マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第二章

第28話 彼女に似合うもの

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 カザトユアの防衛に携わる人間に訊ねたところ、随分と前から通常のウィスプが外をうろうろしているのが目撃されていたらしい。
 ただのウィスプなら一般人でも水さえ潤沢にあれば対応可能、ついでに水を撒いておけばウィスプ避けにもなる。この街の噴水も対ウィスプや火事の時に活かすために設置されたものだという。
 しかし上位種のウィスプウィザートとなると話は別で、通常は騎士団に討伐を依頼しなくてはならない相手だった。
「マッシヴ様という聖女様がいることは風の噂に聞いておりましたが、まさかカザトユアにまで来て頂けるとは……貴女がいなければどうなっていたかわかりません、本当にありがとうございます」
「いいや、被害を最小限に抑えられたのは仲間たちが居たからこそだ。それに手厚い治療、新しい服などの心遣いも痛み入る。こちらこそありがとう」
 静夏にそう言葉を重ねられた防衛団団長は深く頭を下げる。

 その様子を見ていたヨルシャミが小声で言った。
「千年前……元々私の生きていた頃から魔物は存在したが、今はここまで蔓延っているのか」
「僕らのいた村でもその道中でも、リータさんたちの里でも遭遇したんだけれど……やっぱり昔より頻度が上がってる……?」
「ああ、昔は召喚したものではない異形は半年に一度見かければ珍しいほうだった」
 それだけ異世界からの侵略が静かに進んでいるということなのかもしれない。
 そう考えると背中が心許ないような、なんともぞっとした気分になった。

 ――確実に進む侵略。

 しかし自分たちはまだ穴の位置も、その閉じ方も知らないままだ。いや、後者に関しては静夏なら神から何か聞いているかもしれないが――そこまで考えたところで団長の手を叩く音が聞こえてきた。
「そうだ! もしよかったら大通りの商店でお好きな布製品を選んでは頂けませんか? その品をぜひ贈らせて頂きたいのですが」
「いや、すでに礼は十分に――」
「十分ではありません! 商店の者も感謝しているのです、その気持ちに応えては頂けませんか。もちろん善意の押し付けであることは重々承知の上の申し出ではありますが……」
 そこまで頭を低くして言うほどのことではないのに、と伊織は慌てたが、それだけウィスプウィザードが彼らにとって脅威だったのだろうということは感じ取れる。
「……礼を断ることは必ずしも良いことではない、か」
 静夏は小さくそう呟くと、ではひとり一品だけ、と頷いて笑った。


 五人が団長と共に大通りを訪れると何人もの人間が通り過ぎざまに声をかけてくれた。
「うちの精魂込めて作った服が燃えなくて助かったよ、ありがとうね!」
「三代ここで店を構えていますが、今日ほど肝が冷えたことはありません。ありがとうございます」
「得意先がなくなったらどうしようかとヒヤヒヤしました、貴女たちがこの街にいてくれてよかった……!」
 大通りはまだところどころに焦げが残り、黒焦げになった街路樹も撤去の真っ最中だったが、商店そのものに被害はほとんど出ていないようだった。
 見たところ店先に出していた商品に火の粉の焦げがついた、や灰を被ってしまった、などの小規模な被害はあるものの全焼してしまった店は見当たらない。それは蚕を育て糸を紡いでいる施設も同様だという。

「そこの黒髪のお兄さん! あの乗り物カッコ良かったよ、エルフのお嬢さんも凄い魔法じゃないか、本当にありがとう!」

 そんな『自分』に向けられた感謝の言葉を耳にし、伊織は嬉しさに胸が高鳴るのを感じながら頭を下げた。
「何をにやけておるのだ」
「あ……いや、人を助けられたんだなぁって思ったら自然と……。あはは、まあヨルシャミが一緒でなきゃ駆けつけたところで何もできなかったんだけどさ」
 伊織がそう自信なさげに言うと、瞬時にヨルシャミが「お人好しで馬鹿だなんて救いようがないぞ!」と目を剥いた。

