幼馴染と転生したから、推しの悪役令嬢を救います

幸路ことは

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「グレイシア・マーベラ。この俺、フーリス・ファン・ドロリスは貴様との婚約を破棄する!」

 絢爛豪華。その言葉がふさわしいパーティー会場に王子の声が響き渡り、人々の話し声も管弦楽団の演奏も止まった。不気味な静寂が広がり、皆の視線の中心にいるのは銀糸の長い髪を縦ロールにし、銀がよく映える紺色の大人びたドレスを見に纏ったグレイシアだ。

 美しいデコルテには大粒のダイヤが光り、腰から下を彩るのは薄青色に染められたシルクのオーガンジーで、散りばめられたダイヤが動きに合わせてシャンデリアの光を美しく返している。
 動く芸術品。ミレアとユーリオが絶賛したグレイシアは、固い表情で王子を睨み返していた。

「お言葉を、理解しかねますが」

 冷え冷えとした声音で、腕を組んだグレイシアは手に持っている閉じた扇を口元に当てる。事態に気づいた人たちが騒めき始め、注目が集まる。その中で、王子へと一人の女の子が近づいていく。

「しらばっくれるな。貴様はエヴィリーに嫉妬し、あらぬ噂を立て、あまつ筆舌に尽くしがたい苛めをしたらしいな!」

 エヴィリーと呼ばれた女の子は王子に肩を抱かれて、灰色の瞳を不安そうに王子に向けてチア。オレンジがかった茶色の髪はウェーブがかかっていて、サイドを編み込み後ろに流している。ピンク色のフリルがついたドレスで、見た目より幼い印象を与えた。可愛いと称される見た目ではある。

「エヴィリー? あぁ、あなたが多方面に迷惑をかけている原因の子ですね」
「なに!? 迷惑をかけているのは貴様のほうだろう! 悪行の数々はすでに明らかであり、俺のエヴィリーを泣かせた罪は重い! よって婚約を破棄する!」

 ビシッとグレイシアを指さして言い放つフーリスは、断罪イベントのスチルそのもの。この後グレイシアの所業が明らかにされ、ヒロインと王子が結ばれてハッピーエンド。悪役令嬢は修道院行きか、国外追放となる。
 グレイシアがギリッと下唇を噛みしめ、一歩踏み出して何かを言おうとした時、鋭い声が周りを囲む人々の中から飛んできた。

「異議あり!」

 それは男女の声で、人垣が割れて声の主が姿を現す。ミレアとユーリオはパーティーの開始からずっと成り行きを伺っていたのだ。グレイシアを救えるその時を。

「グレイ様、大丈夫ですか!?」

 ミレアは急いでグレイシアに駆け寄り、その前に立つ。ミレアもこの日のためにドレスを新調し、グレイシアを守る騎士となるべく着飾っていた。スチルからグレイシアが紺色のドレスを着ることが分かっていたので、ミレアは全体を水色でまとめており、波打ったようチュールに花のコサージュがついた大人しいドレスを着ている。

「ミレア、あなたどうして……?」

 困惑した様子のグレイシアに、ミレアは肩越しに振り返ってニコリと微笑む。安心してくださいと気持ちをこめて。

「応援するって言ったじゃないですか。私たちはいつだって、グレイ様の味方です」
「お前たちは何だ! 突然でてきて、不敬だぞ!」

 フーリスは声を張り上げ、怒りを露わにした。隣でフーリスの腕にくっついているエヴィリーも不愉快そうにしている。

「グレイシア様を無実の言いがかりで、このような場で糾弾されるのは、卑怯だと思いますが?」
 堂々と言い切るミレアに、フーリスは一歩前に踏み出して声を荒げる。
「何を言うか、証言があるんだぞ!」
「では、いつ、どこで、何をされたのか伺ってもよろしいでしょうか」

 ミレアは胸を張って王子に向き合い、ユーリオはミレアとグレイシアから少し離れたところに控えていた。ユーリオは糊の効いた群青色のタキシードを着ており、ミレアがしばらく見惚れたほどよく似合っていた。
 フーリスは心配そうな顔をエヴィリーに向け、「どうだ、言えるか?」とグレイシアが聞いたこともない優しい声音で話しかける。エヴィリーは戸惑い不安そうな表情で、おずおずと口を開いた。

「あの、三週間前のパーティーで、フーリス様の近くにいて目障りだからと罵られ、噴水に落とされそうになりました」

 それは実際にゲーム内で起こっていたイベントで、その時のグレイシアは冷徹そのものだった。だがグレイシアを救うと決めたミレアたちが対策をしていないはずがない。

「あぁ、ブロル侯爵の夜会でしたら、それは変ですね。私たちはずっとグレイシア様の近くにおりましたが、グレイシア様が中庭に出られたことはありませんのに。ねぇ」

 ミレアがユーリオに同意を求めると、ユーリオも「はい」と頷く。

「そういえば、お話をしていた令嬢がグレイシア様にお伝えしたいことがあるとおっしゃっていましたが、ダンスの曲が流れ始めて声をかけられずじまいだったんでした。話につきあってもらって申し訳ありませんでした。そのご令嬢はエヴィリー様のご友人のようでしたので」

 ユーリスは爽やかな笑みを浮かべながら、エヴィリーの矛盾をついていく。彼女は頬を引きつらせると、「そ、それに!」と声に焦りをにじませた。

「学園では私に怖い顔で注意をしてきて、すごく傷つきました。品性がないとか、学園の名に傷がつくとか、ひどいお言葉でしたわ」

 眉を吊り上げたグレイシアが言い返す前に、ミレアが鋭い口調で返す。

「当然でしょう。グレイシア様は公爵令嬢で王太子の婚約者。学園生徒の模範となるお方です。品行方正、容姿も爪の先に至るまで磨き上げられ、振る舞い一つとってもため息がでる美しさなのですよ? あなたのように、ところかまわず王子に声をかけ、目上のご令嬢への言葉遣いもなっておらず、立ち居振る舞いもがさつな人を指導するのは当然でしょう。むしろありがたく思いなさい!」

 さらさらと水が流れるように返される言葉に、フーリスとエヴィリーは圧倒され、咄嗟に言葉が出ない。グレイシアは「やるわね」と嬉しそうに口角を上げた。

「でもでも! 私が人と話しているのを邪魔したり、フーリス様を奪われるからって苛めたりしたんですよ?」
「話している相手は婚約者がいる殿方でしょう? そんな方に色目を使うのは恥ずべきことですし、その苛めについても自作自演だとあなたのお友達から証言が取れています」

 気の弱そうなお友達と話をして情報を引き出したのは、ユーリオの功績だ。エヴィリーは顔面蒼白になり、「怖いわ……」とぎゅっとフーリスの腕にしがみついた。そのわざとらしさは二人の怒りを煽る。だが同時に、フーリスも怒りをためていた。

「なんなんださっきから聞いていれば、まるでエヴィリーが悪いような言い方だな! あぁ、なるほど。さてはお前ら二人、グレイシアの手先か。昔から可愛げがなく、口うるさいやつだったが、とうとう人を使って俺の邪魔をしに来たんだな」

 ふんっと鼻を鳴らしたフーリスは、見下した目でグレイシアを見ていた。

「今回の婚約破棄はエヴィリーに対するものだけじゃなく、貴様自身の行動にも問題があるからだ。貴様は俺という婚約者がありながら、あちらこちらで男と密に話していたではないか。俺のことを愛し婚約したにもかかわらず、これは裏切りだろう」

 たいそうな言い回しで、ミレアは本当に馬鹿なのねと呆れかえる。エヴィリーは「お可哀想に、私はそのようなことしませんわ」と媚びた目を向けていた。ミレアがユーリオにバトンを渡そうと視線を向けた時、冷ややかな声が一刀両断した。


「わたくし、フーリス様を愛しておりませんが?」
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