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第五章
第147話 名誉の負傷
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宿へと戻ってきたサルサムとミュゲイラによれば、トンネルを使わず単独で山越えをしてきた旅人から話を聞くことが出来たという。
旅人曰く山向こうの村でもトンネルの復旧作業が行なわれており、それを聖女と仲間の男が手伝っていたらしい。
つまり静夏とバルドの安否もわかったというわけだ。
「そこで我々が聖女の仲間だと伝えたら伝言を預かってると教えてくれてな」
「伝言、ですか?」
「ああ、山を越えるならとダメ元で頼んだらしい。もし越えた先の街に仲間がいたら『一段落着いたら必ず向かう』と伝えてほしい、と」
丁度こちらも足止めを食らいつつ各々するべきことを見つけていたため、現状を維持しながら静夏とバルドを待とうということになった。
リータは夕飯用に買っておいたパンを二人にも配りながら姉に笑いかける。
「良かったねお姉ちゃん、二人とも無事で」
「あ、あたしは初めっから心配してなんかないからな! 姉御はあんなピンチでやられる人じゃねーし、バルドもなんかしぶとそうだし!」
「待って紙袋ごと齧ってるからストップ!」
姉の奇行を制止するリータを笑って見ていたサルサムは一旦目を閉じてからもう一度部屋の中を見て言った。
「……ところでアレ、どうしたんだ? 怪我したのか?」
「あー……えっと……」
リータは後ろを振り返る。
すべての指に包帯を巻いたセラアニスが意気消沈して項垂れていた。
――あれからセラアニスはリータに訊ねながら巾着の縫い方を習ったのだが、しこたま手にダメージを受けたというのに完成した巾着はそこかしこに穴の開いた三角のような形をしていたのだ。
もちろん初めから想定していた三角形なら問題なかったが、予定はオーソドックスな長方形で上の部分を絞って閉じるタイプだった。それが三角。しかもサイズは予定の二分の一。ヒモを引くと圧縮されたかのようにへしゃげる。
もはやリータにも一体どういう構造をしているのか謎な代物だった。
そんな不可思議な巾着を生み出すこと三つ。
リータは奮闘していたセラアニスの姿を瞼の裏に浮かべつつ、はっきりとした口調で答えた。
「……名誉の負傷です!」
***
ネロは暗くなった道を急いでいた。
まだ通り慣れていない道は暗くなると更に迷いやすくなるため注意が必要だ。
しかし今はネコウモリという有能な召喚獣がいるため心配はいらないだろう。
ネコウモリは『ネロを案内する』というシンプルな命令しかニルヴァーレから受けていなかったのか、街に着いた後もネロに付いてまわっている。そして追加でどこそこに行きたいと伝えると案内してくれる便利な習性が判明したのである。
やたらと食うという短所はあるものの、生来のドジ故に時折派手に道を間違えることがあったネロにとってはかなり相性のいい生き物だった。
この街で見つけた短期の仕事は荷運び。
まず荷運びの仕事を斡旋する店があり、そこから派遣された先で働くといった形だ。
ロジクリアは旅の中継地点であるため流通の要にもなっている。
その日によって何を運ぶかはランダムだったが、大抵が店へ卸すために業者が運んできた商品だという。今日は異国から輸入した綺麗な布だった。
ここでもネコウモリはよく働き、初めて向かう配達先にも迷わず向かえるため重宝された。
もうネコウモリだけでもこなせる仕事じゃないか? とネロは一瞬思ったものの、ネコウモリは重いものを運ぶのに適していないため、やはりネロとネコウモリ二人三脚で成せる仕事である。ネコウモリに脚はないが。
ちなみに重いものを包みに入れて咥えさせてみたところ、口の部分だけ伸びて荷物が地面についたため今後一生試すまいとネロは心に誓った。少々ホラーな光景だった。
「……」
ネロは足を進めながら考え込む。
リータたちにニルヴァーレの魔石の件はそれとなく伝えたが、バルドのことは伝えられないでいた。
伊織が起きる前にすべて説明しておいた方がいいのではないか、と思う反面、起きてから一緒に説明した方がいいのではとも思う。
もしかすると命が助かっているかもしれないが、ネロはあの時一目で胸椎を損傷する怪我をしたと悟った。両足の自由が利かなくなる前に自分たちを放り投げたことは心の底から凄いと思っている。
しかし生きていたところで長くは持たない怪我だったことも、生き埋めになっていても自力では出られないであろうことも、聖女に助けられても手遅れになっていたであろうこともわかっている。
伊織には言えなかったが、ネロはずっとバルドが死んだ確信を持っていた。
(だからってすんなりと伝えられるかっていうと別問題なんだけどな……)
