マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第四章

第121話 自分よりよっぽど救世主らしい

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 伊織が山の中でネロと再会したのは出入り口付近に戻ってきた頃だった。

 薬草の赤い色を探していた時、視界に入った同じ色。
 その赤色に反応し視線を向けると、それは薬草ではなくカゴ片手に緩やかな斜面を滑り降りてくるネロだったのだ。
 時間まであと三十分ほどあるが、正確な時計があるわけではないので伊織は少し余裕を持って戻ることにした。どうやらネロも同じ考えだったらしい。
 なお、タイムリミットには丁度村の夕刻を告げる鐘が鳴るので近くにいればわかるだろう。

「随分泥だらけですね……!」
「目立たない所に湧き水があってぬかるんでたんだ」

 そこで盛大に足を取られて泥に突っ込んだらしい。突然とんでもないドジを踏むところは変わらないなと伊織は僅かに懐かしさを感じた。
 しかし見ればカゴの中には自分と同じくらいの量の薬草が入っている。
 このままでは引き分けか、もしくはNG判定の出た薬草に応じた減点による僅差での負けになってしまう。
 それに気がついたのは伊織だけではなくネロもで、互いに視線を交わすと口元に笑みを浮かべた。

「お互いラストスパートが要みたいだな」
「残り少し、頑張りま……、ん、ん?」

 伊織はネロの背景に目をやって思わず声を漏らした。
 先ほどネロが下ってきた斜面。その上の方に立ち並ぶ木々の間を走り回る影が見える。それは三人の子供たちで、走り着いた先で木の幹にしがみついていた。
「ああ、聖女との勝負の時にもいたな……」
 ネロがぽつりと言う。
 そういえば静夏が子供たちがいるからと大岩の位置を移したのだ。
 それを思い出した伊織は子供のアグレッシブさに目を瞠る。山は立ち入り禁止にされていないため、自然と共に生きる村なら遊び場になっていてもおかしくはない。出入り口付近なら尚のことだ。

 そもそも勝負のために自分たちで山を貸し切りにしたわけでもない。
 最後の最後にスペシャルゲストができたな、とラストスパート前の最後の休憩とばかりに和んでいると――木の幹にしがみついた後、そのまま順調に木登りをしていた子供の一人が落ちた。
 まさにぽろりと音がしそうなほど簡単に両手足が離れ、本人もよくわかっていないのか抵抗しようともしない。
 伊織とネロは揃いも揃って同じ驚愕の表情を浮かべた後、先に動いたのは伊織の方だった。

「ちょ、イオ――」

 カゴを放り出して飛び出した伊織はほんの一瞬だけバイクを呼び出し、それに跨ったまま目にも留まらぬ速さで子供をキャッチすると木の幹でバイクの方向転換をして地面に着地、その着地と同時にバイクを送還した。
 木の幹はバイクが凄まじい勢いで追突したも同然だというのに傷ひとつ付いていない。
 伊織が直前にバイクの重みを軽く変化させ、タイヤも柔らかな素材に変質させたおかげだ。しかしそこまで気づかないまま、ネロは口を半開きにしてその光景を見ていた。
 足元には薬草をぶちまけて転がるカゴひとつ。
 代わりに伊織の腕に収まった子供は無事で、見たところ怪我もない。

「ネロさん! 無事です!」
「……ああ、よかった!」

 伊織の安堵の声にそう返し、ネロは伊織と子供たちの元へと駆け寄った。

     ***

 結果的に勝ったのはネロだった。
 伊織の集めた薬草は地面に散らばった結果、再起不能なほど汚れたり風に飛ばされたりしてしまったのだ。
 まだ使えるものを掻き集めてみたが、ネロと比べて数が足りないままタイムリミットを迎えてしまった。

 それに対して子供たちは無事、伊織自身も肩を傷めていない方の腕を使ったため無傷。
 ネロは複雑な気分を持て余しながら伊織と共に子供たちを家へ送り届け、その保護者にしこたま謝罪を受けてから宿の裏手で集計をし、今に至る。

「……」

 伊織は中身の減ったカゴの隣に座り、随分と大人しくしていた。
 負けて落ち込んでいるのだろうか?
 しかも本来なら勝てていた可能性も十二分にあったのだ。
 ネロは迷った末、その斜め後ろにじわじわと歩み寄ると思いきって口を開いた。
「……俺は勝ったけど負けたと思ってる。その……救世主だった先祖のために、そして先祖の名に泥を塗らないために生きてきたのに……あの時は俺じゃ救えなかった。そしてお前は勝敗を決める薬草を放り出してでも助けようとして、結果的にそれを叶えた」
 あの時ネロは思ったのだ。これじゃあイオリの方がよっぽど救世主らしい、と。
 それを伝えると伊織はゆっくりと振り返り、

「えっ!? いやあの、そんなに褒められると思わなかったんで嬉しいです、ありがとうございます!」

 ――と、快活に笑った。
 落ち込んでない?
 ならさっきまで遠目から見てもわかるくらいどんよりとしてたのは一体?
 そう疑問符を浮かべながらネロは素直に訊ねることにした。
「あーっと……イオリ、お前落ち込んでたんじゃないのか?」
「落ち込んで……ああ、えっと、沢山の薬草を無駄にしてしまったなぁと反省してました。もっとゆっくり足元に置くなりバイクに乗せてけばよかったなって……」
「そっちか!?」
 ネロは仰天した後両手で顔を覆った。紛らわしいが勘違いだったわけだ。
 勘違いであそこまで語ってしまったのは少し恥ずかしい。

(……いや、でも、そのおかげで一人でもやもやせずに伝えられたのはよかった、か)

 ネロは咳払いし「土に還るから気にするな、それにこの季節の薬草は花を散らした後のものだから、どっちにせよそのうち地面に落ちてた」と伊織に改めて声をかけた。
 伊織は目をぱちくりさせる。
「そうなんですか!?」
「だからあんまり気にするな、それにあの病人……パトレアさんだっけ、その人の分は確保できたしさ」
 集まった薬草は先ほど薬屋に任せてきた。
 普段別の街から仕入れている薬よりは効能は落ちるが、パトレアのような症状には効くという。
「……」
 伊織たちはあまり気にしていないようだが、ネロはあの二人組に引っかかりを感じていた。

 なぜ医者に掛からないのだろうか。

 薬を使わなくても解決策を持っているかもしれないのが医者だ。
 ここにも小さな村にしては珍しく医者がひとりいる。
 回復系の魔法を得意とする魔導師、地方によっては癒し手や治療師と呼ばれる者がいない土地では病気をすると大抵は医者、そしてその次に薬屋が頼られるものだ。

 個人の持つ身体的な問題、金銭的な問題、宗教的な問題。
 様々な理由が思いつくため問い詰めるつもりはないが、どうにも気になってしまう。今まで一人旅で様々な人間に警戒しながら暮らしていたせいで疑り深くなっているのかもしれない。

(それだけならいいんだが……)

 ネロは一度その考えを頭の中から振り落とすと、薬が形になったら届けに行くぞと伊織の背を軽く叩いた。
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