マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第六章

第182話 ニルヴァーレ先生とヨルシャミ先生

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「……っぷしん!」

 酒場にある暖炉の火に当たりながらヨルシャミがくしゃみをする。
 雪かきはまさに重労働で、しかし吹雪いていても「今やっておかないと死に直結する」と脳がすぐさま理解できる状態だった。

 宿の主人は高齢、孫二人が仕事の手伝いをしているが両方とも女性。
 普段は街の有志が手伝ってくれるが今年は男手が足りず困っていたのだという。

 頼られたなら応えたい、と一行は不慣れながら雪かきを始めたのだが――ものの数分でヨルシャミが落下してきた雪を頭に受けて脱落したのだった。
 命の危険もある事故だが、直撃時の見事な叫び声と転んだ拍子に雪にヨルシャミ型の穴が出来たのを見て噴き出したバルドを誰も止められなかった。というよりも全員笑うのを堪えていた。

「すみません、わたくし共が無理を言ったせいで……これはココアです、よかったらどうぞ」
「いや、役立てずすまないな。頂こう」

 宿の主人からマグカップを受け取り、ココアを一口飲んだヨルシャミは一息ついた。
 作業を終えた伊織もその隣に座って冷えた手を温める。

「ヨルシャミ、大丈夫か? 着替えたけど髪とかまだ濡れてるし……」
「今両手を外に出せばどうなると思う? 確実に限界を迎える」
「寒さ耐性が低いのによく頑張ったな……!」

 ヨルシャミがパーティー内で一番寒がりだということは初めて知ったが、ヨルシャミ本人もそうだという。今の体になる前は寒い場所へ出向く際に炎と風の魔法を組み合わせて温風を纏っていたらしい。
 しかしそれは常に使用しているためコストがかかり、今の体では少々難がある。それに「全員分は無理だ。だのに私だけぬくぬくとしているわけにもいくまい」とヨルシャミは首を横に振っていた。

(僕としては本人だけでもいいから使ってほしいんだけどなぁ、せめて今くらいは)

 だがヨルシャミは意見を変えないだろう。
 伊織はタオルを持ってくるとヨルシャミの代わりに緑色の髪を乾かし始めた。
 礼を言い、なすがままになりながらヨルシャミは宿の主人を見上げる。
「ところで主人よ、雪の中でも比較的安全に移動する方法に心当たりはないか?」
「移動ですか? 普段は雪の季節が終わるまで遠出は控えるんです。ただもし必要なら……やはり犬ぞりですね。山は難しいですが万一の際は体を温めることもできます」
 ただ、と宿の主人は自らのしわしわの手を握った。

「貸し出しも頼めば出来たはずなのですが、今は無理かと……」
「何かあったんですか?」
「……ここしばらく犬ぞりの犬もろとも街の男が消える事件が多発しておりまして」

 行方不明ってことですか? と伊織は目を瞬かせる。

 宿の主人曰く、今月に入ってからその行方不明事件が十数件起こっているのだという。
 ある男性は用事で犬ぞりを使い、そして出先から戻らなかった。八頭いた犬もすべて見当たらなかったらしい。違う男性は管理していた犬が一斉に逃げ出すのを見かけ、慌てて追いかけていったきり帰ってこなかった。
 この宿の周辺だけでも隣の家の息子、向かいの店の旦那と祖父、はす向かいの父子がいなくなっており、未だに原因すらはっきりしていない。

「犬を使って他の街へ逃げたのではないか、と言う者もいるのですが、そりはそのまま置いてあるのです」

 それに犬たちの首輪も放置されたそりの近くで見つかりました、と宿の主人は項垂れる。

「貴重品も置いたままらしいですし、何よりそんなことをするとは思えない人間まで失踪しており……しかし依然として皆見つかりませんし、私自身もいつか行方をくらませることになるのではないかと怯えて暮らす毎日です」
「ヨルシャミ、これって……」
「ふむ、まだ別の可能性も高いが――それは魔獣が関わっている可能性がゼロである、というわけではないな。静夏たちと後で相談してみよう」

 ヨルシャミたちの言葉に宿の主人はきょとんとしていた。
 伊織はにこりと笑って言う。
「吹雪がましになったら僕らの方でも調査してみます」
「で、ですがどこかへお急ぎなのでしょう? それに満足な報酬も差し上げられそうにありませんし……」
「たしかに目的地はあります。でも道中で困っている人がいたら助けたいっていうのが僕らの総意なんです」
「主人よ、報酬は物でなくてもいいのだ。解決したら犬ぞりを貸してくれそうな者へ掛け合う橋渡しになってはくれないか」
 ふたりの提案に宿の主人は目に涙を浮かべ、藁にも縋るといった様子で「お願いします……!」と頭を下げた。


