悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 18歳

116 恋の痛みを零しましょう

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 エリーナはローゼンディアナ家の馬車でオランドール公爵家へと向かい、駆け込んだ。誰が見ても泣いたと分かる顔で、顔なじみの侍女は目を丸くしてエリーナをサロンに案内し、心休まるハーブティーを淹れてくれた。もう一人がベロニカを呼びに行っている。

 香りを胸いっぱいに吸い込み、温かなお茶が喉を通れば硬くなっていた心が少しほぐれた。ふと窓の外に視線を向ければ、日は暮れ遠い空がうっすら赤さを残していた。その赤さがクリスの髪色を思い起こさせ、エリーナは苦し気に眉根を寄せる。

(ひどいことを言ってしまったわ……でも、今は一緒にいたくない)

 すこし冷静さが戻ってくると、すぐに後悔が押し寄せてきたが今は帰りたくない。それは、エリーナの意地でもあった。

 そしてほどなく、廊下に人気がしてベロニカとリズが入って来た。リズはオランドール公爵家で引き続き行儀見習いをしており、卒業後もここで働くことが決まっている。二人は傷心したエリーナの表情を見るなり目を見開き、ベロニカはエリーナの向かいに、リズは隣に座った。いつもの位置であり、それだけでエリーナは落ち着く。
 侍女が二人のハーブティーを淹れ、一礼して出て行った。気を遣ってくれたのだろう。珍しく二人は戸惑った表情をしており、ベロニカが心配そうな顔で口を開いた。

「エリーナ、何があったの?」

 リズも心配そうに眉尻を下げて、じっとエリーナの顔を見ている。エリーナはその優しい言葉に、堪えきれずに再び涙をこぼす。

「エリーナ様!?」

 突然泣き出したエリーナに、リズはあたふたとしてハンカチで涙を拭うとぎゅっと抱き着いた。優しさが体温を通して伝わってくる。

「泣くなら泣いてしまいなさい。こういう時は、一度出し切ったほうがすっきりするわ」

 その言葉が引き金になって、エリーナは声をあげて泣き出した。ベロニカがエリーナの隣に座って、その頭を撫でる。それがさらにエリーナの涙をあふれさせる。ただ感情に流されるままに泣いた。この世に生まれ落ちた赤子のように、恋の痛みに、苦しみに涙を流す。二人の温かさに、エリーナの砕けた心は少しずつ戻っていく。
 そしてやっとエリーナが鼻をすするくらいまで落ち着いたところで、ベロニカが優しく話を促した。

「それで、どうしたのよ」

 エリーナはカフェでの一件を思い出し、辛そうに眉根を寄せるがぽつぽつと話し出した。クリスに結婚相手について訊かれ胸が痛んだこと、クリスが家を出て行く準備をしていること、ラウルを結婚相手に勧められ傷つき、クリスにひどい言葉をぶつけてしまったこと。二人は相槌を打ちながら静かに話を聞き、リズは途中から鼻をすすってもらい泣きをしていた。
 そして話が一区切りし、エリーナがハーブティーに手を伸ばしたところでベロニカが口を開いた。

「ひとまず、クリスさんに二三発ビンタをしないと気が済まないわね」

「そうですよ。エリーナ様を泣かせて、ただじゃ済まさないんですから!」

 憤りを露わにする二人に、エリーナは少し表情が和らいだ。二人が味方してくれることが、これほど心強いとは思わなかった。

「帰りたくなかったら、ずっとここにいればいいわ」

「そうです。クリス様が来ても追い払ってあげますから!」

 エリーナはくすりと笑うと、静かに首を横に振った。さんざん泣いて、起こったことを話せば思い知ったのだ。

「私、クリスが好きなの。傷ついても、側にいたいと思ってしまうのよ」

 どんなに悲しくても、辛くてもクリスの顔が浮かんでしまう。

「ほんと、やっと気づいたのね。辛いけど、どうにもならないでしょう?」

「エリーナ様が成長されて嬉しいです」

 諦めたような、それでいて少し困ったような表情のベロニカは自分自身もその想いを抱いたことがあるからこその言葉だ。そしてリズはキラキラと目を輝かせ、エリーナの手を握っていた。
 エリーナは照れた表情をベロニカに向け、そして反対のリズにはむっとした表情を向けた。

