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アスタリア王国編
175 お義兄様と踏み込んだ話をしましょう
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敵を制するにはまず味方から。ベロニカに手紙を渡した翌日、エリーナはシルヴィオをお茶に誘った。ナディヤの想い人であり、続編の攻略対象であるシルヴィオ。エリーナとリズの経験からしても、高難易度のキャラだろう。だがよくある乙女ゲームと違い、現在ナディヤに言い寄っている男はいない。シルヴィオルートに絞られているようだった。どうやら続編のシナリオも本来のものとは違うというのが、二人の結論だ。
現在までの情報を整理していると、侍女がシルヴィオの到着を知らせてくれた。ドアが開き、きらびやかな顔が目に入る。絵画か彫像が歩いているようだ。エリーナは立ち上がってシルヴィオを迎え、穏やかな表情で挨拶をする。
「シルヴィオお義兄様、お時間を取っていただきありがとうございます」
「かわいい妹とお茶ができるなんて、最高だからね」
「クリスもいないし」と付け加えるシルヴィオは、相変わらずいたずらっぽい顔で笑っている。おそらくこの後、クリスが双方にお茶会の内容を聞いてくるところまで織り込み済みなのだろう。クリスと話す出汁に使われている。
二人は丸テーブルを挟んで向かい合って座り、侍女がお茶を淹れて一礼して出て行った。招待する時に、あらかじめナディヤについて話したいと伝えてある。
「エリーナと二人きりってのは、ますますクリスに怒られそうだ」
「気兼ねなくお話ができますでしょ?」
いかに王宮勤めの侍女の教育が行き届いているとは言っても、人の口に戸は立てられない。
「それで、ナディヤについてだったね」
シルヴィオはお茶菓子のクッキーをつまみながら、さっそく本題に入る。
「はい。その、お義兄様はナディヤのことをご存知だったんですか?」
最初に会った時や、会話の節々でナディヤを前から知っているようなそぶりを見せていた。そう訊かれたシルヴィオはうんざりした表情を浮かべて、カップに手を伸ばす。
「一時期姉二人からしつこく絡まれていてね。その時に腹違いの妹がいることと、扱いが悪いのは聞いていたよ。それが彼女だとは結びついていなかったけどね」
シルヴィオは紅茶をすすり、一息入れてから「それに」と続きを話し出す。
「実は、亡くなったナディヤの母はクリスの母と仲が良くてね、昔は親交があったんだよ……クリスも何度か会っているはずだけど、あの様子じゃ忘れているね」
「え?」
思わぬ情報に、エリーナはクッキーに伸ばした手を止めた。そう言えばリズから第二王妃がナディヤに声をかけていたと聞いたことがある。
「まぁ、クリスがいなくなってからは、ナディヤは城の図書館にいるようになったから、ほとんど関わりはないのだけどね。今でも気にかけて、時々夜会で話をされているよ」
「そうだったんですか……」
思わぬところでクリスとのつながりがあり、エリーナはお菓子を食べるのを止めて考え込む。
(それって、幼馴染だったってことじゃない?)
もしそうなら、乙女ゲームにおいて幼馴染は有力な攻略対象であり、サポートキャラだ。本来その役目をするはずだったクリスがいなくなり、ナディヤは一人図書館で過ごすようになる……。
(もしかしなくても、クリスが勝手に動いたから?)