ネロは仲間を失った経験がない。
しかし想像はできる。
他人に衝撃を与えることへの覚悟を決められないまま、気がつけば宿に到着していた。
旅人曰く山向こうの村でもトンネルの復旧作業が行なわれており、それを聖女と仲間の男が手伝っていたらしい。
つまり静夏とバルドの安否もわかったというわけだ。
「そこで我々が聖女の仲間だと伝えたら伝言を預かってると教えてくれてな」
「伝言、ですか?」
「ああ、山を越えるならとダメ元で頼んだらしい。もし越えた先の街に仲間がいたら『一段落着いたら必ず向かう』と伝えてほしい、と」
丁度こちらも足止めを食らいつつ各々するべきことを見つけていたため、現状を維持しながら静夏とバルドを待とうということになった。
リータは夕飯用に買っておいたパンを二人にも配りながら姉に笑いかける。
「良かったねお姉ちゃん、二人とも無事で」
「あ、あたしは初めっから心配してなんかないからな! 姉御はあんなピンチでやられる人じゃねーし、バルドもなんかしぶとそうだし!」
「待って紙袋ごと齧ってるからストップ!」
姉の奇行を制止するリータを笑って見ていたサルサムは一旦目を閉じてからもう一度部屋の中を見て言った。
「……ところでアレ、どうしたんだ? 怪我したのか?」
「あー……えっと……」
リータは後ろを振り返る。
すべての指に包帯を巻いたセラアニスが意気消沈して項垂れていた。
――あれからセラアニスはリータに訊ねながら巾着の縫い方を習ったのだが、しこたま手にダメージを受けたというのに完成した巾着はそこかしこに穴の開いた三角のような形をしていたのだ。
もちろん初めから想定していた三角形なら問題なかったが、予定はオーソドックスな長方形で上の部分を絞って閉じるタイプだった。それが三角。しかもサイズは予定の二分の一。ヒモを引くと圧縮されたかのようにへしゃげる。
もはやリータにも一体どういう構造をしているのか謎な代物だった。
そんな不可思議な巾着を生み出すこと三つ。
リータは奮闘していたセラアニスの姿を瞼の裏に浮かべつつ、はっきりとした口調で答えた。
「……名誉の負傷です!」
***
ネロは暗くなった道を急いでいた。
まだ通り慣れていない道は暗くなると更に迷いやすくなるため注意が必要だ。
しかし今はネコウモリという有能な召喚獣がいるため心配はいらないだろう。
ネコウモリは『ネロを案内する』というシンプルな命令しかニルヴァーレから受けていなかったのか、街に着いた後もネロに付いてまわっている。そして追加でどこそこに行きたいと伝えると案内してくれる便利な習性が判明したのである。
やたらと食うという短所はあるものの、生来のドジ故に時折派手に道を間違えることがあったネロにとってはかなり相性のいい生き物だった。
この街で見つけた短期の仕事は荷運び。
まず荷運びの仕事を斡旋する店があり、そこから派遣された先で働くといった形だ。
ロジクリアは旅の中継地点であるため流通の要にもなっている。
その日によって何を運ぶかはランダムだったが、大抵が店へ卸すために業者が運んできた商品だという。今日は異国から輸入した綺麗な布だった。
ここでもネコウモリはよく働き、初めて向かう配達先にも迷わず向かえるため重宝された。
もうネコウモリだけでもこなせる仕事じゃないか? とネロは一瞬思ったものの、ネコウモリは重いものを運ぶのに適していないため、やはりネロとネコウモリ二人三脚で成せる仕事である。ネコウモリに脚はないが。
ちなみに重いものを包みに入れて咥えさせてみたところ、口の部分だけ伸びて荷物が地面についたため今後一生試すまいとネロは心に誓った。少々ホラーな光景だった。
「……」
ネロは足を進めながら考え込む。
リータたちにニルヴァーレの魔石の件はそれとなく伝えたが、バルドのことは伝えられないでいた。
伊織が起きる前にすべて説明しておいた方がいいのではないか、と思う反面、起きてから一緒に説明した方がいいのではとも思う。
もしかすると命が助かっているかもしれないが、ネロはあの時一目で胸椎を損傷する怪我をしたと悟った。両足の自由が利かなくなる前に自分たちを放り投げたことは心の底から凄いと思っている。
しかし生きていたところで長くは持たない怪我だったことも、生き埋めになっていても自力では出られないであろうことも、聖女に助けられても手遅れになっていたであろうこともわかっている。
伊織には言えなかったが、ネロはずっとバルドが死んだ確信を持っていた。
(だからってすんなりと伝えられるかっていうと別問題なんだけどな……)
ネロは仲間を失った経験がない。
しかし想像はできる。
他人に衝撃を与えることへの覚悟を決められないまま、気がつけば宿に到着していた。
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