マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第三章

第69話 まだ早い信頼と、これからのための信頼

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「……しっかしそんな事情があったとはなぁ」

 伊織たちが病室から去り、再び二人きりになったバルドとサルサムは今しがた耳にした話を思い返しながら呟いた。
 ニルヴァーレは聖女に負け、そして十中八九死んだのだろうと思っていた。
 なにせ激闘を繰り広げた末に地面に倒れ込み、そのまま文字通り消えてなくなってしまったのだから。
 しかし実際にはニルヴァーレ本人の魔法で魔石化し、そしてヨルシャミの夢路魔法を介してでしか交流できないものの『生きて』いるのだという。
 ふたりは魔導師ではないが、魔法による不思議なことも奇想天外なことも目にしてきた。
 しかしこんな例は初めてだ。

「聖女たちが嘘をついている、って可能性もあるが――」
「メリットがねぇ」
「それだ。油断させて何かしようとしてる、っていうことなら納得はするが、そのチャンスはすでに何度もあったし不自然だよな」

 そもそも基本的に善人の集まりのようだ。サルサムは彼らと深い交流をしたわけではないが、装った善性ではないと感じていた。むしろヒヤヒヤしてしまうくらいのお人好し軍団に見える。
 愚かなほどの純粋さ。それは救世主故なのだろうか。
 事情はわからないが彼ら彼女らが自分たちを油断させ害を加えようとしている、という予想は今のところ想像の域を越えない代物だった。

「まあ……伝言の件で真偽を判断できる情報ももう少し集まるだろ。お前にしちゃ機転を利かせたじゃないか」
「うん? 何の話だ?」
「……ニルヴァーレ本人に伝言を頼む、って形で探りを入れながら次に会う約束を取り付けたんじゃないのか?」
「俺がそんな頭良く見えるか」
「納得した! 俺が悪かった! あの空気読んでない伝言は素か!」

 あまりにも突飛だったためサルサムも乗っかって話を進めたのだが、まさか本気だったとは。
 私物をどうしようと悩んでいたのは本当だ。ただサルサムはバルドほど重要視していなかった。そもそも転移魔石を頂戴して私的利用している点でさもありなんである。
 その私的利用の際に転移魔石の転移先・帰還先設定を弄ったので言い訳はできない。

 ちなみに本来は転移先は事前に調べた魔石の採取できる場所、帰還先はニルヴァーレの庭園となっていた。仕事のたび設定し直すのは面倒くさい、と言うニルヴァーレから設定の変更方法を学んでいたため、この転移先・帰還先の変更は自力でできる。
 今後もサルサムが知識として行きたい場所を知っていれば一ヶ所ずつ限定だが変更できるものの、本来なら使うたびニルヴァーレの魔力を充電していたため、このまま乱用すれば電池切れのように使用できなくなるだろう。
 いっそのこと聖女一行の魔導師――ヨルシャミに充電してもらおうかとも考えたが、この魔石は自分たちの大きなアドバンテージだ。信じきって手の内を晒すのはまだ不安だった。

「……」

 そう、不安だということはまだ信頼していないということだ。
 バルドは目的を達成できるなら気にしないのだろうが、自分は違う、とサルサムは考える。
 ニルヴァーレに指摘されて初めて「自由に生きてみたい」と漠然と思った。
 そのついでとして、解き放たれた自由の権化のような男――少なくとも自分よりは自由な男に同行し、世界を見て回ろうと思ったのだ。
 いわば自分探しの旅に近かったが、もし指摘されれば照れくささから全力で否定してしまうに違いない。

(バルドは……体に問題なしってお墨付きを受けたらあいつらと同行するつもりなんだろうか)

 バルドの主目的を考えると可能性は高い。
 もしそうならサルサムは大いに悩むだろう。
 まだ信頼しきっていない相手と寝食を共にするのは非常にストレスだ。
(いやまぁコイツと旅してるだけでも同じことなんだが)
 そうちらりと視線をやると、バルドは伊織たちから貰った果物を剥いて齧っていた。
 話は終わっていないのに隠し持っていた自前のナイフで鼻歌を歌いながら病院内で果物を剥く。……これは自由以外の何物でもない。
「うっわ、これ甘ぇ! サルサムも食えよ、なんかゴチャゴチャ悩んでるみてぇだし糖分補給しとけ」
「大体お前のせいなんだけどな」
 そう言いつつサルサムは差し出された果実を口にし、

「……あっまいなこれ!?」
「だろだろ!」

 想像以上の甘さに、諸々重苦しく考えていたことが吹っ飛んだのだった。

     ***

 まだしばらく滞在する? と伊織は静夏から伝えられた言葉に目を瞬かせた。
「ああ、街の住民からの要請があった。長くは留められないのはわかっているが、せめて犯人グループが退院し然るべき処置をされるまで護衛として滞在してほしいそうだ」
「まあ捕まったとはいえ盗賊出身の泥棒がいたら不安だよな……」
 しかもその中には魔導師までいる。一般人からすれば魔石無しに強力な力を操れる魔導師は恐ろしい存在だ。それが魔法を封じる、隠蔽する、物を押す力のみだとしても。

「……母さん。出発は住民の不安を払拭してからにしたい、って以外の考えもあるんじゃないか?」
「わかるか」
「わかるよ」

 静夏は柔らかく微笑む。
「住民たちに彼らは恐れる対象ではないと少しでも知ってもらえるよう働きかけるつもりだ」
 もし彼らが新たな道で生きると決めた時のため、信頼という地盤作りをしておきたいということだ。
 伊織は「それなら仕方ないな」と笑う。

「あ、なら僕、その間にやってみたいことがあるんだけど――」
「やってみたいこと?」
 伊織は頷いてそれを口にした。

「この世界で一度、自分の力だけで働いてみたいんだ」
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