「化石のリズには言われたくないわ」

 彼氏は二次元、推しにときめけど現実の男にはときめかないのだ。

「え~! エリーナ様ひどい!」

 そして少し間があったあと、三人は笑い合う。エリーナの顔に笑顔が戻り、二人は安心して表情をやわらげた。クリス許すまじの思いは揺るがないが……。

「じゃぁ、これからどうするの? クリスさんに想いを伝えたいと思ってる?」

「……まだ、勇気がでないです。断られるのが怖くて、一歩踏みだしてしまえば後戻りできないと思うと……。家族に、戻れないのが怖いんです」

 エリーナは自分でも臆病だなと思う。だが、その想いを持っていたはずの彼らに好意を伝えられたことが、エリーナを後押ししていた。

「そうね。でも、一歩踏み出さなければ何も変わらないわ」

 ベロニカの言葉には重みがあり、隣で「その通り」と頷いているリズより何倍も頼りになる。もちろんリズもエリーナの支えにはなっているが……。

「はい……だから、まずはラウル先生に会って断ろうと思います」

「どうして? クリスさんが駄目だった時のために、残しておこうとは思わないの?」

 少し意地悪な言い方だが、恋は時に打算的でもある。特に結婚という大切なものが関わればなおさらだ。

「それは……クリスに断られたから、ラウル先生のところにいくのはずるいと思って……。それに、先生を騙しているみたいで嫌です」

「エリーナ様って、いい人ですね。そんなエリーナ様だから、みんなが好きになったんだと思いますよ」

 リズはしみじみと得意顔で頷く。どことなく上から目線なのが気になって、エリーナはリズのわき腹を突いた。

「ひゃぁ!」

 くすぐったがりのリズは飛び上がって奇声を上げる。そしてそれを見た二人がくすくすと笑うところまでが、いつもの流れだ。

「エリーナ。ラウル先生にも、クリスさんにも胸を張って自分の気持ちを伝えてきなさい。ダメだったら慰めてあげるわ。なんならうちの兄と結婚して、家族になればいいのよ」

 それはあきらかに、クリスに対する嫌がらせだ。

「はい!」

 エリーナはふっきれた笑みを浮かべ、「ありがとうございました」と軽く頭を下げたのだった。そして夕食の前に侍女たちに湯あみを案内され、エリーナはサロンを後にする。泣いた後の目は腫れやすいため、入念に手入れをするようにとベロニカから指示が飛んでいた。



 サロンに残った二人は静けさの中で目を合わす。そこには明確なクリスに対する怒りが潜んでいた。

「事が全て終わったら、乗り込みに行くわよ」

「もちろんです。エリーナ様に想われていることにさっさと気づいて、くっつけって感じですよね」

 二人の中でクリスがエリーナのことを想っているのは暗黙の了解なので、それが前提で話が進む。エリーナがクリスの想いに気づけないのは、幼少期から過剰な愛を注がれていたことと、本人の恋愛レベルの低さのせいだと結論づけていた。
 だがベロニカは少し表情を翳らして、そうねと零す。

「でも、クリスさんは分からないところが多いわ……エリーナのことを想っているわりには、本人に伝える気がなさそうだし、選ばれる気もなさそうなのよね」

「あ~。それは思いました。なんか、一線引いているというか、近くで見ているだけなんですよね」

 リズはふと、クリスに対する疑惑を思い出した。慣れ親しんだため忘れていたが、彼は本来ゲームの中に登場しないキャラだったのだ。

(でも、転生者でもなかったし……サポートキャラでいいのよね。それともバグ?)

 答えが出るはずもなく、リズは考えてもしかたがないと頭の隅に追いやった。

 そして湯あみを終えたエリーナは申し訳なく思いながらベロニカの家族たちと夕食を一緒にし、夜遅くまで三人でおしゃべりに花を咲かせた。「女子のお泊り会って感じですね」とリズが零したのをきっかけに、三人で同じベッドで寝ることになった。さすがベロニカのベッドは三人が寝ても余裕なぐらい広く、ベロニカは「うるさくしたら蹴り落とすわよ」と鋭い声を飛ばしていたが顔は緩んでいた。
 親友に挟まれたエリーナは、幸せが溢れてうふふと笑う。

「ベロニカ様、リズ。二人に会えて、本当によかったです」

「あら、嬉しいこと言うじゃない。もっと感謝しなさい」

「私も幸せです!」

 素直じゃないベロニカに、嬉しさを包み隠さないリズ。誰からともなく手をつなぎ、三人は仲良く眠りについた。エリーナは暖かさに包まれて、幸せを実感したのだった。
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