その可能性に気づいたエリーナは眩暈がした。クリスのエリーナを想った行動が巡り巡って今に繋がっており、良くも悪くもシナリオが変化している。それは想像の域を出ないが、説得力はあった。これはクリスに確認を取らなければならないと、エリーナは頭にメモをする。
「僕が知っているナディヤについての話は、こんなものかな。僕としては、エリーナがナディヤと仲良くしてくれて、嬉しいよ」
シルヴィオは柔らかく微笑んでおり、ナディヤのことを気にかけていることが分かる。そこで、エリーナはもう一歩踏み込んでみた。
「お義兄様は……恋人をお作りにならないのですか?」
話を変えてそう訊いてみると、シルヴィオは軽く吹きだして肩を震わせて笑った。カップが小刻みに揺れている。
「唐突だね。あいにく女性と付き合っても長続きしなくてさ。機会があればってところかな」
「えっと、では。好みのタイプは……」
遠回りをしつつナディヤについて訊きたいのがバレバレであり、シルヴィオは口に手をやっておかしそうに笑いだす。
「エリーナは分かりやすいな。つまり、僕がナディヤをどう思っているかを聞きたいんだろ?」
呆れた顔で核心をつかれ、エリーナは少し顔を赤らめて「はい」と小さく頷いた。シルヴィオはカップをテーブルに置くと、温かい視線をエリーナに向けた。それは、シルヴィオが絵を見つめるときのような、真剣で優しさがある瞳。
「僕はナディヤのことを好ましく思っているよ。僕の絵を何より好きでいてくれる子だからね。僕より僕の絵を見ている子なんて、初めて会ったからさ」
他の令嬢の関心はシルヴィオの容姿であり、絵を褒め、描いてほしがるが作品自体に興味はないのだ。
「でも……彼女は気弱で優しすぎるから、僕の隣に立たせるのは可哀想だとも思う。王族の妃ともなれば、公務もある。彼女に耐えられる気がしないんだ」
それは、エリーナも同意である。だが、ナディヤは案外しぶとく、変わろうとしていることも知っている。少なくとも、自分の想いを口にする勇気は持っていた。
「そこは、頑張りしだいだと思いますわ。わたくしも精一杯お手伝いしていますし」
現在悪役令嬢ごっこで、強気な悪役令嬢の演技指導をしている。演技でも強気に振舞えば、少しずつ性格にも影響してくるからだ。
「それと、姉たちのことかな……グリフォン侯爵はいいとしても、あの二人はどうにかしないと未来に不安が残る」
アスタリアでは王族の権力を保つために、王家に嫁いだ場合生家とは一線引くこととなる。歴史を見ても、王妃の親族が政治に絡んだために滅んだ国が数多くあるからだ。そのため、近隣三国では王妃の親族とは一定の距離を保つ方針を取っている。とはいえ、王妃の親族に厄介なものがいると、少々問題であるのも事実だ。
「それに関しては、考えがございますの」
「考え?」
エリーナはニコリと微笑み、体を前にして声を落とす。
「はい。実はそのことで少し相談が……」
黒さのある笑みであり、その表情にクリスの影がちらつく。
「エリーナ……クリスに似てきたね」
「あら、最高の誉め言葉ですわ」
そしてエリーナはシルヴィオに悪役令嬢劇場の計画を話し、協力をお願いする。渋い顔をして聞いていたシルヴィオは、「ほんとうにそれをやるの?」と何度も聞いた。心配そうな顔を向けられるが、エリーナの意思は固い。
「ですから、見守っていてくださいね」
日は着々と迫ってきている。エリーナは小悪魔な笑みを浮かべ、さらに計画を進めていくのである。
現在までの情報を整理していると、侍女がシルヴィオの到着を知らせてくれた。ドアが開き、きらびやかな顔が目に入る。絵画か彫像が歩いているようだ。エリーナは立ち上がってシルヴィオを迎え、穏やかな表情で挨拶をする。
「シルヴィオお義兄様、お時間を取っていただきありがとうございます」
「かわいい妹とお茶ができるなんて、最高だからね」
「クリスもいないし」と付け加えるシルヴィオは、相変わらずいたずらっぽい顔で笑っている。おそらくこの後、クリスが双方にお茶会の内容を聞いてくるところまで織り込み済みなのだろう。クリスと話す出汁に使われている。
