熱のない部屋で

中道舞夜

文字の大きさ
16 / 69

第16話 告白

しおりを挟む
鈴木が旅立ってから、春が来て夏を過ぎ秋も終わりを迎え季節は冬になっていた。
まもなく1年を迎えようとしている。この1年は色々とあった。


早苗は、この1年の出来事を振り返っていた。

『始まりは鈴木からの【業務外】という件名のメールだったな。飲みの誘いかと思って開いたら、本文に「合鍵を預かってほしい」と書いてあって………驚いて飲んでいたお茶を拭きこぼしたんだよな。』

早苗は思い出して苦笑した。

『何事?と戸惑いながらも向かった居酒屋の帰り際、鈴木が私側の扉を開いて隣に座ってきて……酔っぱらったと思って、からかったらそのまま抱きしめられたな……ビックリしたけどそれ以上に嬉しくてそのまま……。あの時、お互い情熱的で必死だったな……』

今度は、なんだか照れ臭くなった。


『休みの日は、鈴木の家でソファベットで後ろから抱きしめられながら仕事のこと、子供の頃のこと、家族のことなどいろいろな話をしたなー。

鈴木の息が首元にかかってくすぐったいけど、反応したらまた悪戯してきそうだから必死に堪えていたんだよな。

一人暮らし用の狭いキッチンで一緒に料理をしてご飯を食べて……好みの味を知りたくて、いっぱい味見をさせていたな。豚汁が出ると喜ぶので最後の方が豚肉を使った料理ばかり作っていたな…。』


1年前のことだというのに、早苗は鈴木の部屋で過ごしたことをつい先日のことのように思い出す。



『そのあとは…………。』

途端に早苗の顔が曇る。

3月の一時帰国の際に旅行の計画を立てていた。二人での旅行は初めてで、お互い気になるところを調べたり舞い上がっていた。

しかし、不測の事態で一時帰国は幻となった。3か月に一回は帰国予定だったが長期の遠距離恋愛となってしまい、そして今もなお状況は変わらず会えていない。


仕事が終わり家でくつろいでいると鈴木からテレビ電話がかかってきた。
いつもと変わらない様子で話し始める。


出掛けられず家にこもりがちなので顎周りが少しふっくらとした鈴木が画面越しから顔を出す。

「今日さ、合鍵の話をするために二人で飲みに行った日だな」


『鈴木って元々連絡マメじゃないから記念日を覚えているとは思っていなかった……』早苗は驚いたが「そうだね」と相槌を打った。

先ほどあの日のことを思い返していたばかりだったので嬉しくなった。


「俺さ……楠木のこと、入社して彼氏と別れてすぐの頃から狙っていたんだよ」
鈴木の言葉に早苗はさらに驚いた。

『狙っていた……??どういうこと?』


「だけど全然気が付かないの。宅飲みで買い出しとか口実に二人きりにして欲しいって事前に先輩にお願いしてたのに全然気が付かないの」鈴木は、少し拗ねたような口調で続けた。

「え?先輩のために開いたんじゃないの?」

早苗は本当にそう思っていた。
その飲み会は鈴木の先輩が早苗と仲のいい先輩を気になっているから誘ってほしいと聞いていた。


「俺と楠木を接近させるのが本当の目的。先輩には、俺からそういう設定にしてほしいって頼んでいたの。それなのに、自分は脇役だからって一生懸命華を持たせようとしたり、二人になっても楠木、先輩の話しかしないから言える雰囲気じゃなかった。少しは勘づけよ!と思ったけど、それも楠木らしいなと感じてそのまま同僚でいることにした」


早苗は、鈴木の言葉を一つ一つ反芻しながら過去の出来事を思い返していた。


確かに、あの飲み会では買い出しに行こうとすると、『場所が分からないだろうから……』と先輩が言い鈴木が着いてきてくれた。でもまさか鈴木が頼んでいたことだったとは…。


「全然気が付かなかった。だって鈴木、前の彼女は小柄で妹キャラの清楚系の子だったんでしょ?それで私、自分と正反対だから鈴木の恋愛対象になるのは無理だなって思って諦めただよね」
早苗は少し照れながら当時の心境を打ち明けた。


『楠木には彼女がいたことを話さなかったのに知っていたのかよ……』
鈴木は舌打ちしたい気分になった。


「なんだよそれ……。見た目だけで選ばないよ。楠木のことは本当に気になっていた。
だけど、脈がないと思って他の子とも付き合った。結局長続きしなかったけど……。

そうしたら海外赴任の話が来て、このままただの同僚でいたら海外行ってる間に他の男に取られるかも、もしかしたら結婚しているかもと思って合鍵の話をしたんだよ。断られたらキッパリ諦めようと思ったら『了解』て。
だから、俺の気持ち分かってそのうえでのOKなのかと思って期待込めて会ったら全然気が付いてなくて酔ったふりしたんだよな」
鈴木は笑って言う。

「え……ふりだったの!???」
早苗は驚きのあまり声を上げた。
あの日、早苗側の扉を開けたのはいつもよりお酒が進み酔っぱらっていたからだと思っていた。



『ふりだったのか……。全然気が付かなかった……。まんまと騙された……。』
悔しさが込み上げてきたが、同時にあの時の鈴木の行動があったから今がある。
そして、お互いの印象を率直に話し合うのは初めてだったので新鮮で嬉しかった。


『私と鈴木はお互いが思っている以上に前から好意を寄せていたんだ。海外出張は単なるきっかけでもっと前から私のことを好きでいてくれたんだ……』その事実が嬉しかった。


合鍵を受け取るために会った居酒屋で抱きしめられた時も、付き合ってからも鈴木は「好き」という言葉を言わなかった。それは早苗も同じだった。


「好き」を多用するとなんだか薄っぺらく感じた。「好き」「好き」と言い合ったり人前でいちゃつくカップルは冷めるのも早くすぐに別れそう。そんな偏見を持っていた。


鈴木は買い物の荷物は絶対持ってくれたし、歩く時も早苗の速さに合わせてくれていた。居酒屋では聞く前に早苗が好きな品を注文してくれる。

抱き合っている時に早苗を見る優しい眼差しや、大切なものを触るかのように丁寧に優しく触れて這わせる指。
興奮しながらも早苗が気持ちいいか、感じているかを優先させているところも、言葉はなかったが、鈴木のさりげなく分かりづらい愛情表現が早苗は好きだった。鈴木の愛情が伝わってきて満たされていた。


行動やふとした仕草で相手を思いやる……
そして、言葉にしなくても愛を感じられる。言葉だけが愛を伝える方法ではない。お互いに伝わって満たされているのなら、あえて言葉にする必要はない。大人になって早苗はそう感じていた。
 

早苗は、鈴木のことを思い出しほんのり熱くなっていた。

「それでね、早苗ちゃん……」
急に鈴木の声のトーンが変わった。それまでの和やかな雰囲気から一変、重く、真剣な声になった。

「俺、いつそっちに帰れるか分からないのよ。このまま待たせている今の状況は良くないと思う。だから……別れよう?」


幸せな空気が一遍し、早苗は鈴木の言った言葉をすぐに理解できなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】

remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。 本宮 のい。新社会人1年目。 永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。 なんだけど。 青井 奏。 高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、 和泉 碧。 初恋の相手らしき人も現れた。 幸せの青い鳥は一体どこに。 【完結】 ありがとうございました‼︎

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

処理中です...