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推しへの愛は分かち合うもの
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「実は……すっごく昔に、一度告白してるんです。あいつは……覚えてないんですけど」
その昔は、幼い時ではない。ずっと前、前世だ。その時のことを思い出しただけで、手に嫌な汗が滲み、心臓が嫌な高鳴りをみせる。脳裏に桜、揺れるスカートの制服、けたたましいクラクションの音が蘇った。緊張で喉が締まり、ユーリオは唾を飲みこむ。
膝の上に置いた手を握りしめて拳をつくり、視線を下げた。声は微かに震え、その瞳はどこか遠くを見ている。
「告白したら、あいつはすっごく驚いて……幼馴染だと思ってたって、恋人になるなんて考えたことなかったって……動揺して」
意識が前世の記憶へと引きずられ、その日のことが鮮明に思い出される。高校を卒業する日。ミレアの覚えていた最後の記憶から一日経った日だ。ユーリオは、勇志は式が終わった放課後、いつものようにミレア、美亜と肩を並べて帰った。ミレアが少しおしゃべりがしたいと、途中の公園で休むことになったのだ。
公園の桜は八分咲きで、学校の桜と同様二人の卒業を祝ってくれていた。高校を卒業したら二人は別の大学へ行く。少し寂しいねと美亜は笑っていた。
『なぁ、俺達、幼馴染だよな』
『そうよ。どうしたのいまさら』
クスクスと笑う美亜は、ベンチに座って足をぶらぶらさせていた。勇志の前では子供っぽいしぐさをする。
『大学へ行ったら、毎日は会えないな』
『……かもね。けど、駅でばったりあったり。それに、うちにご飯食べにくるでしょ?』
美亜はそう言ってから、『けどバイトとかサークルとかあるかぁ』と残念そうに呟いた。その様子に勇志は胸が締め付けられる。ずっと前から決めていた。この日に言おうと。幼馴染としてずっと隣にいる美亜に。静かに深呼吸をする。
『……だからさ、幼馴染じゃなくて、違う形で会えないかな』
『違う形?』
どういうこと? と首を傾ける美亜に、気づくわけないかと勇志は頭をかく。カラカラの口で言葉を紡いだ。
『こ、恋人になったら、会いたい時に会えるだろ』
『へ?』
『あ~、もう! みぃ、俺、お前のことが好きなんだ。だから、つきあってほしい!』
勘の悪い美亜に勇志は堪えられず、怒った様な口調で言い放った。顔を真っ赤にして美亜の反応を見れば、目を真ん丸にして口をぽっかり開けている。
『え、え、えぇ!? 恋人!? なんでよ! 私たち幼馴染じゃない! ちょ、意味わかんないって! どうしたの急に!』
『だから、好きだって言ってんだろ!』
『なんで! 幼馴染じゃない! そんな……勇志が恋人になるなんて、考えたこと……なかったよ』
言い合いになっていたのが、しだいに美亜のトーンが落ちて、泣きそうな顔になっていた。自分と同じ好きを美亜が持っていないことに気づいた勇志は、ぐっと唇を噛みしめる。無性にここから逃げ出したくて、はやまったかも、もう幼馴染にも友だちにも戻れないかもと後ろ向きの考えが頭を駆け巡る。
『ゆう、ごめん! 今は考えられない!』
顔を赤くした美亜はもう無理と立ち上がって駆けだした。
『おいみぃ! かばん!』
相当慌てていたのか、何も持たずに走っていった美亜を勇志は気まずい思いのまま追いかける。せめて鞄を渡して、嫌なら気にするなって、前のように幼馴染として会おうって言いたかった。このまま会えなくなるかと思うと怖くなって、もう少しで美亜に届くところで手を伸ばした。
『美亜!』
横断歩道を走って渡っていた美亜に手が届きそうになった瞬間、けたたましいクラクションの音が聞こえて、勇志の記憶はそこで終わっている。状況から考えると二人とも事故で死んだのだろう。
中庭で頭をぶつけ前世の記憶を取り戻したユーリオは、ミレアが告白されたのを思い出して距離を置くんじゃないかと不安になった。
今世でも幼馴染だったうえに婚約もしていたのだから、この上ないチャンスだったのだ。だが、恐る恐る探りを入れたユーリオに対し、ミレアはあっさりと卒業式の前日まで記憶があると返した。嘘をついているようにも隠しているようにも見えず、ユーリオは安堵すると同時に、弱気にもなった。また、告白しても幼馴染としか見ていなかったと言われるんじゃないかと。
