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願わくば──────
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幸人くんが死んだ。
事故だった。いつもの練習の帰り道に居眠り運転をしていた軽トラックに跳ね飛ばされた。
がんの再発でもなく、肝臓の拒絶反応によるものでもなく、どこにでも起こりうる事故で幸人くんは死んだ。
「クソが、死ぬなって言ったのに…」
結愛ちゃんが拳を握りしめながら言った。
「幸人は何も悪くないよ。悪いとするなら、居眠り運転なんてものをしてた軽トラックの運転手だよ」
かすみちゃんは涙を堪えながら結愛ちゃんを宥める。
「そうだね、幸人くんは悪くない。免疫抑制剤だって毎日ちゃんと飲んでいたしね」
僕もかすみちゃんに賛同して口にする。
「前も思ったことだけどさ、あんなにすれ違う恋ってあるんだね」
かすみちゃんはとうとう涙を堪え切れずに、しゃくりあげながら言った。
「あいつらはお互いに片想いをしてた。両想いだったはずなのに…」
両想いとは、互いに想いが通じ合っていることを言う。
だが、夢叶ちゃんと幸人くんはすれ違いすぎた。決して交れなかったのだ。一方通行の片想いが並行していた。
「もしも願いが叶うなら…」
いつしか夢叶ちゃんが言っていた言葉だ。突然結愛ちゃんが懐かしい言葉を発したから、僕もかすみちゃんも不思議に思う。
「夢叶の言っていた気分が分かった気がする」
「そうだね、今はとにかく夢叶ちゃんの幸せを願いたい」
「 “ 願わくば ” って言ってたよね」
「夢叶ちゃんと同じようにそれ使う?」
結愛ちゃんとかすみちゃんが話しているのを、僕は黙って見ていた。
どうやら二人は夢叶ちゃんの “ 願わくは ” を “ 願わくば ” と聞き間違えてしまったらしい。
元々古文に使われていたものは「願わくは」で、二人が話しているものとは少し違う。
それを分かっててもなお、僕は何も言わない。言葉を聞き間違えていても、二人なりの言葉を送ればきっと、それだけで夢叶ちゃんは嬉しいだろうから。
しばらく眺めていると、「いいね、それ」「じゃあ一緒に言おうか」と何かを決めていた。
「先生も一緒に言いましょうよ」
提案されたものは想像していたものよりも素晴らしいものだった。
***
『恋と愛の違いって知ってる?』
夢を見た。何か大切なものを忘れているような気がした。
煌びやかな星を失ってしまった虚無感が、どうしようもなく押し寄せてきた。
恋と愛の違い。そんな哲学を聞かれた気がした。答えなければいけないような気がして仕方がなかった。
何かを手放してしまったかのような喪失感が胸を握りしめている。どうしても自分では処理し切れなかった。
私、川本逢花は大学の友人に事の顛末を話した。
「ずっと昔に、大切だった宝箱を無くしちゃったみたいに虚しいの」
「その宝額の中身ってなんなの?」
“宝箱”と言うのは比喩表現のため、私は何も答えられなかった。その大切なものというのは一体どんなものだったのか。よく分からない。
夢の内容を具体的に思い出せればいいのだが。
「全く分からない」
「分からないんかい」
どうしても取り戻したいと言うのに、そのものがわからなければどこにあるのかすら知る由もないので、友人が呆れるのも無理はない。
「すごく抽象的すぎるし、その大切なものの具体的な情報もないなら、どうすれば良いのかなんて私にも分からないけどさ。また見つけられたら、今度は手放さなければいいよ。そしたら、もう失うこともないでしょ」
「…そんな簡単な話じゃないと思うけどな」
「おい、せっかく助言してやったんだから文句言うな」
「手放さなければいいだけ、か…」
私は言われた言葉を繰り返した。
「それよりもさ、図書館で勉強しようよ。少し勉強で分からないことがあってさ」
「分かった、それじゃあ行こうか」
図書館で二、三時間ほど勉強したあと、私は友人と別れ、家に向かった。
***
『恋と愛の違いって知ってる?』