 程なくして静夏たちにも話は通り、吹雪が治まり次第その失踪事件について調査することになった。
 吹雪がいつ治まるかはまだわからないが、それまでの間にある程度の準備を整えておく。

 まず案内役の手配。
 闇雲に探していても見つからないだろう。周囲の地理に詳しい人間を選抜してほしい、と静夏が宿の主人に掛け合った。
 挙手したのは旦那がいなくなったという肝っ玉の据わったミセリという女性で、犬ぞりだけ残っていた現場も知っているという。

 次にリータによる防寒の強化。
 凝ったものを用意する時間はないがこれくらいなら、とリータは手編みの毛糸帽子や手袋、靴下を作った。
 帽子には人間用とエルフ用の耳当てまで付いている。普通に凝りに凝っているものでは? と伊織は何度も口にしたが、リータにとっては朝飯前らしい。

 最後に夜を待って夢路魔法の世界で訓練を。
 ワイバーンは移動には協力してもらいにくい地域だが、対魔獣戦なら大いに活躍してくれるだろう。
 そのワイバーンの召喚をもっと安定させるというのが目標のひとつだ。そんな理由で赴いた夢路魔法の世界で伊織はひとつの疑問に直面することとなった。

「さて、ただの飛行なら魔力の消費は微々たるものだが戦闘をするとなると話は別だ。それにイオリはまだワイバーンを人型にしたこともないんだったね?」

 なぜか眼鏡をかけてワイシャツを着た教師然とした出で立ちのニルヴァーレが訊ねる。

「はい、というか人型になれるんですねあの子。……それと、その」
「ん?」
「なんでそんな格好してるんですか?」

 遠回しに訊ねることも考えたが、結局伊織はストレートに訊ねた。
 ニルヴァーレは毎回違う服で着飾っているが、今夜は特に趣きが違う。伊織に訊ねられたニルヴァーレはじつに嬉しげな顔をして答えた。

「ああ、これか。久しぶりに色々と教えることになりそうだから張り切ってるんだよ。今夜はニルヴァーレ先生って呼んでくれてもいいよ!」
「ワイバーンのことならこやつだ、と名指ししたのがマズかったか……」

 ヨルシャミは眉間を押さえたが、伊織としては理由さえわかればそれでよかった。
 ニルヴァーレは調子に乗っていてもやるべきことはやってくれるとわかっているのだから。

「似合ってますよ、ニルヴァーレ先生。なんかやる気出ますね!」

 教師に見張られているようで程よい緊張感だ。
 伊織がそう思って言うと、二人はきょと、とした顔で静止した。
 そのままヨルシャミとニルヴァーレはゆっくりと顔を見合わせ、なぜかニルヴァーレが勝ち誇ったような顔をする。するとヨルシャミは両耳をばたつかせて立ち上がった。

「言っておくが私も先生なのだぞ! 格好だけで惑わされるな!」
「惑わされてはない気が……」
「ほら! こういうのが好きなのだろう、とくと拝め!」

 イメージを投影したのか一瞬でヨルシャミの服装が変わる。
 パンツスタイルの女教師風の服だ。大分ファンタジーな世界だがシャツ等もよく見かける上、現在ニルヴァーレも着ているためあるところにはある一般的なものなのだろう。
 そこへチャッと眼鏡をかけ、ヨルシャミは伊織を見る。

「どうだ、満足したか? まったく格好を少し変えただけで集中度が変わるとは難儀な――」
「ヨルシャミ先生も似合ってますよ」
「……やる気は?」
「出ました!」
「な、ならいい」

 満足感と羞恥の入り混じったような表情をしたヨルシャミはニルヴァーレがにっこりと笑いながらこちらを見ていることに気がつくと、碌でもないことを言われる前に慌てて話を切り替えた。

「で……では本題だ! 今夜から行なう訓練はワイバーンの強化――更に突き詰めて言うならば、ワイバーンとイオリとの結びつきを強化するためのものである! 心してかかるように!」
「いやー、イオリ、取り繕ってるヨルシャミは面白いなぁ」
「面白いっていうか可愛いですよねー」
「つるんで碌でもないことを言うでないわ!」

 まったく心してかかる様子ではない中、ヨルシャミは地団太を踏みながら赤くなるしかなかったのだった。
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