だから、婚約しているという話になった時に、つい言ってしまったのだ。もし本当に好きな人ができたら婚約を解消してもいいと。全く本心でもないのに。それからは断罪イベントを回避するべく動く傍らで、ミレアが誰かを好きになった気配がないかにも気を配っていたのだった。
前世のことを思い出しぼんやりとしてしまったユーリオは、目の前にグレイシアがいることを思い出し、慌てて話を続ける。
「あ……そんなことがあったんですけど、あいつ……その後忘れたんです」
「……あの子ならありえそうだわ」
あははと乾いた笑みを浮かべたユーリオの古傷が痛む。半分諦めた顔をしているユーリオを見て、グレイシアは「ふ~ん」と面白そうに口角を上げた。
「でも、今なら分からないんじゃない? あの子も大人になったんだし」
「いやぁ……まだまだ子どもでしょう」
前世と合わせればもう三十年は生きているはずなのに、ミレアは前世の美亜とまったく同じだった。精神的成長なんか一欠けらもない。ユーリオがすぐにそう返すと、グレイシアは声をあげて笑った。
「子どもなら、大人になるまでどんどん揺さぶりをかけていくしかないわ。応援してるんだから、期待に応えてね」
期待に応えてねは告白してねと同意であり、ユーリスは頬を引きつらせた。
「いや……物事には段取りってのが」
「そんなものこっちが整えてあげるわよ。そうね、ちょうどムードが高まるにはもってこいのパーティーがあるじゃない。王太子の卒業パーティーで告白なさい」
卒業パーティーという言葉にユーリオはドキリとする。今まさにそのパーティーのために手を尽くしているところであり、ストーリーを知っているユーリオはムードが高まるとは思えない。
「あ~……それは、努力しますが、雰囲気は当日にならないとわからないといいますか」
「まぁ、パーティーで告白できなかったら、二人をうちまで拉致して密室に閉じ込めるからいいのだけど」
「全くよくありません!」
間髪入れずに言い返せば、グレイシアは上品に笑った。ぽんぽんと思ったことを返してくれるのが嬉しいようだ。そして一度咳払いをして仕切り直すと、真面目な顔になった。
「それはともかく、応援しているのは本当よ。幼馴染で、恋人で……私の分まで夢を見せてくれるとうれしいわ」
そう言って微笑むグレイシアは少し寂し気で、ユーリオまで胸を締め付けられる。推しが悲しんでいるだけで、ユーリオまで気が沈む。だから、断ることなんてできない。
「……はい。がんばります」
「頼んだわよ」
こうして、ユーリオは断罪イベント回避だけでなく、ミレアへの告白も背負って卒業パーティーに参加することになったのだった。そしてユーリオが思った通り、断罪イベントが起こり、最悪の結末は回避できたかと思った矢先に、どんでん返しが待っていた。
グレイシアからの婚約破棄と、アルベルトの告白には痺れた。その姿に勇気づけられたのも、ユーリオがミレアにもう一度想いを伝えられた理由でもある。ここで決めなければグレイシアに密室に閉じ込められるという怖さも手伝ったのだが……。そして信じられないことに、ミレアはユーリオの気持ちに応えてくれて、幼馴染と婚約者に、恋人というカテゴリーが増えたのだった。
(ま、なんにせよ。結果オーライってことで)
ユーリオは壁際に置かれた椅子に座って、今までの事を振り返りながらぼんやりと前を見ていた。心地よい音楽のように、女の子の声が聞こえている。
「でね、グレイ様。ユーリオったら、パーティーではずっと横にいるんですよ? 心配しなくても、一人で偉い人に挨拶もできるのに!」
「うふふ。きっと離れたくないし、他の男に声をかけられたくないんじゃない? お熱くていいじゃない」
「そういうことじゃなくてですね~。昔からちょっと過保護というか……」
学園のグレイシア専用のサロンで、ソファーに向かい合って座っている二人がお茶を飲みながら話に花を咲かせていた。それをユーリオはずっと眺めている。一度も会話には入ることなく。ユーリオが除け者にされているわけではなく、ただ本人が望んだのだ。「俺、推しは空気になって眺めたい派なんで」とキメ顔で言われ、最初は戸惑っていたグレイシアも慣れてきたのかいないものとして扱っていた。
(グレイ様はいいとして、ミレアはもう少し話題を選べっつーの)
ユーリオが壁になったことへの当てつけか、先ほどからユーリオとの前世を含めた昔話や、愚痴を話していた。
「それだけ愛されているってことでしょ?」