夢を見た。何か大きな後悔をしているような気がした。
いつから間違えてしまったのか、自分のせいで、煌びやかな星だったものから光を失わせてしまったような寂しさが、どうしようもなく押し寄せてきた。
恋と愛の違い。そんな哲学を誰かに聞いたことがある気がした。答えてほしかった。自分の答えを聞いて欲しかった。
何かを手放してしまったかのような喪失感が胸を握りしめている。どうしても自分では処理し切れなかった。
俺、岩倉大護は同じテニスのサークルの友人に事の顛末を話した。
「ダイヤモンドよりも価値があったはずなのに、なぜか手放しちゃったように虚しくて仕方がない」
「いやなんで手放したん?」
夢の内容は全く思い出せない。ただ何かを失い、戸惑い、嘆き、後悔をしたということだけが胸に残っている。
「いや、全く分からん」
「分かんないんかい」
虚しさを消したいと言ってるのにその原因が分からなければ、誰にもどうにもできやしない。友人が呆れるのも無理はない。
「すごく抽象的すぎるし、その価値があったものの具体的な情報も、手放しちゃった理由も、分からないならどうすればいいかなんて俺にも分からないけどさ。また手に入れられたら、その時は手放さなければいいだけだろ。そうすれば、もう失うこともない」
そう言い終わった後に「うわ俺天才」とか言っているムカつく顔に、俺は殴りかかりたいところだったが、今は別のことしか頭になかった。
「手放さなければいいだけ、か…。そんな簡単な話じゃないと思うんだが」
「おい、せっかく助言してやったんだから文句言うな」
「はいはい、悪かったな」
「そんなことより、映画見に行こうぜ。ほら、前に話したやつ」
前に話したやつ、と言うのはスマホを目の前に出されて「これ見たいんだよね」と熱烈にプレゼンされた映画だ。
その映画は、どこにでもいる一人の医者が書いた小説で、とても感動できると話題になったものだ。SNSでも映画化したことが有名だった。
しかし、俺は大して興味がなかった。
「見に行くなら一人で行け」
ぶっきらぼうに返すと「じゃあゲーセン行こうぜ」と強制的に腕を引かれた。
***
帰り道、友人に言われたことを思い出しながら家に向かっていた。
友人にとっては簡単に聞こえるかもしれないが、自分にとってはとてつもなく難しいのだ。
なぜなら手放さない未来が想像できないから。どうやって引き止めればいいのかが全く分からないのだ。
それでも、もし一言で行動を表現できるとしたら…
「「今度は手放さなければいいだけ…」」
誰かと声が重なった。すれ違った人と重なった。聞き覚えのある声だった。ずっと胸にしまっておきたい声。
振り返ると、相手も同じくこちらを見ていた。目が合った。気づけば頬が濡れていた。止まることを知らず、涙はいつまでも流れ出てくる。
「あ…すみません。どうして泣いてるんだろう…」
「いや、俺も泣いてしまって…」
見ると、確かに男の子も泣いていた。視界がぼやけてよく見えないが、目を擦っているのだけはよく分かる。
初めて会ったはずなのに、どうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろう。
目の前にいる人には泣いて欲しくない。泣いている顔よりも笑った顔が見たい。
「俺たち、どこかで会いましたか?」
大護が逢花に聞く。
「会ってない、会ってないはずなのに…」
会ったことはないはずなのに、愛しく、懐かしく感じる。
「ずっと逢いたかった…」
大護が言った。会ったことがないはずなのに、どうして会いたいと思っているのだろう。初対面の人に言われたのに、どうしてこんなにも嬉しく感じるのだろう。
逢花は言わなければいけないような気がした。でもそれは、初対面の異性に言うことじゃない。絶対に気持ち悪がられる。
頭では分かっていたはずなのに、もう逢花の口に歯止めは効かなかった。
「世界中の誰よりも、あなたを愛していた気がする」
言ってしまった。初対面なのに「愛してる」なんてありえない。即座に謝ろうとした。
