【本編完結】ヘーゼロッテ・ファミリア! ~公爵令嬢は家族3人から命を狙われている~

縁代まと

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お祖父様攻略編

第84話 本当にこれでいいの?

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 人間を相手に立ち回るレネの剣技を見たのは今日が初めてだった。

 マクベスに攫われた時に一閃したのは目にしたけれど、あの時は細部をしっかりと見る余裕なんてなかった。
 逆に、今は少しでもマクベスの動きに変化があったらクロヒョウへの指示を変えようと目を逸らさず見つめ続けているのでよくわかる。

 訓練を重ねていたのは知っていたけれど、その動きは想像以上に完成されたもので、そこからレネの努力が見て取れるわ。
 しかも厳しい先生と対人戦で何度も斬り合ったのか、人間相手でも迷いがない。
 アシュガルドは国としては平和で、学校で貴族相手に教える剣技も見栄えのいいものを優先しているそうだけれど――これはきっとレネが自分を鍛えるために、そういう戦い方を教えてほしいと先生に頼み込んだのね。

 それでも力任せに暴れるマクベスを制圧することはなかなかできなかった。
 強化された肉体を回避に集中させ、攻撃は雷魔法のみ使うようになってから飛躍的に安定している。
 マクベスは戦いに慣れつつあるのに、レネとお父様は体力が削れつつあった。

(マクベスは禁薬の影響で疲れてもいないようだし……でも)

 タイムリミットはあるはず。それを待つのも手だわ。
 ――ただ、本当にこれでいいのかしら。

 これだけ恩恵を与えている禁薬の揺り戻しがどんなものなのか考えるだけでも怖いし、それを覚悟で禁薬を使ったマクベスの恨みの深さは相当なものだとわかる。
 だから話し合いでどうにかなるような問題ではないけれど……彼とも長い間、交流があった。

 もちろん親しいとまではいかないけれど、アニエラのような破滅を迎えるのを待っていてもいいのだろうか、と疑問に思うくらいには私の人生に組み込まれている。
 家族を傷つけるなら容赦はしない。
 けれど容赦をしないということと、相手が酷い末路を辿るのを黙って見ているだけというのは少し違う気がした。

 しかしそんな難しい疑問の答えを出すには時間が限られている。

 クロヒョウが大きく跳躍し、隙を突いてマクベスの腕に噛みついた。
 そして電撃を受ける前にふわりと離れ、代わりにお父様が背後から斬りかかる。
 傷を負ってもマクベスは難なく動き続けていたけれど……ある時、片方の足が唐突に重しになったような動きでその場に膝をついた。

(剣が刺さっているのとは……逆側の足?)

 刺さっている側なら理解できるけれど、逆側は傷を負っていない。
 マクベスはすぐに体勢を立て直したものの、そこから一気に形勢が傾いた。
 電撃を炸裂させてレネたちを遠ざけ、ついにクロヒョウを霧散させたけれど――その時点で肩で息をしながらふらふらとよろめき、壁に手をつく。

 疲れ知らずだったマクベスは、いつの間にか大量の汗をかいてぜえぜえと苦しげな呼吸を繰り返していた。マクベスにとどめを刺そうとしていたお父様が異変を感じ取って手を止める。
 先ほど引きずっていた片足からずるりと靴が脱げた。
 その足首から先が溶けてなくなっているのを見て、私を支えていたお姉様が小さな声を上げる。

「っはぁ……はぁ……ッくそ……」
「マクベス! もうやめましょう、それって禁薬の副作用なんでしょう!?」

 アニエラが使った禁薬の副作用は人間としての理性を失うものだった。
 マクベスの使った禁薬はそれよりも効果の強いものだったからか、副作用もとんでもないもの――生きたまま体が溶けていくという恐ろしいものだったわけだ。

 相当な痛みなのか、マクベスは隈のできた目を強く瞑っている。

「うるさい! 黙れ!」
「まだどうにかなるかもしれないわ、せめて治癒を――」
「黙れと言ってるだろう! 自己満足で助けようとするな! お前の偽善の一部になんてなるものか!!」

 マクベスは大きく叫ぶと体の周りをスパークさせた。
 お父様たちが飛び退いたけれど、マクベスはそれを追えずにバランスを崩して転倒すると赤黒い血を吐き出す。
 体を痙攣させながら私を……いいえ、私の後ろにいるお祖父様を睨んでいる目には涙が溜まっていた。

 自己満足で、偽善。
 たしかにそうだと思う。
 けれど自覚があるからこそ、偽善者らしく自分が満足するために動いてもいいわよね。

 仰向けになって悶え苦しむマクベスに近寄ると、お父様が首を横に振って腕で制した。けれど私はお父様のその腕にそっと触れて「大丈夫です」とマクベスに向かって足を進める。
 お父様がそこで無理に止めないほど、マクベスはもう虫の息だった。
 体の様々なところが溶け出ている。

「マクベス」
「やめろ、……近寄るな、最後の瞬間まで……お前たちヘーゼロッテ家の、人間の顔なんて……見ていたくない……」
「目を瞑っていていいわ。偽善者だって恨んでくれてもいい。でも私は――あなたがこんな酷い死に方をしていいとは思わないの」

 ごぼごぼという音の混ざった呼吸を繰り返しながら、マクベスがゆっくりとこちらを見上げた。
 そんな彼へ治癒の魔法をかける。
 けれど到底治しきることができる状態ではないことは、マクベス本人だけでなく私もわかっていた。

 かつてレネを治癒した時は肩に傷跡すら残さず癒すことができたけれど、今回は全身が修復不可能なほど崩れ始めている。
 私の家系魔法は光と闇の相乗作用で効果が強まっているようだけれど、すべての傷を癒せるほど万能じゃない。

 でも痛みだけは和らげることができるかもしれない。
 治癒で傷が治っていく時は組織が高速で再生していくけれど、それに痛みは伴わないそうだから。きっと強い鎮痛作用があるんだと思う。
 擦り傷だったけれど、お母様にかけてもらった時も癒しきる前に痛みがなくなっていたわ。

「私がヘーゼロッテ家の人間である限り、あなたになにを言っても嫌な思いをさせるだけだと思う。けど、演技だったとしても……小さな頃から接してきた人が苦しんでいるのを黙って見ているだけなのは嫌なの」
「……」
「正解じゃないけれど、今はこうさせて」

 マクベスはこの世の終わりのような顔をしていた。
 けれど私を遠ざけるのはやめて黙り続けている。
 死にそうな人間に気を使わせてしまっているのはわかっているけれど、痛みに苦しみながら死ぬだなんてやっぱり見ていられない。

 治癒魔法はマクベスの苦痛を取り除いてくれた。
 けれど長く使い続けるほど私の魔力と体力が削れ落ちていく。

(お願い、最後の瞬間まで持って……!)

 最後の最後にまた地獄に突き落とすなんてできない。
 偽善なら最後までやり通すべきだ。

 ゆっくりと、でも確実に私の手から血の気が引いていく。
 片手は使い物にならないままで、長いあいだ痛みに耐えてきたせいで体力が先に尽きそうだった。
 レネが心配げに私の傍らに膝をついて体を支えてくれる。

「レネ、折角助けにきてくれたのに……ごめんね。でも最後までやり遂げたいの」
「いいよ、ヘルガが見殺しにできない気持ちがわからないわけじゃないから」

 レネはそう言ってくれたけれど――マクベスを見下ろす目は、とても冷たかった。
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