二人は丸テーブルを挟んで向かい合って座り、侍女がお茶を淹れて一礼して出て行った。招待する時に、あらかじめナディヤについて話したいと伝えてある。
「エリーナと二人きりってのは、ますますクリスに怒られそうだ」
「気兼ねなくお話ができますでしょ?」
いかに王宮勤めの侍女の教育が行き届いているとは言っても、人の口に戸は立てられない。
「それで、ナディヤについてだったね」
シルヴィオはお茶菓子のクッキーをつまみながら、さっそく本題に入る。
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最初に会った時や、会話の節々でナディヤを前から知っているようなそぶりを見せていた。そう訊かれたシルヴィオはうんざりした表情を浮かべて、カップに手を伸ばす。
「一時期姉二人からしつこく絡まれていてね。その時に腹違いの妹がいることと、扱いが悪いのは聞いていたよ。それが彼女だとは結びついていなかったけどね」
シルヴィオは紅茶をすすり、一息入れてから「それに」と続きを話し出す。
「実は、亡くなったナディヤの母はクリスの母と仲が良くてね、昔は親交があったんだよ……クリスも何度か会っているはずだけど、あの様子じゃ忘れているね」
「え?」
思わぬ情報に、エリーナはクッキーに伸ばした手を止めた。そう言えばリズから第二王妃がナディヤに声をかけていたと聞いたことがある。
「まぁ、クリスがいなくなってからは、ナディヤは城の図書館にいるようになったから、ほとんど関わりはないのだけどね。今でも気にかけて、時々夜会で話をされているよ」
「そうだったんですか……」
思わぬところでクリスとのつながりがあり、エリーナはお菓子を食べるのを止めて考え込む。
(それって、幼馴染だったってことじゃない?)
もしそうなら、乙女ゲームにおいて幼馴染は有力な攻略対象であり、サポートキャラだ。本来その役目をするはずだったクリスがいなくなり、ナディヤは一人図書館で過ごすようになる……。
(もしかしなくても、クリスが勝手に動いたから?)
その可能性に気づいたエリーナは眩暈がした。クリスのエリーナを想った行動が巡り巡って今に繋がっており、良くも悪くもシナリオが変化している。それは想像の域を出ないが、説得力はあった。これはクリスに確認を取らなければならないと、エリーナは頭にメモをする。
「僕が知っているナディヤについての話は、こんなものかな。僕としては、エリーナがナディヤと仲良くしてくれて、嬉しいよ」
シルヴィオは柔らかく微笑んでおり、ナディヤのことを気にかけていることが分かる。そこで、エリーナはもう一歩踏み込んでみた。
「お義兄様は……恋人をお作りにならないのですか?」
話を変えてそう訊いてみると、シルヴィオは軽く吹きだして肩を震わせて笑った。カップが小刻みに揺れている。
「唐突だね。あいにく女性と付き合っても長続きしなくてさ。機会があればってところかな」
「えっと、では。好みのタイプは……」
遠回りをしつつナディヤについて訊きたいのがバレバレであり、シルヴィオは口に手をやっておかしそうに笑いだす。
「エリーナは分かりやすいな。つまり、僕がナディヤをどう思っているかを聞きたいんだろ?」
呆れた顔で核心をつかれ、エリーナは少し顔を赤らめて「はい」と小さく頷いた。シルヴィオはカップをテーブルに置くと、温かい視線をエリーナに向けた。それは、シルヴィオが絵を見つめるときのような、真剣で優しさがある瞳。
「僕はナディヤのことを好ましく思っているよ。僕の絵を何より好きでいてくれる子だからね。僕より僕の絵を見ている子なんて、初めて会ったからさ」
他の令嬢の関心はシルヴィオの容姿であり、絵を褒め、描いてほしがるが作品自体に興味はないのだ。
「でも……彼女は気弱で優しすぎるから、僕の隣に立たせるのは可哀想だとも思う。王族の妃ともなれば、公務もある。彼女に耐えられる気がしないんだ」
それは、エリーナも同意である。だが、ナディヤは案外しぶとく、変わろうとしていることも知っている。少なくとも、自分の想いを口にする勇気は持っていた。
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