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第四章
第88話 見なくていいもの
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夜の闇に乗じて施設へと近づく。
ナレッジメカニクスの有している技術力なら監視カメラやそれに準ずるものは設置できるそうだが、ほぼ使用していない施設にそれらを回せるほど余裕はないらしい。
伊織たちにとってはありがたいことだった。
「機械と魔法を組み合わせ実現している技術だ、恐らく魔力を消費している。魔力は今あいつらがやろうとしていることと延命装置に使うことに優先しているため施設は人力で警備している……といったところだろう」
例えるなら巨大な施設を維持するための電力が足りていないので末端から切って節約している、そんな状態なのだろう。
まずは情報の収集。
そして施設を使用不可能な状況にすること。
情報収集はある程度バラけて行なったほうが効率的だが、見つかった時のことを考えると少人数すぎるのも考え物だ。
そのため伊織たちは二つのチームに分かれて行動することにした。
まず伊織、リータ、バルド、サルサムのチーム。次に静夏、ミュゲイラ、ヨルシャミのチーム。
戦力が静夏チームに偏り気味だが、サルサムはバルドのお目付け役的な面があるため同チームに、更にミュゲイラをバルドと同チームは現段階でちょっとマズいんじゃないか、と当人たちも含めて思ったためこの形に落ち着いた。
もしも見つかって騒動が大きくなった場合は――逆にどんどん暴れて別チームが動きやすい状況を作ろう、という何とも力技な作戦だった。だがバルドやミュゲイラとしてはこれくらい単純明快なほうがわかりやすいらしい。
「……静まり返ってますね」
ヨルシャミが魔法で溶かした窓から侵入した伊織は廊下の角から先を覗きながら呟いた。
自分たちが侵入したエリアは研究目的に使われている部屋が集まっているようで、部屋の名前が書かれたプレートには第四実験室だの異種族資料室だの物々しい文字が綴られている。
「もし研究関連のエリアと研究員の私室エリアが分かれているなら……今は私室のほうで休んでるのかもしれません」
リータの言葉に伊織は頷き返す。
打ち捨てられる寸前といった施設で深夜まで何か作業を行なっているとは考えにくい。この時間帯なら各々私室に戻っているだろう。
とはいえ居残っている人間がいる可能性も大いにある。警備員だっているだろう。
極力足音を立てないようにしながら伊織たちは進んでいく。
(それにしても凄いなサルサムさん……足音どころか衣擦れの音すら聞こえないぞ)
伊織はちらりと後方を見た。
サルサムは自然な身のこなしでついてくるものの、そのナチュラルさに反して音がしない。そういえば森の中でも突然現れて驚いたことを思い出す。
これまで仕送りのために様々な仕事をしてきたそうなので、その過程で身についたのかもしれない。
(僕も見習いたいなぁ……)
そう思いながら周囲を確認した伊織は、先ほど見かけた第四実験室の扉に手をかけた。
扉は施錠されているようだ。しかし施錠されているということは中に人がいない確率が高い。
「鍵はどこかで一括管理されてるんですかね……?」
そう呟くリータにバルドが「チッチッチッ」と人差し指を振りながら言った。
「鍵なんてあって無いようなもんだぜ、お嬢ちゃん」
「あって……無いようなもの?」
バルドは不思議そうにする伊織とリータの目の前でポケットから数本のピッキングツールを取り出す。それをまず一本挿し込み、角度をつけて固定した後にもう一本を挿入しカチカチと動かすと――かちり、と音がしてあっという間に解錠した。
「開いた……!?」
「よし、入るぞ」
(サルサムさんの過去は気になるけど、この人の過去は気にしちゃダメな予感がしてきた……)
伊織はその予感を振り払えないまま室内へと足を踏み入れる。
室内は廊下と同じく暗い。加えてどこかひんやりとした空気が流れていた。
だが灯りをつけなくても闇に慣れた目である程度のものは見える。
「テーブルの向こうにあるのは何だ?」
「……研究用の機械類ですかね。あと、……うわ、顕微鏡まである!」
小声で驚きつつ伊織はテーブルの上に並んだものを見た。
顕微鏡にシャーレ、フラスコ。まさかこの世界でお目に掛かれるとは。
ナレッジメカニクスの魔法と科学技術、機械技術を以ってすればここまで前世の物品に近くなるものなのだろうか?