「駆けつけたところで何もできなかった? まずあれだけ高速で自由に移動できる利点を考えてみろ、迅速に救出に向かうことができ要救護者を運ぶのに適し、何なら避難を呼びかけるのにも向いているのだぞ。魔物の討伐のみが人助けではない。それに魔物の位置の把握も容易だ、これでもまだ自信を持てぬか?」
「も、持て、ました」
「ならばよい」

 伊織はポケットに入れたバイクのキーのことを思う。
 たしかに――駆けつけたところで何もできなかった、なんて言ったら自分の相棒にも失礼だ。
「……うん、ありがとうヨルシャミ。変なこと言ってごめん」
「ん、ん? ああ、うむ、べつに大したことではない」
 他人を慰め褒めたことへの照れ隠しだろうか、ヨルシャミは咳払いすると耳を揺らしつつ視線を逸らした。


「それにしても改めて見るとホント色んな布製品があるんだな~……」
「目移りしちゃうね……」
 ミュゲイラ、リータ姉妹が同じ表情をして店先に並ぶバッグやワンピースを見る。
 服飾類から鍋敷きまで様々なものが並んでいる。その鍋敷きでさえ細かな装飾が施されており、鍋など載せずに額に入れて飾りたくなるほどだった。
 リータはマネキンが身に着けたスカートを見つめる。

「……イオリさん、イオリさん」
「うん? どうしましたか、リータさ……」
「イオリさんの思う「私に似合う服」ってありますか?」

 予想外の問いだった。伊織は「僕?」と自身を指さして再確認するが、聞き間違いではないようでリータはこくこくと頷く。
「いやその、僕そんなにファッションセンスないですよ? とんでもない組み合わせのもの選んじゃうかも……」
「ふふ、そんなに固くならないでください。男性の意見も聞きたかったんです、個人的な好みでもいいので教えてもらえませんか?」
 どぎまぎしつつ伊織はずらりと並んだ服に視線をやった。
 自分の服を自分で選ぶことは数あれど、女の子の服を選ぶというのは日本で生きていた時でさえなかったことだ。必死になって過去に見たテレビ番組のファッションチェックコーナーや雑誌のワンポイントアドバイスを思い出してみるも、絵面しか浮かんで来ず肝心の内容がさっぱり思い出せない。
 母親はどんなよそ行きの格好をしていただろうか?
 そう思い返してみるが、静夏が外出していたのは伊織がまだ小学生の頃までで、その後は入院ばかりで部屋着しか記憶にない。
 小学生まででも出掛ける際は動きやすいシンプルな恰好だったように思う。きっと自分がやんちゃ盛りの男子小学生だったからだ、と伊織は閉口した。

(マジで僕の趣味で決めるしかないのか……!? ふ、ふわっとしたやつとか好きだけど、旅する身でこういうやつは邪魔になるかもしんないしなー……うーん……)

 男性の意見、ならヨルシャミでもいいのでは?
 そんな逃げ腰の想像をしてしまったが、今は完全に少女の外見のヨルシャミだとイメージが違うのかもしれない。それに参考にできたとしても、それは千年前の感性ということになってしまう。
 さあどうしようと悩む伊織を眺めながらリータは笑っている。
 そわそわと落ち着かない気分でゆっくりと服を見ていき、ふと目に留まったブラウンのケープを伊織は手に取った。

「これ……服じゃないんですけどリータさんに似合うかも」
「ケープですか?」

 少し地味かもしれないが、焦げ茶寄りのブラウンがリータの薄茶色の髪の毛と相性が良い気がしたのだ。無地だが布が良質なのか触り心地もいい。
 今は安定した気候だが、これから旅をしていく上で寒い地方に行く可能性もある。役者不足かもしれないが防寒具のひとつとしてもいいのではと伊織は思った。
「あっ、これ巻きスカートにもなるみたいですね」
 リータのそんな一言に驚いて手元を見ると、店員による紹介カードが値札に添えられていた。そこには確かに巻きスカートとしても使えると記されている。
 これなら用途も増えていいかもしれない。

「よかった、じゃあ念のため他のも見てもらって――」
「これにします!」
「即決!?」

 他の候補や自分の気に入ったものも探さなくていいのだろうか。
 伊織はそう慌てるも、リータはケープを両腕で抱くと――再び「これにします」と微笑んだ。
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