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推しを隠すはファンの恥
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翌日の放課後、ユーリオとは別行動をして動いていたミレアは、カタカタと震えていた。紅茶のかぐわしい香りも、上品なクッキーの甘さも感じることができない。
「そんなに緊張していないで、さっさと食べなさい」
推しのために動いていたミレアの目の前で、推しのグレイシアが動き、お茶を飲んでいた。ここは学園に設けられたサロンで、学生の中でも限られた上流の人たちのみ使うことを許されている場所だ。公爵令嬢のグレイシアともなれば、専用のサロンが一室与えられており、放課後になって学園を歩き回っていたミレアは見覚えのある執事に声をかけられ、このサロンに案内されたのだった。
ドアの向こうにグレイシアが見えた瞬間卒倒しかけたが、ファンの根性で踏みとどまり、挨拶をこなした自分をほめたいミレアだ。執事からグレイシアがお話をしたいのだと聞かされ、感動に瞳を潤ませ、緊張に体を震わせているのが今の状態である。
(うわぁぁぁ、グレイシア様が、グレイシア様が、紅茶を飲んでクッキーを食べてるぅぅ! 女神様も人間なんだ)
気が動転し、頭の中はお祭り騒ぎ。
(ゆう、ごめん! 抜け駆けしたつもりはないから! 帰ったらグレイシア様のお言葉を一言一句欠かさず伝えるからね!)
心の中で別行動中のユーリオに謝り、震える指先でクッキーをつまんだ。
(わぁぁぁ、ラミネートしたい。いや、食べ物だからフリーズドライ? 無理だわ! なんでこの世界に魔法がないのよ!)
頭の中で絶叫しつつ、クッキーを口に入れる。食べやすい一口サイズで、絞り出したクッキーの形がかわいかった。さくっとした食感に、バターの香りが口いっぱいに広がる。甘さはすっと引いていき、余韻が残った。
「おいしいです……」
思わず呟いたミレアに、グレイシアは満足そうに微笑むのだった。勧められるままにミレアは紅茶を飲み、落ち着いたところでグレイシアが本題に入る。
「ごめんなさいね、突然お呼びして。昨日はあまり話せなかったから、執事に探してもらったの」
ティーカップを片手に女神の微笑を浮かべるグレイシアに、空いている左手がスマホを探しそうになった。
「そ、そんな。こちらこそ、昨日はご無礼を……」
「うふふ、だからそう畏まらなくていいわ。今日はちょっと話したいことがあって呼んだのよ」
「え……なんでしょうか」
愛するグレイシアが聞きたいと言えば、洗いざらい白状するつもりのミレアだ。グレイシアは咳払いをすると、少し照れたような、困ったような表情で口を開いた。
「その……あなたと、ユーリオ伯爵令息は幼馴染で婚約者だと聞いているのだけど、そうよね?」
「あ、はい。そうです」
幼馴染かつ腐れ縁というか、しかも今世では婚約までしている。前世でも婚約者扱いに近かったから変わらないと言えば変わらないが。
「私の記憶によれば、二人はそこまで仲がいいように見受けられなかったのだけど……」
そうグレイシアに言われ、ミレアは自分の、ミレアの記憶をたどる。ユーリオと婚約したのは十二の時だったが、物心ついた時には一緒に遊んでいて、半分家族として育った。だが、仲が良かったかと言われるとそうでもない。
二人で会っても話が盛り上がるわけでもなく、夜会でエスコートをしてもらってもすぐに別行動をしていた。学園でも一緒にいることはほとんどなく、挨拶を交わすくらいだ。婚約しているから仕方なく、という雰囲気だったのだ。それが突然一緒に行動し、楽しそうに話していれば、周りは驚く。
「あ~、まあ、親が決めた結婚ですから、話すこともなかったんですけど……」
さすがに前世の記憶が戻ったなんていう馬鹿げた話をするわけにもいかないので、理由その人に視線を向けてはにかんだ。