でも、大護は嬉しそうに微笑んだ。初対面のはずなのに、「愛してる」という言葉をずっと聞きたかった気がしたのだ。
大護の笑顔を見て逢花は安堵した。というよりも、ずっと見たかった笑顔を見れたことが一番嬉しかった。
「世界中の誰よりも君を想っていた気がする」
それは逢花に対する返事と言ってもよかった。その言葉に胸が張り裂けそうになるほど嬉しかった。初対面のはずなのに。
もういっそ、思ったことを全部言ってしまおう。誰にも止められない。誰にも止めてほしくない。
「あなたの幸せを願っていた気がする」
「君の笑顔を守りたかった気がする」
名前も知らない人が発する一言一言が嬉しくて、さらに涙が多く溢れ出した。
逢花はどうしても聞きたいことがあった。
「ねえ、幸せになってくれた?」
「ああ、俺は今きっと幸せだ」
求めていた答えが返ってきたことで、逢花はもう全てがどうでも良かった。
「今度は手放さない」
大護は友人の言葉を思い出した。確かにもう二度と手放さなければいいだけだ。
この手を優しく、そして強く握って離したくない。
「うん、離さないで」
逢花も離れたくなかった。離れて欲しくなかった。今度こそ、ずっと。
『恋と愛の違いって知ってる?』
そんなこと今はどうだっていい。
今はとにかく、目の前にいる人を見つめていたい。
今はとにかく、この大切な人と一緒にいたい。
今はとにかく、この愛しい人と笑っていたい。
それはきっと、この人も同じことを思ってる。
恋と愛の違いなんて知ったこっちゃない。
ただ隣にいて、笑って、泣いて、心から「好きだ」と「愛してる」と言えればそれでいいじゃないか。
***
二人の女の子が話していた。二人のそばに黒縁メガネをかけた男の医者がいる。
そこは墓場だった。三人はそれぞれ花束を持っていた。
二人の女の子は何かを決めたように頷き合った。
その二人は医者にある文を伝えた。それは医者が想像していたものよりも素晴らしいものだった。
ボブカットの女の子が「せーの」と合図をした。そして三人で同時に言い、各々が持っていた花束を、少女と少年の二人の写真の前に捧げた。
<願わくば、彼らに幸の花束を>
事故だった。いつもの練習の帰り道に居眠り運転をしていた軽トラックに跳ね飛ばされた。
がんの再発でもなく、肝臓の拒絶反応によるものでもなく、どこにでも起こりうる事故で幸人くんは死んだ。
「クソが、死ぬなって言ったのに…」
結愛ちゃんが拳を握りしめながら言った。
「幸人は何も悪くないよ。悪いとするなら、居眠り運転なんてものをしてた軽トラックの運転手だよ」
かすみちゃんは涙を堪えながら結愛ちゃんを宥める。
「そうだね、幸人くんは悪くない。免疫抑制剤だって毎日ちゃんと飲んでいたしね」
僕もかすみちゃんに賛同して口にする。
「前も思ったことだけどさ、あんなにすれ違う恋ってあるんだね」
かすみちゃんはとうとう涙を堪え切れずに、しゃくりあげながら言った。
「あいつらはお互いに片想いをしてた。両想いだったはずなのに…」
両想いとは、互いに想いが通じ合っていることを言う。
だが、夢叶ちゃんと幸人くんはすれ違いすぎた。決して交れなかったのだ。一方通行の片想いが並行していた。
「もしも願いが叶うなら…」
いつしか夢叶ちゃんが言っていた言葉だ。突然結愛ちゃんが懐かしい言葉を発したから、僕もかすみちゃんも不思議に思う。
「夢叶の言っていた気分が分かった気がする」
「そうだね、今はとにかく夢叶ちゃんの幸せを願いたい」
「 “ 願わくば ” って言ってたよね」
「夢叶ちゃんと同じようにそれ使う?」
結愛ちゃんとかすみちゃんが話しているのを、僕は黙って見ていた。
どうやら二人は夢叶ちゃんの “ 願わくは ” を “ 願わくば ” と聞き間違えてしまったらしい。
元々古文に使われていたものは「願わくは」で、二人が話しているものとは少し違う。
それを分かっててもなお、僕は何も言わない。言葉を聞き間違えていても、二人なりの言葉を送ればきっと、それだけで夢叶ちゃんは嬉しいだろうから。
しばらく眺めていると、「いいね、それ」「じゃあ一緒に言おうか」と何かを決めていた。