よかったわねとグレイシアは微笑み、視線をユーリオへと向けた。
「あ、愛!?」
「別にそんな!」
これには空気になっていたユーリオも声を上げ、二人とも顔を赤くしていた。その様子が可愛らしくてたまらないと、グレイシアはクスクスと笑う。
「でも本当に、こうやって笑えるのは二人のおかげよ」
「いえ、私たちがいなくてもグレイ様だけであの馬鹿を懲らしめられたと思います……」
「アルベルト様もいらっしゃいましたからね」
あの卒業パーティから一週間が経ち、ようやく落ち着いてきたので三人でお茶をすることができたのだ。第一王子フーリスは表向き継承権を放棄し、王都から離れた領地を治めることになった。それに伴い第二王子アルベルトが王太子となり、それを内外に知らしめる儀式も近く執り行われ、そこでグレイシアは正式に婚約者となることが決まっていた。
フーリスと共に騒ぎを起こしたエヴィリーは、社交界に戻ることも学校に戻ることもできず、修道院へと送られたらしい。
「謙遜しなくていいのよ。あなたたちが集めていた証言が役に立ったのだから」
「グレイ様のお役に立てたなら、嬉しいです」
「俺たちが好きにやったことなので……」
照れているのか赤みがかかった顔で、小さく返す二人にグレイシアは笑みを濃くした。グレイシアはあのパーティーの前からフーリスとエヴィリーが企んでいるのに気づき、先手を打っていた。万全の状態で望み一人で闘う覚悟はしていたが、大衆の前で婚約破棄を宣言され悪意に晒されれば怯みもする。自分を奮い立たせて反撃しようとした時、割って入った二人の存在が、懸命に味方をしてくれたことが、心強く嬉しかった。
「それでも、嬉しかったわ。ありがとう」
極上の笑みを向けられ、二人は顔が上気する。このまま溶けてしまいそうだった。
「いえ! 私たちはこれからもグレイ様に尽くしますので!」
「いつでも俺達を使ってください!」
もはやファンというか舎弟というか。
この三人の友達のようで少し違う、推しとファンの関係は、長く続いていくのであった。
数年後。
「ゆう、どうしよ。推し変するかも」
「俺も……今までグレイ様一筋だったけど、揺らぎそう」
「グレイ様とアルベルト様の子ども……天使すぎない? もう、可愛いすぎて、可愛いがわからない」
「わかりみが深い」
そんな会話が繰り広げられるのである。
その昔は、幼い時ではない。ずっと前、前世だ。その時のことを思い出しただけで、手に嫌な汗が滲み、心臓が嫌な高鳴りをみせる。脳裏に桜、揺れるスカートの制服、けたたましいクラクションの音が蘇った。緊張で喉が締まり、ユーリオは唾を飲みこむ。
膝の上に置いた手を握りしめて拳をつくり、視線を下げた。声は微かに震え、その瞳はどこか遠くを見ている。
「告白したら、あいつはすっごく驚いて……幼馴染だと思ってたって、恋人になるなんて考えたことなかったって……動揺して」
意識が前世の記憶へと引きずられ、その日のことが鮮明に思い出される。高校を卒業する日。ミレアの覚えていた最後の記憶から一日経った日だ。ユーリオは、勇志は式が終わった放課後、いつものようにミレア、美亜と肩を並べて帰った。ミレアが少しおしゃべりがしたいと、途中の公園で休むことになったのだ。
公園の桜は八分咲きで、学校の桜と同様二人の卒業を祝ってくれていた。高校を卒業したら二人は別の大学へ行く。少し寂しいねと美亜は笑っていた。
『なぁ、俺達、幼馴染だよな』
『そうよ。どうしたのいまさら』
クスクスと笑う美亜は、ベンチに座って足をぶらぶらさせていた。勇志の前では子供っぽいしぐさをする。
『大学へ行ったら、毎日は会えないな』
『……かもね。けど、駅でばったりあったり。それに、うちにご飯食べにくるでしょ?』
美亜はそう言ってから、『けどバイトとかサークルとかあるかぁ』と残念そうに呟いた。その様子に勇志は胸が締め付けられる。ずっと前から決めていた。この日に言おうと。幼馴染としてずっと隣にいる美亜に。静かに深呼吸をする。
『……だからさ、幼馴染じゃなくて、違う形で会えないかな』
『違う形?』
どういうこと? と首を傾ける美亜に、気づくわけないかと勇志は頭をかく。カラカラの口で言葉を紡いだ。
『こ、恋人になったら、会いたい時に会えるだろ』
『へ?』
『あ~、もう! みぃ、俺、お前のことが好きなんだ。だから、つきあってほしい!』