「最近、同じ趣味といいますか、好きなものが同じだってことを知って……それで、一緒にいるようになったんです」
「そうだったの……趣味、好きなものね」
何か思うところがあるのか、口の中で繰り返して考えこむ様子のグレイシアに、ミレアは何かお悩みでもあるのかと心配になる。グレイシアに笑って楽しく生きて欲しい。そのための障害は何が何でも取り除く。それが昨日ユーリオと誓ったことだ。
グレイシアは紅茶をもう一口飲むと、カップの縁を指でなぞる。
「そういう話は、どちらからしたの?」
「え……っと、どちらと言われましても」
ミレアとユーリオはすでに互いがグレイシア様推しであることを知っていたので、記憶は前世まで戻らないといけない。そもそも、お互いがオタクだと分かったのは何がきっかけだっただろうか。少し記憶を遡ったミレアは、小さく「あっ」と声を出す。グレイシアの眉がぴくりと動いた。
「たしか、私が誘ったんです。好きなえ……劇を一緒に見ようって」
中学生になって一緒にいると周りからからわかれることが増えたから、少し距離を置いていた時、親同士が飲み会をするからと勇志も連れてこられたのだ。気恥ずかしさと気まずさで微妙な関係だったが、ご飯を食べ終わると子どもは暇になるので、リビングに続いている部屋でアニメ映画を見た。その時美亜がドはまりしていたアニメの映画版で、推しのたまに味方をしてくれる悪役がたくさん出てくる話だったのだ。
アニメシリーズを勇志も見ていたので一緒に見たのだが、映画を見終わった勇志がぽつりと呟いたのだった。「この悪役、かっこいい」と。そこから、美亜は止まらなくなった。自分の好きなものを褒められて嬉しくないはずがない。録画したアニメシリーズで推しが出てくるところを全て見せ、重要なシーンは一度止めてキャラへの愛を語った。そして気づけば、勇志も同じ沼に落ちていたのである。
「……という感じなんです」
話をグレイシアにも伝わるように変え、少し恥ずかしく思いながらも話した。グレイシアは相槌を打ってくれて、改めて推しと会話していることにミレアはじんわりと感動する。
「そうなのね……好きな物、今度話してみようかしら。……それで、あなたたちの好きな物って何なの? 有名な劇?」
「えっ」
まさかさらに聞かれるとは思わず、ミレアは一瞬言葉に詰まる。視線が泳いでしまい、ちらりとグレイシアの表情を伺った。
(適当な劇の名前を言えばごまかせるけど、推しの前で堂々と推していると言えないのは、ファンの恥だわ!)
ミレアは膝の上に置いていた手をぐっと握りしめ、唾を飲みこんでグレイシアの顔をまっすぐ見つめる。
「……グレイシア様です」
「そんなに緊張していないで、さっさと食べなさい」
推しのために動いていたミレアの目の前で、推しのグレイシアが動き、お茶を飲んでいた。ここは学園に設けられたサロンで、学生の中でも限られた上流の人たちのみ使うことを許されている場所だ。公爵令嬢のグレイシアともなれば、専用のサロンが一室与えられており、放課後になって学園を歩き回っていたミレアは見覚えのある執事に声をかけられ、このサロンに案内されたのだった。
ドアの向こうにグレイシアが見えた瞬間卒倒しかけたが、ファンの根性で踏みとどまり、挨拶をこなした自分をほめたいミレアだ。執事からグレイシアがお話をしたいのだと聞かされ、感動に瞳を潤ませ、緊張に体を震わせているのが今の状態である。
(うわぁぁぁ、グレイシア様が、グレイシア様が、紅茶を飲んでクッキーを食べてるぅぅ! 女神様も人間なんだ)
気が動転し、頭の中はお祭り騒ぎ。
(ゆう、ごめん! 抜け駆けしたつもりはないから! 帰ったらグレイシア様のお言葉を一言一句欠かさず伝えるからね!)
心の中で別行動中のユーリオに謝り、震える指先でクッキーをつまんだ。
(わぁぁぁ、ラミネートしたい。いや、食べ物だからフリーズドライ? 無理だわ! なんでこの世界に魔法がないのよ!)
頭の中で絶叫しつつ、クッキーを口に入れる。食べやすい一口サイズで、絞り出したクッキーの形がかわいかった。さくっとした食感に、バターの香りが口いっぱいに広がる。甘さはすっと引いていき、余韻が残った。
「おいしいです……」
思わず呟いたミレアに、グレイシアは満足そうに微笑むのだった。勧められるままにミレアは紅茶を飲み、落ち着いたところでグレイシアが本題に入る。
「ごめんなさいね、突然お呼びして。昨日はあまり話せなかったから、執事に探してもらったの」
ティーカップを片手に女神の微笑を浮かべるグレイシアに、空いている左手がスマホを探しそうになった。
「そ、そんな。こちらこそ、昨日はご無礼を……」
「うふふ、だからそう畏まらなくていいわ。今日はちょっと話したいことがあって呼んだのよ」
「え……なんでしょうか」
愛するグレイシアが聞きたいと言えば、洗いざらい白状するつもりのミレアだ。グレイシアは咳払いをすると、少し照れたような、困ったような表情で口を開いた。
「その……あなたと、ユーリオ伯爵令息は幼馴染で婚約者だと聞いているのだけど、そうよね?」
「あ、はい。そうです」
幼馴染かつ腐れ縁というか、しかも今世では婚約までしている。前世でも婚約者扱いに近かったから変わらないと言えば変わらないが。
「私の記憶によれば、二人はそこまで仲がいいように見受けられなかったのだけど……」
そうグレイシアに言われ、ミレアは自分の、ミレアの記憶をたどる。ユーリオと婚約したのは十二の時だったが、物心ついた時には一緒に遊んでいて、半分家族として育った。だが、仲が良かったかと言われるとそうでもない。
二人で会っても話が盛り上がるわけでもなく、夜会でエスコートをしてもらってもすぐに別行動をしていた。学園でも一緒にいることはほとんどなく、挨拶を交わすくらいだ。婚約しているから仕方なく、という雰囲気だったのだ。それが突然一緒に行動し、楽しそうに話していれば、周りは驚く。
「あ~、まあ、親が決めた結婚ですから、話すこともなかったんですけど……」
さすがに前世の記憶が戻ったなんていう馬鹿げた話をするわけにもいかないので、理由その人に視線を向けてはにかんだ。
「最近、同じ趣味といいますか、好きなものが同じだってことを知って……それで、一緒にいるようになったんです」
「そうだったの……趣味、好きなものね」
何か思うところがあるのか、口の中で繰り返して考えこむ様子のグレイシアに、ミレアは何かお悩みでもあるのかと心配になる。グレイシアに笑って楽しく生きて欲しい。そのための障害は何が何でも取り除く。それが昨日ユーリオと誓ったことだ。
グレイシアは紅茶をもう一口飲むと、カップの縁を指でなぞる。
「そういう話は、どちらからしたの?」
「え……っと、どちらと言われましても」
ミレアとユーリオはすでに互いがグレイシア様推しであることを知っていたので、記憶は前世まで戻らないといけない。そもそも、お互いがオタクだと分かったのは何がきっかけだっただろうか。少し記憶を遡ったミレアは、小さく「あっ」と声を出す。グレイシアの眉がぴくりと動いた。
「たしか、私が誘ったんです。好きなえ……劇を一緒に見ようって」
中学生になって一緒にいると周りからからわかれることが増えたから、少し距離を置いていた時、親同士が飲み会をするからと勇志も連れてこられたのだ。気恥ずかしさと気まずさで微妙な関係だったが、ご飯を食べ終わると子どもは暇になるので、リビングに続いている部屋でアニメ映画を見た。その時美亜がドはまりしていたアニメの映画版で、推しのたまに味方をしてくれる悪役がたくさん出てくる話だったのだ。
アニメシリーズを勇志も見ていたので一緒に見たのだが、映画を見終わった勇志がぽつりと呟いたのだった。「この悪役、かっこいい」と。そこから、美亜は止まらなくなった。自分の好きなものを褒められて嬉しくないはずがない。録画したアニメシリーズで推しが出てくるところを全て見せ、重要なシーンは一度止めてキャラへの愛を語った。そして気づけば、勇志も同じ沼に落ちていたのである。
「……という感じなんです」
話をグレイシアにも伝わるように変え、少し恥ずかしく思いながらも話した。グレイシアは相槌を打ってくれて、改めて推しと会話していることにミレアはじんわりと感動する。
「そうなのね……好きな物、今度話してみようかしら。……それで、あなたたちの好きな物って何なの? 有名な劇?」
「えっ」
まさかさらに聞かれるとは思わず、ミレアは一瞬言葉に詰まる。視線が泳いでしまい、ちらりとグレイシアの表情を伺った。
(適当な劇の名前を言えばごまかせるけど、推しの前で堂々と推していると言えないのは、ファンの恥だわ!)
ミレアは膝の上に置いていた手をぐっと握りしめ、唾を飲みこんでグレイシアの顔をまっすぐ見つめる。
「……グレイシア様です」
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