「先生も一緒に言いましょうよ」
提案されたものは想像していたものよりも素晴らしいものだった。
***
『恋と愛の違いって知ってる?』
夢を見た。何か大切なものを忘れているような気がした。
煌びやかな星を失ってしまった虚無感が、どうしようもなく押し寄せてきた。
恋と愛の違い。そんな哲学を聞かれた気がした。答えなければいけないような気がして仕方がなかった。
何かを手放してしまったかのような喪失感が胸を握りしめている。どうしても自分では処理し切れなかった。
私、川本逢花は大学の友人に事の顛末を話した。
「ずっと昔に、大切だった宝箱を無くしちゃったみたいに虚しいの」
「その宝額の中身ってなんなの?」
“宝箱”と言うのは比喩表現のため、私は何も答えられなかった。その大切なものというのは一体どんなものだったのか。よく分からない。
夢の内容を具体的に思い出せればいいのだが。
「全く分からない」
「分からないんかい」
どうしても取り戻したいと言うのに、そのものがわからなければどこにあるのかすら知る由もないので、友人が呆れるのも無理はない。
「すごく抽象的すぎるし、その大切なものの具体的な情報もないなら、どうすれば良いのかなんて私にも分からないけどさ。また見つけられたら、今度は手放さなければいいよ。そしたら、もう失うこともないでしょ」
「…そんな簡単な話じゃないと思うけどな」
「おい、せっかく助言してやったんだから文句言うな」
「手放さなければいいだけ、か…」
私は言われた言葉を繰り返した。
「それよりもさ、図書館で勉強しようよ。少し勉強で分からないことがあってさ」
「分かった、それじゃあ行こうか」
図書館で二、三時間ほど勉強したあと、私は友人と別れ、家に向かった。
***
『恋と愛の違いって知ってる?』
夢を見た。何か大きな後悔をしているような気がした。
いつから間違えてしまったのか、自分のせいで、煌びやかな星だったものから光を失わせてしまったような寂しさが、どうしようもなく押し寄せてきた。
恋と愛の違い。そんな哲学を誰かに聞いたことがある気がした。答えてほしかった。自分の答えを聞いて欲しかった。
何かを手放してしまったかのような喪失感が胸を握りしめている。どうしても自分では処理し切れなかった。
俺、岩倉大護は同じテニスのサークルの友人に事の顛末を話した。
「ダイヤモンドよりも価値があったはずなのに、なぜか手放しちゃったように虚しくて仕方がない」
「いやなんで手放したん?」
夢の内容は全く思い出せない。ただ何かを失い、戸惑い、嘆き、後悔をしたということだけが胸に残っている。
「いや、全く分からん」
「分かんないんかい」
虚しさを消したいと言ってるのにその原因が分からなければ、誰にもどうにもできやしない。友人が呆れるのも無理はない。
「すごく抽象的すぎるし、その価値があったものの具体的な情報も、手放しちゃった理由も、分からないならどうすればいいかなんて俺にも分からないけどさ。また手に入れられたら、その時は手放さなければいいだけだろ。そうすれば、もう失うこともない」
そう言い終わった後に「うわ俺天才」とか言っているムカつく顔に、俺は殴りかかりたいところだったが、今は別のことしか頭になかった。
「手放さなければいいだけ、か…。そんな簡単な話じゃないと思うんだが」
「おい、せっかく助言してやったんだから文句言うな」
「はいはい、悪かったな」
「そんなことより、映画見に行こうぜ。ほら、前に話したやつ」
前に話したやつ、と言うのはスマホを目の前に出されて「これ見たいんだよね」と熱烈にプレゼンされた映画だ。
その映画は、どこにでもいる一人の医者が書いた小説で、とても感動できると話題になったものだ。SNSでも映画化したことが有名だった。
しかし、俺は大して興味がなかった。
「見に行くなら一人で行け」
ぶっきらぼうに返すと「じゃあゲーセン行こうぜ」と強制的に腕を引かれた。
***
帰り道、友人に言われたことを思い出しながら家に向かっていた。
