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第二章
第40話 その名は変態 【★】
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ひとまずレハブ村へ戻るよりもミホウ山の先にある村を目指したほうが近いということもあり、伊織たちは倒れたヨルシャミをその村まで運ぶと宿を借りた。
少しでも早く離れたほうが良いのだろうが、意識が回復しないままの長距離移動は難しい。
幸いにも一晩よく眠ったヨルシャミは夜明けと共に目を覚ました。
しかし目の下には薄く隈ができており、お世辞にも体調が良いようには見えない。
「スープを用意してもらったからさ、これ飲んでまだもう少し休んでなよ」
「いいや……この状態で発見されるのはマズい……が、ううむ、回復速度を優先したほうがいいだろうか……」
判断力も低下しているのか、ひたすら自問自答するヨルシャミを見ながら伊織は口を開いた。
「そんなに会うのを避けたい相手って一体誰なんだ? もしかしてナレッジメカニクスの幹部ってやつか……?」
「ああ、うむ、肝心なところを離せずじまいであったか。本当はシズカたちもいる時に話したほうがいいのだろうが――」
ヨルシャミは部屋を見回す。
静夏、リータ、ミュゲイラの三人は買い出しと昨日はばたばたしていたためできなかった魔石の買い取りをしてもらいに出払っていた。伊織はヨルシャミの体調が急変しないかどうかの見張り兼世話係だ。
ちなみにウサウミウシは騒動など我関せずといった様子で窓ガラスに張りついている。リータ曰く日向ぼっこらしい。
「いつ何時話せなくなるかわからないからな、お前には先に話しておこう」
ヨルシャミはぽつぽつと語り始めた。
本来召喚されたものの召喚痕を見て『誰が呼び出したか』という個人特定まではできないこと。
追跡魔法を逆探知できる魔導師は相当の使い手であること。
そして視覚と聴覚をリンクさせている時に目にした人物の姿形と声からそれが誰であるかわかったこと。
「――ナレッジメカニクスの幹部がひとり、ニルヴァーレ。私が捕らえられた時にも一戦交えていた相手だ」
やっぱり幹部だったのか、と伊織は無意識に両手に力を込めた。
これだけヨルシャミに警戒させる人物なのだ、相当高位の魔導師なのだろう。
「つまり今の僕らが遭遇したらひとたまりもない魔導師なのか」
「いいや、対抗はできる。しかし怪我も犠牲もなしに、とは言い切れない。特に私がこんな状態ではな。……それと……」
ヨルシャミは眉間を押さえてゆっくりと口を開く。
余程の相手なのだろう。伊織は座り直し、真剣に耳を傾ける。
するとヨルシャミは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「……ニルヴァーレは、私に執着する変態だ」
「へ」
「変態」
「変態ッ!?」
***
ニルヴァーレはワイバーンに跨りながら金の髪をなびかせ空を飛ぶ。
後ろにワイバーンにしがみついているサルサムが「どうして俺まで……」という顔をしていたが、これも人手不足に他ならない。
ニルヴァーレがしようといていること――超賢者ヨルシャミ探しは現在ナレッジメカニクス内では優先度の低いことだ。
生きていたという確証を得られればそれもまた変わってくるだろうが、そのためにはまずニルヴァーレが自分の目でヨルシャミの生存を確認しなくてはならない。
その生存確認をすべくニルヴァーレが逆探知で突き止めた地域へと急ぎ向かっている最中だった。どうやら逆探知は途中で妨害されてしまったようで詳しい場所はわからないが、その妨害によりニルヴァーレは更にヨルシャミが生きているという確信を深めたらしい。
「すげぇな、こんな高さまで飛んだのは初めてだ! ほら見ろよサルサム、朝日がこんな早く拝めるんだぜ!」
「お前は能天気でいいな……!」
バルドは手を滑らせれば一巻の終わりだというのに緊張感なくはしゃいでいる。
まさかワイバーンに乗ることになるとは思わなかった。いつも通りなら今頃魔石採取の報酬を受け取って自室でゆっくり休んでいたはずだというのに。サルサムはそう下唇を噛みたい気分でしがみつく手に力を込める。
しかもこのワイバーン、ニルヴァーレの侍女が変身した姿である。
いや、きっとこちらが元の姿で普段の女性の姿は仮初のものだったのだろう。
仕事の際にしか会わない人物だったが、数年間顔を合わせていた人がじつはニルヴァーレの召喚獣でしたという事実にサルサムは何とも言えない気分になった。
(まあ特別手当を前払いで貰ったんだから、仕事は仕事だって割り切らなきゃな)
あまりにも日常とかけ離れた体験すぎて感覚が麻痺していたが、仕事だと思えば少しは我慢が利く。少しは。
そう思っていると太陽の位置を見ていたニルヴァーレが「あッ!」と声を上げた。
もしかして何か痕跡を見つけたのか、それとも単純に忘れ物か。
そうサルサムが身構えているとニルヴァーレは手鏡を取り出して言った。
「僕を摂取する時間だ!」
さすがのバルドも無言になっている。
ニルヴァーレは手鏡に映った自分の顔を上下左右から五往復分ほど眺め「ああ、今日も僕がいる」などと言いながらうっとりとしていた。
――この癖の強い男が時折手袋を使うのは潔癖症からではない。このナルシストな性格のせいである。
なんでも過去に聞いたところによると、ナレッジメカニクスに入ったのも自分の美しさ、要するに若さを保つことができるからという理由だったらしい。
雇っている程度の人間にそんなことまで話していいのか、深いところまで話すことで引き返せない抑止力にしているのか、と勘繰ったことがあるが杞憂だった。ニルヴァーレは自分自身が大好きなので、自分の話をする時に口に戸が立てられなさすぎるだけだ。
こんなのが幹部でいいのか?
そうサルサムは思わずにはいられなかったが、それだけ強大な力を持つ魔導師なのだろう。
「おい、サルサム!」
今度はしばらく静かだったバルドが声を上げた。
「海だぜ、海!」
「あれは湖だ!」
遥か向こうできらきらと輝く水面を見て全力でツッコミを入れる。海はまだ遠いしこの辺りには大きな湖があるはずだ。
しかしバルドにとって海も巨大湖も差がないようで、ああいうところで泳いでメシ食って豪遊してみてぇよなぁなどと言いながら両腕を組んで夢想していた。よくこの状況で両腕を離す気になれたものだ。
「……」
薄々感づいていたが、サルサムはこの時再認識した。
ツッコミ役は自分しかいないのだ、と。
サルサム(イラスト:縁代まと)
少しでも早く離れたほうが良いのだろうが、意識が回復しないままの長距離移動は難しい。
幸いにも一晩よく眠ったヨルシャミは夜明けと共に目を覚ました。
しかし目の下には薄く隈ができており、お世辞にも体調が良いようには見えない。
「スープを用意してもらったからさ、これ飲んでまだもう少し休んでなよ」
「いいや……この状態で発見されるのはマズい……が、ううむ、回復速度を優先したほうがいいだろうか……」
判断力も低下しているのか、ひたすら自問自答するヨルシャミを見ながら伊織は口を開いた。
「そんなに会うのを避けたい相手って一体誰なんだ? もしかしてナレッジメカニクスの幹部ってやつか……?」
「ああ、うむ、肝心なところを離せずじまいであったか。本当はシズカたちもいる時に話したほうがいいのだろうが――」
ヨルシャミは部屋を見回す。
静夏、リータ、ミュゲイラの三人は買い出しと昨日はばたばたしていたためできなかった魔石の買い取りをしてもらいに出払っていた。伊織はヨルシャミの体調が急変しないかどうかの見張り兼世話係だ。
ちなみにウサウミウシは騒動など我関せずといった様子で窓ガラスに張りついている。リータ曰く日向ぼっこらしい。
「いつ何時話せなくなるかわからないからな、お前には先に話しておこう」
ヨルシャミはぽつぽつと語り始めた。
本来召喚されたものの召喚痕を見て『誰が呼び出したか』という個人特定まではできないこと。
追跡魔法を逆探知できる魔導師は相当の使い手であること。
そして視覚と聴覚をリンクさせている時に目にした人物の姿形と声からそれが誰であるかわかったこと。
「――ナレッジメカニクスの幹部がひとり、ニルヴァーレ。私が捕らえられた時にも一戦交えていた相手だ」
やっぱり幹部だったのか、と伊織は無意識に両手に力を込めた。
これだけヨルシャミに警戒させる人物なのだ、相当高位の魔導師なのだろう。
「つまり今の僕らが遭遇したらひとたまりもない魔導師なのか」
