幼馴染と転生したから、推しの悪役令嬢を救います

幸路ことは

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推しの影響力は測り知れない

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 グレイシアとのお茶会を済ませたミレアは、待ってくれていたユーリオと一緒に馬車に乗り込んだ。ユーリオはしっかり情報収集をしてきたようで、このあといつものようにザッケンベルト家で話そうとしていたのだ。いつもなら気安い挨拶をして、他愛のない話をするのだが、ミレアは一向にユーリオの顔が見られずにいた。

(も~! グレイ様のせいよ! 意識しちゃうじゃない。好きだなんて認めたくないのに!)

 目の前にユーリオがいると思うと緊張して、鼓動が鳴りやまない。ユーリオから話を振られても、「あー」とか「うん」とか、言葉少なに返していた。馬車の向かいに座っているユーリオは先程から口数が少なく、目を合わせないミレアを見て、小難しい顔をしていた。馬車が動きだしてしばらくは黙っていたのだが、その沈黙に耐え切れなくなって口を開く。

「あの、よ。……なんか、あったのか?」

 気遣った控えめな口調で、ミレアは顔を上げて目を瞬かせる。だが目が合った瞬間気恥ずかしくなって、すぐに視線を落としてしまった。

「え、別に何もないけど……」
「いつもなら、グレイ様が美しくて~だの、こんな話をして~だの、うるさく話し出すのによ。……その、喧嘩とか?」

 そこまで言われてユーリオに心配されていると気づいたミレアは、慌てて首を横に振る。

「違うの! ちょっとグレイ様と話していたら考えこんじゃって……。最近すごくご苦労をされているようだから」
「あ~……あの大馬鹿がやらかしたんだってな」

 ユーリオも話を聞いたようで、胸の前でバチンと拳と掌を合わせ「許せねぇ、ぶんなぐる」と息巻いた。

(本当は、グレイ様の幼馴染との話もしたいんだけど……なんか、今は言いにくい)

 胸キュンエピソードを聞いた時はすぐにでもユーリオに話したかったのだが、気持ちが揺れている状態では顔が赤くなる気がした。実際、今も少し顔が赤い。そんな状態のミレアをユーリオはじっと見ていた。

「みぃ、やっぱ変だって。顔も赤いし、今日は帰ったらどうだ?」

 ユーリオはぐっと身を乗り出して、顔をミレアに近づけた。突然ユーリオの顔が目の前に来たので、ミレアは驚いてユーリオの胸を押し戻す。

「大丈夫よ! 心配しないで!」

 心配しないでと言ったものの、服の上から触れた固い胸に男らしさを感じてしまい、顔は火が出そうなほど熱くなった。

(何なのよ! ゆうのくせに、ゆうのくせに!)

 どぎまぎしてしまって、ろくに返答ができない。ユーリオは首をひねり、「やっぱり今日は止めて、明日な」と御者に行き先をモンテリオール家に変えるよう伝えた。

「うぅ……ごめん、今日はちょっと調子が悪くて」

 意地を張ったが、今の状態ではろくに考えることもできないし、ユーリオの話を聞くのも無理そうだ。

「気にすんな。俺は今日、馬鹿の被害に遭った人たちと話していざって時の根回しをしただけだからよ」
「そっか、ありがとね。……あ、それと、ごみくずの卒業パーティーに第二王子が来るんだって」

 ミレアは火照る頬を押さえながら、なんとかその情報だけ伝えた。詳しい話は胸の高鳴りが大変なことになりそうなので、今は話せない。

「第二王子っていうと……アルベルト様か。あんまり記憶にないけど、隣国に留学されてるんだったよな」
「うん、そうらしいね」

 それっきり、ユーリオは調子の悪いミレアを気遣ってか話すのを止めた。二人ともよく話すほうなので、一緒にいて静かになることは珍しい。ガタガタと馬車が走る音だけが聞こえて、ミレアは早く着かないかと窓の外へ視線を向けた。

(うわぁぁ、なんかソワソワする~)

 徐々に景色が屋敷の近くのものになり、ミレアが少し緊張を解いたところにユーリオの声がかかる。

「なぁ、みぃ」
「へっ、な、何!?」

 気を緩めていたミレアは声が裏返ってしまい、ユーリオは変な顔をしたがそのまま言葉を続けた。

「あれから、前世の記憶って思い出したりしていないか?」
「え、前世?」

 そう言われて記憶を辿ってみれば、思い出せる最後はゆうと今いる乙女ゲームをしていたところだ。

「ううん。なんで?」
「いや、それならいいんだ。気にすんな……ほら、着いたぞ」

 ユーリオはミレアのかばんを取って渡し、ミレアは「ありがと」とお礼を言って馬車を下りた。しかも屋敷の玄関まで送ってくれて、玄関先に出ていた使用人たちが微笑ましそうに頭を下げていた。それがまた気恥ずかしくて、ミレアは小声でユーリオに話しかける。

「ねぇ、別にここまで送ってくれなくてもいいのに」
「この世界じゃ普通じゃんか。それに、前世でも家の前まで一緒だっただろ」
「それは、家が隣だったからじゃない」

 小声で言い合いながら進むと、私たちに気づいた使用人の一人が重厚なドアを開けてくれた。ちょうど母親がいたようで、ユーリオと話がしたいと玄関まで出てきたので、ミレアは疲れたからと断って自室に向かう。

(ほんと、こっちのお母様もお父様も、ゆうを信頼してるのよね)

 ユーリオは前世でもはきはきと物を言って、行動力があり、礼儀正しいので大人たちに好かれていた。それに大人だけではなく、同年代の女子にも密かに人気だったのをミレアは知っている。
 ミレアは侍女に手伝ってもらいながら、制服から部屋着のゆったりしたワンピースドレスに着替えた。そしてそのままベッドに倒れ込んで天井を見上げる。

(こっちでも、もててるのかな)

 表向きはミレアという婚約者がいるので、女の子たちの話題には上がらないが、密かに思いを寄せる子がいるかもしれない。ミレアはゴロリと寝返りを打つ。一度考え始めたら止まってくれない。

(そういう子から、告白されたりするのかな)

 ふと窓辺に視線を向けると、サイドテーブルに置かれたくまのぬいぐるみが目に入る。あれは、去年の誕生日にまだ記憶が戻っていないユーリオがくれたものだった。その時のユーリオと、今のユーリオは違う。そしてミレアも。

(ユーリオ、最近色んな子と話してるし……もう、好きな子とかできたのかな)

 チクリと胸が痛む。ミレアは跳ね起きて、髪をかき乱した。

「あぁぁ! ダメ! 考えるのやめ!」

 水差しから細工がきれいなガラスのコップに水を入れ、一気に飲んだ。心なしか頭がすっきりした気がする。

(今は告白とか無理だわ。ひとまず、グレイ様の断罪イベントを回避してから考えよ)

 ミレアは夕食まで寝ようと、布団の中にもぐりこんだ。「告白したらいいのに」というグレイシアの言葉が耳の奥でこだまするのに、蓋をしながら……。


 その後一週間、ミレアは時々顔が赤くなるのを体調不良のせいにしつつ、ユーリオとグレイシアを救うために断罪の芽となるものを摘んでいった。そしていよいよ、グレイシア断罪イベントが起こる王子の卒業パーティーとなったのである。
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