勘の悪い美亜に勇志は堪えられず、怒った様な口調で言い放った。顔を真っ赤にして美亜の反応を見れば、目を真ん丸にして口をぽっかり開けている。
『え、え、えぇ!? 恋人!? なんでよ! 私たち幼馴染じゃない! ちょ、意味わかんないって! どうしたの急に!』
『だから、好きだって言ってんだろ!』
『なんで! 幼馴染じゃない! そんな……勇志が恋人になるなんて、考えたこと……なかったよ』
言い合いになっていたのが、しだいに美亜のトーンが落ちて、泣きそうな顔になっていた。自分と同じ好きを美亜が持っていないことに気づいた勇志は、ぐっと唇を噛みしめる。無性にここから逃げ出したくて、はやまったかも、もう幼馴染にも友だちにも戻れないかもと後ろ向きの考えが頭を駆け巡る。
『ゆう、ごめん! 今は考えられない!』
顔を赤くした美亜はもう無理と立ち上がって駆けだした。
『おいみぃ! かばん!』
相当慌てていたのか、何も持たずに走っていった美亜を勇志は気まずい思いのまま追いかける。せめて鞄を渡して、嫌なら気にするなって、前のように幼馴染として会おうって言いたかった。このまま会えなくなるかと思うと怖くなって、もう少しで美亜に届くところで手を伸ばした。
『美亜!』
横断歩道を走って渡っていた美亜に手が届きそうになった瞬間、けたたましいクラクションの音が聞こえて、勇志の記憶はそこで終わっている。状況から考えると二人とも事故で死んだのだろう。
中庭で頭をぶつけ前世の記憶を取り戻したユーリオは、ミレアが告白されたのを思い出して距離を置くんじゃないかと不安になった。
今世でも幼馴染だったうえに婚約もしていたのだから、この上ないチャンスだったのだ。だが、恐る恐る探りを入れたユーリオに対し、ミレアはあっさりと卒業式の前日まで記憶があると返した。嘘をついているようにも隠しているようにも見えず、ユーリオは安堵すると同時に、弱気にもなった。また、告白しても幼馴染としか見ていなかったと言われるんじゃないかと。
だから、婚約しているという話になった時に、つい言ってしまったのだ。もし本当に好きな人ができたら婚約を解消してもいいと。全く本心でもないのに。それからは断罪イベントを回避するべく動く傍らで、ミレアが誰かを好きになった気配がないかにも気を配っていたのだった。
前世のことを思い出しぼんやりとしてしまったユーリオは、目の前にグレイシアがいることを思い出し、慌てて話を続ける。
「あ……そんなことがあったんですけど、あいつ……その後忘れたんです」
「……あの子ならありえそうだわ」
あははと乾いた笑みを浮かべたユーリオの古傷が痛む。半分諦めた顔をしているユーリオを見て、グレイシアは「ふ~ん」と面白そうに口角を上げた。
「でも、今なら分からないんじゃない? あの子も大人になったんだし」
「いやぁ……まだまだ子どもでしょう」
前世と合わせればもう三十年は生きているはずなのに、ミレアは前世の美亜とまったく同じだった。精神的成長なんか一欠けらもない。ユーリオがすぐにそう返すと、グレイシアは声をあげて笑った。
「子どもなら、大人になるまでどんどん揺さぶりをかけていくしかないわ。応援してるんだから、期待に応えてね」
期待に応えてねは告白してねと同意であり、ユーリスは頬を引きつらせた。
「いや……物事には段取りってのが」
「そんなものこっちが整えてあげるわよ。そうね、ちょうどムードが高まるにはもってこいのパーティーがあるじゃない。王太子の卒業パーティーで告白なさい」
卒業パーティーという言葉にユーリオはドキリとする。今まさにそのパーティーのために手を尽くしているところであり、ストーリーを知っているユーリオはムードが高まるとは思えない。
「あ~……それは、努力しますが、雰囲気は当日にならないとわからないといいますか」
「まぁ、パーティーで告白できなかったら、二人をうちまで拉致して密室に閉じ込めるからいいのだけど」
「全くよくありません!」
間髪入れずに言い返せば、グレイシアは上品に笑った。ぽんぽんと思ったことを返してくれるのが嬉しいようだ。そして一度咳払いをして仕切り直すと、真面目な顔になった。
「それはともかく、応援しているのは本当よ。幼馴染で、恋人で……私の分まで夢を見せてくれるとうれしいわ」
そう言って微笑むグレイシアは少し寂し気で、ユーリオまで胸を締め付けられる。推しが悲しんでいるだけで、ユーリオまで気が沈む。だから、断ることなんてできない。
「……はい。がんばります」
「頼んだわよ」