「いいや、対抗はできる。しかし怪我も犠牲もなしに、とは言い切れない。特に私がこんな状態ではな。……それと……」
ヨルシャミは眉間を押さえてゆっくりと口を開く。
余程の相手なのだろう。伊織は座り直し、真剣に耳を傾ける。
するとヨルシャミは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「……ニルヴァーレは、私に執着する変態だ」
「へ」
「変態」
「変態ッ!?」
***
ニルヴァーレはワイバーンに跨りながら金の髪をなびかせ空を飛ぶ。
後ろにワイバーンにしがみついているサルサムが「どうして俺まで……」という顔をしていたが、これも人手不足に他ならない。
ニルヴァーレがしようといていること――超賢者ヨルシャミ探しは現在ナレッジメカニクス内では優先度の低いことだ。
生きていたという確証を得られればそれもまた変わってくるだろうが、そのためにはまずニルヴァーレが自分の目でヨルシャミの生存を確認しなくてはならない。
その生存確認をすべくニルヴァーレが逆探知で突き止めた地域へと急ぎ向かっている最中だった。どうやら逆探知は途中で妨害されてしまったようで詳しい場所はわからないが、その妨害によりニルヴァーレは更にヨルシャミが生きているという確信を深めたらしい。
「すげぇな、こんな高さまで飛んだのは初めてだ! ほら見ろよサルサム、朝日がこんな早く拝めるんだぜ!」
「お前は能天気でいいな……!」
バルドは手を滑らせれば一巻の終わりだというのに緊張感なくはしゃいでいる。
まさかワイバーンに乗ることになるとは思わなかった。いつも通りなら今頃魔石採取の報酬を受け取って自室でゆっくり休んでいたはずだというのに。サルサムはそう下唇を噛みたい気分でしがみつく手に力を込める。
しかもこのワイバーン、ニルヴァーレの侍女が変身した姿である。
いや、きっとこちらが元の姿で普段の女性の姿は仮初のものだったのだろう。
仕事の際にしか会わない人物だったが、数年間顔を合わせていた人がじつはニルヴァーレの召喚獣でしたという事実にサルサムは何とも言えない気分になった。
(まあ特別手当を前払いで貰ったんだから、仕事は仕事だって割り切らなきゃな)
あまりにも日常とかけ離れた体験すぎて感覚が麻痺していたが、仕事だと思えば少しは我慢が利く。少しは。
そう思っていると太陽の位置を見ていたニルヴァーレが「あッ!」と声を上げた。
もしかして何か痕跡を見つけたのか、それとも単純に忘れ物か。
そうサルサムが身構えているとニルヴァーレは手鏡を取り出して言った。
「僕を摂取する時間だ!」
さすがのバルドも無言になっている。
ニルヴァーレは手鏡に映った自分の顔を上下左右から五往復分ほど眺め「ああ、今日も僕がいる」などと言いながらうっとりとしていた。
――この癖の強い男が時折手袋を使うのは潔癖症からではない。このナルシストな性格のせいである。
なんでも過去に聞いたところによると、ナレッジメカニクスに入ったのも自分の美しさ、要するに若さを保つことができるからという理由だったらしい。
雇っている程度の人間にそんなことまで話していいのか、深いところまで話すことで引き返せない抑止力にしているのか、と勘繰ったことがあるが杞憂だった。ニルヴァーレは自分自身が大好きなので、自分の話をする時に口に戸が立てられなさすぎるだけだ。
こんなのが幹部でいいのか?
そうサルサムは思わずにはいられなかったが、それだけ強大な力を持つ魔導師なのだろう。
「おい、サルサム!」
今度はしばらく静かだったバルドが声を上げた。
「海だぜ、海!」
「あれは湖だ!」
遥か向こうできらきらと輝く水面を見て全力でツッコミを入れる。海はまだ遠いしこの辺りには大きな湖があるはずだ。
しかしバルドにとって海も巨大湖も差がないようで、ああいうところで泳いでメシ食って豪遊してみてぇよなぁなどと言いながら両腕を組んで夢想していた。よくこの状況で両腕を離す気になれたものだ。
「……」
薄々感づいていたが、サルサムはこの時再認識した。
ツッコミ役は自分しかいないのだ、と。
サルサム(イラスト:縁代まと)
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