれてありがとよ!」
化け狸は娘のそばに控えていた母親に、治療代を手渡す。
「ありがとうございます。……まさか、葉っぱとか言いませんよね?」
母の言葉に、狸はがはははっと笑う。
「安心しろ。本物の金だ」
そう言って、ポンッと腹鼓を打つ。
「そうですよね。失礼いたしました」
「にしても、噂通りであったな。美しい治癒の異能を持つ娘。せいぜい、命を取られぬよう、気をつけることだ」
「……ご忠告、ありがとうございます」
少女は怯えを隠した作り笑いを、狸に返した。
それを見て、化け狸は上機嫌なまま、部屋を出て行く。
彼を見送り、少女は胸元を抑えながら、小さく息を吐きだした。
「大丈夫ですか? 少し、休憩にしましょうか? 外でお待ちになられている方々に、言ってきますよ?」
気遣う母に、娘は微笑む。
「問題はありません、母様。次の患者様を、お呼びしていただけますか?」
本人にそう言われ、母親は心配そうな顔をしながらも、立ち上がった。
娘の名前は比奈。人間の中には、稀に異能を持って生まれてくる者がいるのだが、その異能力者たちのあいだでも珍しい、治癒の力を持つ少女である。
ここは人間と妖怪が共存する江戸の町。
空には天狗が、速達の飛脚として荷物を片手に飛び交い、天女は宙を優雅に舞い、道行く人々の注目を集める。
地上に目を向ければ、化け猫や化け狐などの妖怪が、大道芸の披露をしていたり、豆腐小僧がお手製の豆腐を売り歩き、のっぺらぼうが蕎麦屋台で商売をしていた。客には妖怪だけじゃなく、人間も一緒になって、楽しそうにしゃべりながら、蕎麦をすすっている。
今でこそ人間と妖怪が手を取り合って生活をしているが、つい百年ほど前まで、激しい戦争が行われていた。
結果、人間は妖怪に負けてしまった。その後、交わされた協定により、天皇は人間のままだが、今まで同様、政治的権力は皆無。そして征夷大将軍には、妖怪たちを率いていた鬼一族が、就くことになった。つまり政治の実権は、彼ら妖怪に握られたということを示している。
しかし鬼たちは、決して人間を虐げるようなことはせず、両種族のより良い暮らしのために、奔走した。そのおかげもあって、今は人間と妖怪が、共に暮らせているのである。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる