幼馴染と転生したから、推しの悪役令嬢を救います

幸路ことは

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推しの言葉は神の言葉である

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 推しを壁となって眺めたい。推しの話を聞けば、その様子を想像して楽しむ。それがユーリオの推しに対するスタンスだ。推しが二次元なので、サインももらえず、握手もできないというのもあるが、ユーリオはひっそり愛でるタイプだった。

 前世でも今世でも、年の割には落ち着いていてハキハキと物を言い、特に年上からの信頼が厚い。社交力もあり、何事もそこそこ上手くやる。前世の記憶が戻ってからは、自分のことをどちらかというと有能なモブだと評価していたユーリオは、ただいま狼狽えていた。

「えっと……グレイシア様が私に何の用でしょうか」

 表面上落ち着いて見えているが、頭の中はパニックである。尊い推しであるグレイシアの断罪イベントが一週間後に迫っており、ユーリオは裏工作に励んでいたのだが、見覚えのある従者に呼び止められたのだ。グレイシア様からお話があると。

(みぃの奴……なんかやらかしてないだろうな)

 従者の後をついてサロンへ入るまで、ずっと呼び出された理由について考えており、ミレア以外に思いつかなかった。ユーリオが戦々恐々としていると、ほどよく冷めた紅茶を一口飲み、グレイシアは優雅に微笑んだ。推しの微笑に心の中で尊いと叫ぶ。

「ちょっとお話がしたかったのよ。いつもミレアから話を聞いていたから」

 うふふと笑うグレイシアだが、その目が笑っていない気がしてユーリオは背筋をさらに伸ばす。思えば昨日のミレアは様子が変で、目を合わせないし顔も赤かった。何か関係があるのかと思っていると、用件を切り出された。

「私、回りくどいのが嫌いなので単刀直入に言いますが……ミレアに告白しなさい」
「…………はっいぃ!?」

 ミレアの名が出たのは予想通りだったが、その後に続いた言葉にユーリオの顔は火が出るほど熱くなった。鼓動が激しくなって、心臓が口から出るんじゃないかと思う。もうその反応だけで、ミレアのことが好きだと語っていた。

(なんで告白!? え、てか、俺がミレアのこと好きなのバレて、え、ミレアが話したの? ならミレアにもバレて???)

 頭の中は大混乱で目を白黒させ、顔は赤いと顔面が忙しい。グレイシアはその分かりやすい反応に、口角を上げた。少し黒い笑みだ。

「安心して、ミレアは全く気付いてないわ。これは私のただのお節介よ」

 口元に弧を描き、カップを片手に目を細めるグレイシアに悪役令嬢の威厳を感じ、ユーリオはさらに追い詰められる。

(うわぁぁ、悪役令嬢感すげ~! ずっと見ていたいじゃなくて、ごまかすべきか!? それとも、なんでそんなことおっしゃるのか聞くべき!?)

 ユーリオは赤い顔で眉間に皺を寄せ、「う~」と唸る。恥ずかしさと降りかかった難題に頭が沸騰しそうだ。その間もグレイシアはじっと面白そうに微笑んでユーリオを見ており、紅茶をすすっている。ユーリオが絶品の茶請けだと言わんばかりだ。そしてしばらく無言のせめぎ合いがユーリオの中で続き、観念したと苦々しい声で言葉を返す。

「告白とかは……ちょっと」

 弱弱しい返答に、グレイシアの目がカッと開かれ、ユーリオは肩をびくつかせた。いくら悪役が好きでグレイシアが推しとは言っても、生の悪役令嬢を目の前にすると圧倒される。

「何を言ってるの? そんな全身で告白しているような状態なのに、口にしていないほうがおかしいと思うのだけど。ミレアはどうも鈍いようだし、盛大に焚きつけないと燃えないと思うのよね」

 何やら棘のある言い方に、昨日何を話したんだと今度は背中を冷や汗が伝うユーリオだ。

「あの……全身で告白しているとはどういう」
「そのままの意味よ? 視線や口調を見れば好意を持っているのは丸わかりだわ」

 ぼふっと、頭の上から湯気が出たんじゃないかと思った。

「ま、ま、丸わかりなんですか!?」
「えぇ、私もずっと二人を見ていたわけではないけれど、前に中庭で会った時からはそういう感じだったわね」
「うわぁ……まじかぁ」

 両手で顔を覆い、ユーリオは前髪をくしゃりと掴む。つまり、前世の記憶が戻ってからは駄々洩れだったということだ。それは前世でもそういう態度だったというわけで。

(だから高校の時も周りに早く告れって言われたのかぁ……。え、なにそれ。周りは俺の気持ちに気づいたのに、みぃだけ気づかなかってこと!?)

 それはそれで虚しくなってくる。グレイシアは音もなくカップをお皿の上に置き、まっすぐユーリオを見つめた。昨日、ミレアのユーリオへの想いを自覚したのを見た時に、手助けをしたくなったのだ。同じ幼馴染に恋をした友人として。そのため、まずはとグレイシアから歩み寄る。

「実はね、私にも幼馴染がいるのよ。第二王子のアルベルト」

 ユーリオは突然話が変わってどういうことだろうと疑問符を浮かべながらも、推しの重要な情報は聞き漏らさず頭にメモをする。顔を上げ、懐かしそうに話すグレイシアを見つめた。

「幼い私は淡い恋心を抱いていたのだけど、今はご存知の通り王太子の婚約者……だから、応援したくなったのよ。二人のことを」
「え……」

 突然グレイシアの個人的な話を聞かされて絶句してしまった。「幻滅したかしら?」と小首を傾げるグレイシアに「そんなことありません!」と食い気味で否定する。ただ驚いたのだ。だけどなぜその話を俺に? という疑問は、続く言葉で打ち消される。

「婚約しているのに、想いが通じ合っていないなんて寂しいじゃない。伝えないと、ミレアに逃げられるわよ?」

 からかう様子ではなく、グレイシアが親切心から言ってくれていることはよくわかった。それだけで恐れ多くもありがたく、同時にグレイシアを動かしたミレアをすごいとも思う。だが、告白すると考えたとたん、不安に似た苦くて暗い思いが忍び寄る。

「……でも、伝えたって逃げられる時は逃げられるんです」
「え?」

 ぼそっと吐き出してしまった言葉に、ユーリオ自身も驚いていた。思わずといった様子で、口元に手を当てている。そして、一つ溜息をつくと諦めたように続きを話し始めた。
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