テーブルの向こうには遠心分離機のような機械があったが、何かをはめ込むスペースが空いている。これは見たことがない。
「……延命装置も魔石で動いてましたし、これも動力源は魔石なんじゃ?」
「それをはめ込むためのスペースか……」
不思議な技術の進化の仕方を目の当たりにした気分だ。
「こっちにある箱は何かの保存庫みたいだな。冷てぇけど氷でも入ってんのか? ……」
冷凍庫と思しき四角い箱を開いたバルドは無言になった。
恐る恐る伊織が覗き込むと――保管されていたのは、恐らく魔法で冷凍された血液サンプルと小分けされている様々な臓器。予想はしていたが早速グロテスクなものを目にして口を半開きにしたところで、伊織の目をバルドが手で覆った。
「必要な情報じゃないならこういうモンは凝視しなくていい」
「あ……う、うん」
暗く覆われた視界が開けた時、すでに冷凍庫は閉じられていた。
この先も見たくないものが沢山出てきそうだ。
改めて心の準備をし直し、伊織は他の機材を調べ始めた。
ナレッジメカニクスの有している技術力なら監視カメラやそれに準ずるものは設置できるそうだが、ほぼ使用していない施設にそれらを回せるほど余裕はないらしい。
伊織たちにとってはありがたいことだった。
「機械と魔法を組み合わせ実現している技術だ、恐らく魔力を消費している。魔力は今あいつらがやろうとしていることと延命装置に使うことに優先しているため施設は人力で警備している……といったところだろう」
例えるなら巨大な施設を維持するための電力が足りていないので末端から切って節約している、そんな状態なのだろう。
まずは情報の収集。
そして施設を使用不可能な状況にすること。
情報収集はある程度バラけて行なったほうが効率的だが、見つかった時のことを考えると少人数すぎるのも考え物だ。
そのため伊織たちは二つのチームに分かれて行動することにした。
まず伊織、リータ、バルド、サルサムのチーム。次に静夏、ミュゲイラ、ヨルシャミのチーム。
戦力が静夏チームに偏り気味だが、サルサムはバルドのお目付け役的な面があるため同チームに、更にミュゲイラをバルドと同チームは現段階でちょっとマズいんじゃないか、と当人たちも含めて思ったためこの形に落ち着いた。
もしも見つかって騒動が大きくなった場合は――逆にどんどん暴れて別チームが動きやすい状況を作ろう、という何とも力技な作戦だった。だがバルドやミュゲイラとしてはこれくらい単純明快なほうがわかりやすいらしい。
「……静まり返ってますね」
ヨルシャミが魔法で溶かした窓から侵入した伊織は廊下の角から先を覗きながら呟いた。
自分たちが侵入したエリアは研究目的に使われている部屋が集まっているようで、部屋の名前が書かれたプレートには第四実験室だの異種族資料室だの物々しい文字が綴られている。
「もし研究関連のエリアと研究員の私室エリアが分かれているなら……今は私室のほうで休んでるのかもしれません」
リータの言葉に伊織は頷き返す。
打ち捨てられる寸前といった施設で深夜まで何か作業を行なっているとは考えにくい。この時間帯なら各々私室に戻っているだろう。
とはいえ居残っている人間がいる可能性も大いにある。警備員だっているだろう。
極力足音を立てないようにしながら伊織たちは進んでいく。
(それにしても凄いなサルサムさん……足音どころか衣擦れの音すら聞こえないぞ)
伊織はちらりと後方を見た。
サルサムは自然な身のこなしでついてくるものの、そのナチュラルさに反して音がしない。そういえば森の中でも突然現れて驚いたことを思い出す。
これまで仕送りのために様々な仕事をしてきたそうなので、その過程で身についたのかもしれない。
(僕も見習いたいなぁ……)
そう思いながら周囲を確認した伊織は、先ほど見かけた第四実験室の扉に手をかけた。
扉は施錠されているようだ。しかし施錠されているということは中に人がいない確率が高い。
「鍵はどこかで一括管理されてるんですかね……?」
そう呟くリータにバルドが「チッチッチッ」と人差し指を振りながら言った。
「鍵なんてあって無いようなもんだぜ、お嬢ちゃん」
「あって……無いようなもの?」
バルドは不思議そうにする伊織とリータの目の前でポケットから数本のピッキングツールを取り出す。それをまず一本挿し込み、角度をつけて固定した後にもう一本を挿入しカチカチと動かすと――かちり、と音がしてあっという間に解錠した。
「開いた……!?」
「よし、入るぞ」
(サルサムさんの過去は気になるけど、この人の過去は気にしちゃダメな予感がしてきた……)
伊織はその予感を振り払えないまま室内へと足を踏み入れる。
室内は廊下と同じく暗い。加えてどこかひんやりとした空気が流れていた。
だが灯りをつけなくても闇に慣れた目である程度のものは見える。
「テーブルの向こうにあるのは何だ?」
「……研究用の機械類ですかね。あと、……うわ、顕微鏡まである!」
小声で驚きつつ伊織はテーブルの上に並んだものを見た。
顕微鏡にシャーレ、フラスコ。まさかこの世界でお目に掛かれるとは。
ナレッジメカニクスの魔法と科学技術、機械技術を以ってすればここまで前世の物品に近くなるものなのだろうか?
テーブルの向こうには遠心分離機のような機械があったが、何かをはめ込むスペースが空いている。これは見たことがない。
「……延命装置も魔石で動いてましたし、これも動力源は魔石なんじゃ?」
「それをはめ込むためのスペースか……」
不思議な技術の進化の仕方を目の当たりにした気分だ。
「こっちにある箱は何かの保存庫みたいだな。冷てぇけど氷でも入ってんのか? ……」
冷凍庫と思しき四角い箱を開いたバルドは無言になった。
恐る恐る伊織が覗き込むと――保管されていたのは、恐らく魔法で冷凍された血液サンプルと小分けされている様々な臓器。予想はしていたが早速グロテスクなものを目にして口を半開きにしたところで、伊織の目をバルドが手で覆った。
「必要な情報じゃないならこういうモンは凝視しなくていい」
「あ……う、うん」
暗く覆われた視界が開けた時、すでに冷凍庫は閉じられていた。
この先も見たくないものが沢山出てきそうだ。
改めて心の準備をし直し、伊織は他の機材を調べ始めた。
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