こうして、ユーリオは断罪イベント回避だけでなく、ミレアへの告白も背負って卒業パーティーに参加することになったのだった。そしてユーリオが思った通り、断罪イベントが起こり、最悪の結末は回避できたかと思った矢先に、どんでん返しが待っていた。
グレイシアからの婚約破棄と、アルベルトの告白には痺れた。その姿に勇気づけられたのも、ユーリオがミレアにもう一度想いを伝えられた理由でもある。ここで決めなければグレイシアに密室に閉じ込められるという怖さも手伝ったのだが……。そして信じられないことに、ミレアはユーリオの気持ちに応えてくれて、幼馴染と婚約者に、恋人というカテゴリーが増えたのだった。
(ま、なんにせよ。結果オーライってことで)
ユーリオは壁際に置かれた椅子に座って、今までの事を振り返りながらぼんやりと前を見ていた。心地よい音楽のように、女の子の声が聞こえている。
「でね、グレイ様。ユーリオったら、パーティーではずっと横にいるんですよ? 心配しなくても、一人で偉い人に挨拶もできるのに!」
「うふふ。きっと離れたくないし、他の男に声をかけられたくないんじゃない? お熱くていいじゃない」
「そういうことじゃなくてですね~。昔からちょっと過保護というか……」
学園のグレイシア専用のサロンで、ソファーに向かい合って座っている二人がお茶を飲みながら話に花を咲かせていた。それをユーリオはずっと眺めている。一度も会話には入ることなく。ユーリオが除け者にされているわけではなく、ただ本人が望んだのだ。「俺、推しは空気になって眺めたい派なんで」とキメ顔で言われ、最初は戸惑っていたグレイシアも慣れてきたのかいないものとして扱っていた。
(グレイ様はいいとして、ミレアはもう少し話題を選べっつーの)
ユーリオが壁になったことへの当てつけか、先ほどからユーリオとの前世を含めた昔話や、愚痴を話していた。
「それだけ愛されているってことでしょ?」
よかったわねとグレイシアは微笑み、視線をユーリオへと向けた。
「あ、愛!?」
「別にそんな!」
これには空気になっていたユーリオも声を上げ、二人とも顔を赤くしていた。その様子が可愛らしくてたまらないと、グレイシアはクスクスと笑う。
「でも本当に、こうやって笑えるのは二人のおかげよ」
「いえ、私たちがいなくてもグレイ様だけであの馬鹿を懲らしめられたと思います……」
「アルベルト様もいらっしゃいましたからね」
あの卒業パーティから一週間が経ち、ようやく落ち着いてきたので三人でお茶をすることができたのだ。第一王子フーリスは表向き継承権を放棄し、王都から離れた領地を治めることになった。それに伴い第二王子アルベルトが王太子となり、それを内外に知らしめる儀式も近く執り行われ、そこでグレイシアは正式に婚約者となることが決まっていた。
フーリスと共に騒ぎを起こしたエヴィリーは、社交界に戻ることも学校に戻ることもできず、修道院へと送られたらしい。
「謙遜しなくていいのよ。あなたたちが集めていた証言が役に立ったのだから」
「グレイ様のお役に立てたなら、嬉しいです」
「俺たちが好きにやったことなので……」
照れているのか赤みがかかった顔で、小さく返す二人にグレイシアは笑みを濃くした。グレイシアはあのパーティーの前からフーリスとエヴィリーが企んでいるのに気づき、先手を打っていた。万全の状態で望み一人で闘う覚悟はしていたが、大衆の前で婚約破棄を宣言され悪意に晒されれば怯みもする。自分を奮い立たせて反撃しようとした時、割って入った二人の存在が、懸命に味方をしてくれたことが、心強く嬉しかった。
「それでも、嬉しかったわ。ありがとう」
極上の笑みを向けられ、二人は顔が上気する。このまま溶けてしまいそうだった。
「いえ! 私たちはこれからもグレイ様に尽くしますので!」
「いつでも俺達を使ってください!」
もはやファンというか舎弟というか。
この三人の友達のようで少し違う、推しとファンの関係は、長く続いていくのであった。
数年後。
「ゆう、どうしよ。推し変するかも」
「俺も……今までグレイ様一筋だったけど、揺らぎそう」
「グレイ様とアルベルト様の子ども……天使すぎない? もう、可愛いすぎて、可愛いがわからない」
「わかりみが深い」
そんな会話が繰り広げられるのである。
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