友人にとっては簡単に聞こえるかもしれないが、自分にとってはとてつもなく難しいのだ。
なぜなら手放さない未来が想像できないから。どうやって引き止めればいいのかが全く分からないのだ。
それでも、もし一言で行動を表現できるとしたら…
「「今度は手放さなければいいだけ…」」
誰かと声が重なった。すれ違った人と重なった。聞き覚えのある声だった。ずっと胸にしまっておきたい声。
振り返ると、相手も同じくこちらを見ていた。目が合った。気づけば頬が濡れていた。止まることを知らず、涙はいつまでも流れ出てくる。
「あ…すみません。どうして泣いてるんだろう…」
「いや、俺も泣いてしまって…」
見ると、確かに男の子も泣いていた。視界がぼやけてよく見えないが、目を擦っているのだけはよく分かる。
初めて会ったはずなのに、どうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろう。
目の前にいる人には泣いて欲しくない。泣いている顔よりも笑った顔が見たい。
「俺たち、どこかで会いましたか?」
大護が逢花に聞く。
「会ってない、会ってないはずなのに…」
会ったことはないはずなのに、愛しく、懐かしく感じる。
「ずっと逢いたかった…」
大護が言った。会ったことがないはずなのに、どうして会いたいと思っているのだろう。初対面の人に言われたのに、どうしてこんなにも嬉しく感じるのだろう。
逢花は言わなければいけないような気がした。でもそれは、初対面の異性に言うことじゃない。絶対に気持ち悪がられる。
頭では分かっていたはずなのに、もう逢花の口に歯止めは効かなかった。
「世界中の誰よりも、あなたを愛していた気がする」
言ってしまった。初対面なのに「愛してる」なんてありえない。即座に謝ろうとした。
でも、大護は嬉しそうに微笑んだ。初対面のはずなのに、「愛してる」という言葉をずっと聞きたかった気がしたのだ。
大護の笑顔を見て逢花は安堵した。というよりも、ずっと見たかった笑顔を見れたことが一番嬉しかった。
「世界中の誰よりも君を想っていた気がする」
それは逢花に対する返事と言ってもよかった。その言葉に胸が張り裂けそうになるほど嬉しかった。初対面のはずなのに。
もういっそ、思ったことを全部言ってしまおう。誰にも止められない。誰にも止めてほしくない。
「あなたの幸せを願っていた気がする」
「君の笑顔を守りたかった気がする」
名前も知らない人が発する一言一言が嬉しくて、さらに涙が多く溢れ出した。
逢花はどうしても聞きたいことがあった。
「ねえ、幸せになってくれた?」
「ああ、俺は今きっと幸せだ」
求めていた答えが返ってきたことで、逢花はもう全てがどうでも良かった。
「今度は手放さない」
大護は友人の言葉を思い出した。確かにもう二度と手放さなければいいだけだ。
この手を優しく、そして強く握って離したくない。
「うん、離さないで」
逢花も離れたくなかった。離れて欲しくなかった。今度こそ、ずっと。
『恋と愛の違いって知ってる?』
そんなこと今はどうだっていい。
今はとにかく、目の前にいる人を見つめていたい。
今はとにかく、この大切な人と一緒にいたい。
今はとにかく、この愛しい人と笑っていたい。
それはきっと、この人も同じことを思ってる。
恋と愛の違いなんて知ったこっちゃない。
ただ隣にいて、笑って、泣いて、心から「好きだ」と「愛してる」と言えればそれでいいじゃないか。
***
二人の女の子が話していた。二人のそばに黒縁メガネをかけた男の医者がいる。
そこは墓場だった。三人はそれぞれ花束を持っていた。
二人の女の子は何かを決めたように頷き合った。
その二人は医者にある文を伝えた。それは医者が想像していたものよりも素晴らしいものだった。
ボブカットの女の子が「せーの」と合図をした。そして三人で同時に言い、各々が持っていた花束を、少女と少年の二人の写真の前に捧げた。
<願わくば、彼らに幸の花束を>
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